第6話:地球の反撃、銀河の沈黙(中編)[リメイク版]
「外宇宙からの暗号パケット……!? それって、エリスちゃんの故郷……銀河帝国の宇宙船がここに向かってきてるってこと……!?」
神威島地下工廠の司令室。アリスがノートPCの画面に張り付き、エリスが提示した通信ログの波形を凝視しながら悲鳴に近い声を上げた。
画面に映し出されていたのは、地球の電波望遠鏡では到底捉えきれない、深宇宙の暗黒から届いた極小の電磁パルス波形だった。通常の宇宙ノイズとは明らかに異なる、人工的かつ超高密度に暗号化されたバイナリデータ。
「エリス……解読はできないのか?」
和也が重々しい声で尋ねた。
『破損率が八十二パーセントに達しています』
エリスはホログラムの胸元に手を当て、眉をひそめて首を横に振った。
『当機の自己修復機能が不完全なため、完全なデコードは不可能です。ですが……ヘッダー情報に含まれる「帝国識別ID」と「空間歪曲ベクトル」の解析には成功しました』
「ベクトル……つまり、向かってきている方向と速度か?」
『はい。送信元は太陽系外縁部、冥王星軌道のさらに外側に位置するオールトの雲領域。……そこから、亜光速航法による連続空間跳躍を行いながら、一直線に「地球」を目指して接近してきています。到達予想時刻は……当星の暦で約半年後です』
「半年後……!」
和也の背中に冷たい汗が流れた。
地球上の利権争いや、石油メジャーとの裏工作、国家間の外交駆け引き——そうした人間同士のちっぽけな争いなど、一瞬で吹き飛ぶほどの絶対的な「未知の脅威」が宇宙から迫っているのだ。
「エリス、その近づいている『何か』は……君と同じ銀河帝国の味方なのか? それとも……敵なのか?」
アリスが恐る恐る尋ねた。
エリスは沈黙した。
その透き通るような瞳に、かつてない深い孤独と緊張の色が浮かび上がる。
『わかりません。……当機が地球へ墜落する直前、第七外縁探査艦隊は「正体不明の未知なる領域侵食者」からの強襲を受け、壊滅しました。この通信が帝国の生存者からの救難信号(SOS)なのか……あるいは、艦隊を滅ぼした「死の影」が当機を追ってきたのか……判定するためのログが不足しています』
「死の影……」
和也は静かに不敵な笑みを浮かべ、手の中の端末を握りしめた。
「どっちにしろ……座して待つわけにはいかないな」
その頃。東京・永田町の首相官邸。
深夜にもかかわらず、緊急国家安全保障会議(NSC)が招集され、重苦しい緊張感が部屋を満たしていた。
総理大臣、桐生官房長官、防衛大臣、そして統合幕僚長らが円卓を囲む中、モニターには特別ゲストとして「神威島」からオンライン参加する佐藤和也とアリス、そしてエリスのホログラムが映し出されていた。
「佐藤CTO……! 外宇宙からの未確認物体の接近というのは、本当なのか!?」
防衛大臣が身を乗り出して叫んだ。
「防衛省の深宇宙レーダーや、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の観測網には何も映っていないぞ!」
「現代の地球のレーダーで捉えられるはずがありません」
和也は冷静に答えた。
「相手は光速の数パーセントという異常な速度で空間を跳躍しながら近づいてきています。既存の天文学の常識は通用しません。……半年後、地球は『人類史上初となる外宇宙からの訪問者』を迎えることになります」
「訪問者……それが友好的な相手なら良いが……もし侵略者だったらどうする!?」
総理大臣が蒼白な顔で尋ねた。
「我が国の自衛隊はおろか、米軍や他国の核兵器すら通用しない相手かもしれないのだぞ!?」
「だからこそ、準備をするんです」
和也の瞳に、エンジニアとしての揺るぎない覚悟と野望の火が灯った。
「総理、官房長官。日本を『超技術国家』へ作り変える計画を、さらに加速度的に推し進めます」
「な……何を始める気だ?」
「地球全体の防衛網の再構築です。エネルギーの無償開放にとどまらず、日本国内の製造ラインをエリスのオーバーテクノロジーで全面改修し、常温核融合を動力源とした『地球規模の防衛インフラ』を構築します」
和也は画面越しに提案書を転送した。
「具体的には、第一に……日本の宇宙開発基盤を全面改修し、月面および静軌道上に『巨大エネルギー供給プラント』と『惑星間防衛レーザー網』を建設します。第二に……アメリカ、中国、EUを含む世界の主要国に対し、この外宇宙からの脅威を公表し、『地球防衛同盟』の結成を主導します」
「ち、地球防衛同盟……! 月面プラントだと!?」
会議室にいた閣僚たちが、そのあまりにも壮大なスケールに言葉を失った。
今まで利権や国境を巡って泥沼の争いを続けていた人類が、和也の主導のもと、一つの「地球」として束ねられようとしているのだ。
「佐藤君……アメリカや中国が、素直に我が国の主導に従うと思うかね?」
桐生官房長官が心配そうに尋ねた。
「従わざるを得ませんよ」
和也は冷ややかに、しかし不敵に口元を歪めた。
「彼らには選択肢がないんです。和解して俺たちの技術の傘に入るか、さもなくば半年後に訪れる『未知の脅威』によって滅びるか。……アリス、例の動画を主要国の首脳陣宛に送信してくれ」
「了解っ! 白ハウスと中南海の暗号回線に、神威島で敵艦隊を完封した時の重力砲の映像と、外宇宙からの接近ログを『特別プレゼン資料』として送っといたよ!」
「よし」
和也は総理大臣に向かって力強く言い放った。
「総理。恐れる必要はありません。俺たちにはエリスの銀河技術があり、それを形にする日本のエンジニアたちの底力があります。日本が世界を率いて……この地球を守り抜いて見せます」
一人の元・下請けエンジニアの言葉が、日本政府を、そしてやがて世界全体を動かしていく。
外宇宙から迫る暗雲。
だが、神威島の地下で燃え上がる「超技術の火」は、滅びの運命を打ち破るための確かな希望となっていた。




