第6話:地球の反撃、銀河の沈黙(前編)[リメイク版]
日本海沖、神威島から約四十キロの領海線上。
荒れ狂う暗闇の海を、漆黒の艦体が波を穿って進んでいた。
レーダー波を吸収する特殊ステルスコーティングが施されたミサイル駆逐艦四隻、および最新鋭の大型攻撃型原子力潜水艦三隻。国旗も識別信号も掲げていないその姿は、まさに闇に潜む鬼畜の群れだった。
艦隊の旗艦である駆逐艦『ネメシス』の艦橋で、司令官のマーク大佐は不気味な笑みを浮かべて暗視双眼鏡を覗き込んでいた。
「フン……たかが島国の元下請けエンジニアが、偶然拾った技術で世界を牛耳った気になっているとはな。エネルギー利権を世界にバラ撒かれ、我が『メガ・ペトロ』および軍事複合体がどれほどの損害を受けたか……その命で支払ってもらう」
彼の背後には、米国の私兵集団(PMC)および各国の極右タカ派勢力から募った精鋭兵士たちが、引きつった笑みを浮かべて待機している。
『マーク司令、全艦巡航ミサイルの照準完了。神威島の地上施設および周囲の日本海衛艦隊の通信を完全に無力化しました。いつでも撃てます』
「よし。神威島の地下施設をピンポイントで破壊し、佐藤和也を生け捕りにしろ。抵抗すれば即座に手足を吹き飛ばせ。……全艦、攻撃開始!」
マーク大佐が腕を振り下ろした、まさにその瞬間だった。
「和也! 敵艦隊、巡航ミサイルの発射シーケンスに入ったよ! 数量……三十二発! 直撃すれば神威島の地上部分は跡形もなく吹き飛ぶ!」
神威島地下工廠。メイン司令室の大型ホログラムモニターの前で、アリスが叫んだ。
画面には、暗闇の海から垂直発射システム(VLS)を抜けて空へと飛び立つ、三十二本の炎の尾が映し出されている。現代の地球の防衛システムであれば、迎撃不能とされる飽和ミサイル攻撃だ。
だが、和也の表情には一切の焦りも動揺もなかった。
「エリス。試作防衛兵器【重力歪曲型プラズマ砲】の第一段階、出力二パーセントで稼働。ミサイル群を無力化(無力化)せよ」
『了解。ターゲット固定。空間位相の歪曲率を〇・〇三パーセントに設定。……照射します』
エリスが可憐な軍服の袖を滑らせ、宙に浮くキューブの表面を叩いた。
その瞬間——。
神威島の絶壁に設置された隠蔽ハッチがスライドし、中から幾何学的な紋様が刻まれた銀色の砲身が露わになった。
音が消えた。
爆発音も、駆動音もない。ただ、神威島周辺の大気が超高密度の重力波によってキュッと収縮し、海面が同心円状に凹んだ。
次の瞬間、夜空に向かって放たれたのは、光を超えた『不可視の重力波の衝撃波』だった。
ズドォォォォン……ッ!!
海空を切り裂いて神威島へ迫っていた三十二発の最新鋭巡航ミサイル。それらが島の手前十キロの空間に達した瞬間、まるで透明な巨大な鉄槌で叩き潰されたかのように、一瞬でペチャンコに圧縮され、一粒の火花すら散らさずに海へと落下していった。
「な……っ!? ミサイルが……消えた!?」
駆逐艦『ネメシス』の艦橋で、オペレーターが悲鳴を上げた。
「爆発反応なし! 推進器の故障でもありません! ミサイルそのものが……物理的に空間ごと圧縮されて撃墜されました!?」
「バカな!? どんな迎撃レーザーを使えばそんな芸芸ができる!?」
マーク大佐が激昂して叫んだ。だが、彼らの絶望はそれだけでは終わらなかった。
『マーク司令! 神威島上空の空間エネルギー密度が異常上昇! 測定不能です!!』
「何……!?」
マーク大佐が窓の外を見上げた。
神威島の上空。そこには、漆黒の夜空を切り裂くように、蒼白いプラズマの環が巨大な花のように広がっていた。
『当星の艦隊戦においては、これは「通信用シグナル」に過ぎません』
艦隊全体の全通信モニター、全ディスプレイ、兵士たちのスマート端末に至るまで、すべての画面が強制的に書き換わった。
そこに映し出されたのは、軍服姿の可憐な少女——エリスの圧倒的な威厳を纏ったホログラムだった。
『未開の暴力に固執する哀れな害虫ども。主の寛大な慈悲により、命だけは助けてあげます。……ですが、二度と我々に刃を向けられぬよう、その牙を抜かせていただきます』
「な、なんだと……!?」
エリスが画面越しに、パチンと可憐に指を鳴らした。
ドォォォォン——ッ!!
神威島から放たれた第二波——【重力歪曲型プラズマ光線】が、海面すれすれを奔流となって駆け抜けた。
光線は敵艦隊の船体そのものを攻撃しなかった。
光線が通過した瞬間、駆逐艦四隻と潜水艦三隻の「スクリュー、主機エンジン、ミサイル発射機構、およびすべての通信・戦闘用電子機器」だけが、分子レベルでピンポイントに融解・破壊されたのだ。
「うあぁぁぁぁっ!?」
「エンジン停止! 舵が利きません! 全兵器システム、完全に沈黙!!」
「潜水艦隊からSOS! バラストタンクと推進器が焼き切れ、浮上したまま動けなくなっています!!」
艦橋内は大混乱に陥った。船体には穴一つ開いておらず、乗組員も傷一つ負っていない。だが、現代最先端の兵器群を誇っていた秘密艦隊は、一瞬にして「海に浮かぶただの巨大な鉄のゴミ箱」へと成り果てていた。
「あ……あり得ない……。こんな……こんな怪物と戦っていたのか、俺たちは……!?」
マーク大佐は軍用ナイフを握りしめたまま、ガタガタと恐怖に膝を震わせ、艦橋の床へと崩れ落ちた。
「敵艦隊の全機能停止を確認。……ふふん、圧勝だね、和也!」
神威島の地下工廠。アリスが画面の「全目標無力化」の表示を見て、スカッとした様子で万歳をした。
「海上保安庁と自衛隊に連絡して、動けなくなった駆逐艦と潜水艦を丸ごと押収してもらうよう手配したよ! これで海外の利権グループも、二度と手出しできなくなるね!」
「ああ。……見事だったよ、エリス」
和也が声をかけると、エリスは誇らしげに小さく胸を張った。
『当然です、マスター。当機のデータベースのほんの一端を開放したに過ぎません。……ですが』
エリスの表情が、急に微かな陰りを帯びた。
いつもの冷徹で自信に満ちた瞳に、どこか懸念のような、深い沈黙が混ざり込む。
「エリス……? どうしたんだ?」
和也が首を傾げると、エリスは宙に浮くキューブを引き寄せ、自らのシステムログを凝視した。
『……奇妙です。先ほど重力歪曲砲を稼働させた際、当機の深層通信プロトコルが、外宇宙——地球から数光年離れた宙域からの「異常な微弱パケット」を受信しました』
「外宇宙からの……通信パケット……!?」
アリスが息をのんだ。
『ええ。暗号化された銀河帝国軍の標準識別コードです。……内容は解読不能(破損)。ですが、送信元は……この太陽系へ向けて高速移動している「何か」です』
静まり返る地下司令室。
地球上の利権者や国家との争いを超えた、さらなる壮大な「宇宙からの影」が、不気味に蠢き始めていた。




