第5話:超技術国家の誕生(後編)[リメイク版]
日本政府との電撃的な提携発表から、半年が経過した。
かつて「失われた三十年」の停滞に喘いでいた日本列島は、世界中が息をのむほどの驚異的なスピードでその姿を変えつつあった。
神威島に建設された「秘密工廠」から、エリスのナノマシンと全自動生産プラントによって日々量産される【常温核融合ジェネレーター】。それらは次々と全国の老朽化した火力発電所や送電網へ導入され、日本のエネルギー体系を根底から塗り替えていった。
効果は絶大だった。
それまで国民や企業を苦しめていた電気料金は、従来の「十分の一」以下へと急暴落。さらには、工場やデータセンターの維持コストが極限まで低下したことで、世界中のGAFAをはじめとするIT巨頭や最新鋭の半導体メーカーが、怒涛の勢いで日本へ拠点を移転し始めていた。
「技術の日本」の復活——どころではない。
石油や天然ガスに依存しない「エネルギー無制限国家」となった日本は、まさに世界中の富と最新技術が集中する「地球唯一の超技術国家」へと変貌を遂げつつあったのだ。
「和也! 今月分の国内エネルギー供給グリッドの稼働率、九九・九九九パーセントで安定してるよ! 海外からのハッキング攻撃も、ボクとエリスちゃんで全部返り討ちにして、相手のサーバーを片端から爆破しといたから!」
神威島の地下工廠。司令室の大型モニターの前で、アリスがドーナツを頬張りながらキーボードを叩き、無邪気に笑った。
かつて裏社会で鬱屈としていた天才ハッカー少女は、今や『次世代超技術推進庁』の最高情報セキュリティ責任者として、日本の国家的サイバー防衛網を一手で牛耳る英雄となっていた。
『ふん、未開人の稚拙なサイバー兵器など、当機の自動迎撃プロトコルにとっても退屈な余興に過ぎませんね』
可憐な軍服姿のエリスがホログラムで現れ、誇らしげに胸を張る。
和也はコーヒーカップを手に、メインモニターに映し出される日本の都市部の夜景を見つめていた。
札幌、東京、大阪、福岡——かつて暗く沈んでいた街の灯りは、いまや無限のクリーンエネルギーによって眩いばかりの輝きを放っている。
「和也、何考えてるの?」
アリスが首を傾げて覗き込んできた。
「いや……ほんの半年前まで、俺は札幌の小さな下請け会社で、上司に頭を下げながら毎晩サービス残業をしてたんだなって思ってさ」
「あはは! 今となっては信じられないね! あの高橋とかいう嫌な部長、今どうしてるか知ってる? 北海電子精密は経営破綻寸前だったけど、和也が設立した下請け育成基金から仕事をもらって、毎晩泣きながら和也の写真に向かって拝んでるらしいよ!」
「因果応報……というやつですね、マスター」
エリスもくすりと可憐に笑った。
かつて自分を使い捨てにし、技術を蔑ろにしてきた者たちは、いまや全員が和也の生み出した新秩序の足元でひれ伏している。だが、和也の胸を満たしているのは、そうしたちっぽけな復讐心ではなかった。
自分が設計した回路、自分が解放した技術が、社会を、世界を、人々の暮らしを劇的に良くしていく。エンジニアとして、これ以上の喜びは存在しなかった。
だが——平和な時間は長くは続かない。
ピピッ……ピピッ……!
アリスのデスクの警告ランプが、不気味な赤い光を点滅させ始めた。
「……ん? 和也、防衛省の衛星警戒ネットワークから緊急コードが入った!」
「緊急コード……?」
アリスが画面を切り替えると、神威島から数百キロ離れた日本海沖の衛星画像が映し出された。
漆黒の海原を、国際法を無視して日本領海へと接近してくる、正体不明の巨大な艦隊の影。
「潜水艦三隻、ミサイル駆逐艦四隻……! 暗号化IDを偽装してるけど、これは米国の私兵集団と、海外の巨大利権資本が合同で結成した『国際秘密傭兵艦隊』だ!」
「傭兵艦隊……!? ついに実力行使に出てきたか」
和也の目が鋭く細められた。
オープンソース化によってエネルギー利権を完全に奪われ、破産寸前に追い込まれた海外の石油メジャーや兵器産業の巨頭たち。彼らは日本政府の制裁や外交交渉すら無視し、創始者である和也と神威島の秘密工廠を「物理的に壊滅」させるため、私設の軍事大艦隊を派遣してきたのだ。
『愚かな……。追い詰められたネズミが、ライオンの喉元に噛みつこうというのですか』
エリスの声が、氷のように冷たく冴え渡った。
『マスター。彼らは我々の警告を無視し、自ら死地へと飛び込んできました。当機が神威島地下に配置した第二世代防衛兵器【重力歪曲型プラズマ砲】の試運転目標として、申し分のない標的です』
「重力歪曲型プラズマ砲……! エリス、それってどれくらいの威力なの!?」
アリスが目を見開く。
『当星の艦隊戦において、小型護衛艦の一発分に過ぎません。ですが……あの未開の鉄くず艦隊(駆逐艦)程度であれば、海ごと蒸発させるには十分すぎる威力です』
エリスの恐ろしい宣言。
和也は静かに立ち上がり、端末を手に握りしめた。
交渉の段階は終わった。
自らの利権のために、技術の進歩を阻み、暴力を振るう旧時代の亡霊ども。彼らに、世界を支配する「真の力」がどちらにあるのかを思い知らせてやる時が来たのだ。
「全防衛システム稼働。ターゲット……領海を侵犯する敵非合法艦隊」
和也は不敵な笑みを浮かべ、神威島の地下ドーム全体へ向けて命じた。
「撃退せよ。俺たちの『超技術国家』に手を出す愚か者たちに、圧倒的な科学の力を見せてやれ!」
『了解。――プラズマ収束、重力制御固定。未開の亡霊どもに、銀河の裁きを』
神威島の断崖絶壁が激しく光り輝き、青白い重力波の光軸が、暗闇の海へと放たれた。
地球の未来を賭けた、次なる超技術の戦争が——今、幕を開けようとしていた。
(第5話・完)




