2 慎一視点
ゆうにいちゃんから久しぶりにラインが来た。
『慎一、久しぶりに飲むか?写真を見てた』
相変わらず、何を見てたのか、いつ飲むのか、何処で飲むのか、何も書いて無い文章。でも、それがゆうにいちゃんらしくて、俺はラインを見て笑った。
今日は金曜日。きっと、週末遊びに来れるか?とか、どこかで飲むか?って聞いているんだろうな。昔は俺もゆうにいちゃんも酒を浴びる程飲んだが、今はお互い年を取ってそれほど飲まなくなった。ゆっくりと飲んで、何かちびちび食べて、そして、同じ話を何回もして、同じところで何回も笑う。
お互い年を取ったが、こういう昔の事を話して、気兼ねなく飲める相手は楽しい。
「明日…、明後日は…何も予定はないな」
俺はカレンダーを見て確認すると、妻の春を探した。
「おーい、俺、久しぶりに明日、ゆうにいちゃんの所に昼過ぎから行こうち思うけど、いいか?飲んでこようと思っとんやけど」
隣の部屋にいる春に声を掛けたら、ネットドラマを見るのが忙しいようで、「明日?うん、気を付けていきいよ?泊り?」と目を合わさずに聞かれた。
「ゆうにいちゃん、飲むって言っとうけんなあ。泊まりやろうな。着替えと酒と、つまみ、持って行く。酒と、つまみ、持ってっていいの、どれかの?」
「昨日買ったナッツと、下の棚の中のお酒、好きなの持って行ったらいいんやない?着替えは畳んだのから、適当に持っていき?」
「分かった」
「慎さん、飲みすぎんごとね」
「あいあい」
俺は返事をして、準備をし、ゆうにいちゃんに返事を返した。ゆうにいちゃんは飲むと少しお喋りになる。笑い上戸にもなるのか。絡んだり、泣いたりはない。俺も似た酔い方で、友人からは悪い飲み方ではないと言われた事がある。
『明日、遊びに行く。ゆうにいちゃん、日本酒でいいか?』
そう返事をすると、すぐに返事が返ってきた。
『日本酒、こっちもあるぞ。なんか甘い発泡酒みたいな日本酒がな。昼飯も食うか?早くこい』
ゆうにいちゃん、遊びたがりの子供みたいだな。俺は『了解』とだけ返事を返すと、ゆうにいちゃんからは、乾杯しているスタンプが送られてきた。
「ゆうにいちゃん、もう、飲みたいのか」
笑ってスマホを閉じると、春が聞いてきた。
「ねえ、凪、最近元気ないんよね」
ドラマが終わったのか、今度は俺の顔を見ていた。
「凪が?何かあったって?」
「何も言わないし。彼と上手くいってないかと思ってたけど、それだけじゃないみたいなんよ」
娘の凪の恋愛話は俺にはなんと言っていいか分からない。娘ももう二十四。仕事もしていて親が口出す事も少ない。結婚なんて話が出てきたらそう言う訳にはいかないだろうが、まあ、その話はもう少し先だと思う。いや、願いたい。
「なんも言ってこんのやったら、こっちが口出すのもおかしいんじゃないか?放っておくしかないだろ?」
「まあ、そうなんやけど。でも、ね、なんか最近、ちょっとね」
「俺が話を聞くと言っても嫌がるだろ?恋愛だったら、なおさらなあ。俺もなんと言っていいものか、分からん」
「そうやろうけど、仕事の悩みなら、慎さんにも聞いて欲しいんやない?」
「仕事の悩みなら、もう相談されてるんやないか?言い辛そうなんやろ?じゃあ、やっぱりその、彼氏とか、そういうのやないか?俺、恋とか、そんなのなんも言えんぞ」
娘の恋愛話になんとアドバイスをしていいのやら。俺は、こういう時に父がいなくて育ったことにちょっと不便に感じる。
ゆうにいちゃんならなんと言うか。ゆうにいちゃんに相談してみるか。
「凪がなんか言って来るまで、待つのがいいだろ。それか、それとなくこっちから聞いてみるか?」
「そうね、気を付けておくけど。ちょっと聞いてみるわ。明日、夜、ピザでもとるか、イタリアン食べに行こうかな。慎さん帰ったら、また言うわ」
「そうしたらいい。俺がおらん方が、凪も喋りやすいかもしれんけ」
春の言葉にうんうん、と頷いた。
「うーん。慎さんおるほうがいいかもよ?そん時はまた話しを聞いてやろうね」
「ああ」
春はそう言うと、キッチンに行き、俺に持たせるつまみやらなんやらを、「これと、これ、持っていき」と準備をしてくれた。
次の日、俺は昼前にゆうにいちゃんの家に遊びにいった。
「ゆうにいちゃん、来たぞー」
俺が、玄関のチャイムを押して言うと、すぐに鍵が開いた。
「おお。慎一。元気か?」
「うん、なんも変わらん。コレ、酒。あと、コレ、つまみ」
「なんも持って来んでよかったんやぞ。昼は、うどんでいいか?」
「うどん、いいね。ゴボ天?」
「わかめもある。かまぼことネギ、揚げもある。全部入れるか?あと、せんべいあるぞ、酒のつまみに食え」
「全部か。食べられるやろか」
俺達は喋りながら母屋を抜け、隠れ家のような小さな小屋に二人で入った。
ゆうにいちゃんの奥さんのゆかりさんは、五年前に亡くなった。二年程闘病して亡くなったのだが、ゆうにいちゃんは暫く元気がなかった。そのこともあって二年前から娘夫婦と孫三人と一緒に暮らしている。だけど、完全な同居という形ではなく、この趣味の為に作った小さな離れでゆうにいちゃんは主に生活をしていて、風呂と洗濯だけ共有らしい。
「ゆうにいちゃん、母屋に住まんでいいと?」
ゆかりさんとの思い出もあるだろうに、こっちでいいのかな、と思ってそう聞くと、ゆうにいちゃんは少し悪い顔をして頷いた。
「あいつらに母屋を使わせるっちことにしたのはな、固定資産税も払わせる為やけ。掃除も小さい方が楽。飯も俺一人なら、適当でいい。トイレと風呂は使わせて貰っとるけど、家賃はとらんのやけ、そこは俺がタダで使わせて貰ってもいいやろが?金が浮いてからの隠居暮らしは最高だ、ワハハ」
とか言っているが、多分子供夫婦との距離を適度に取る事で上手く生活をしているのだろう。お金も払わせることで、子供も、好きに出来る。ゆうにいちゃんはいくつになってもいつも優しい。
ゆうにいちゃんの小屋に入って窓を開けると、母屋の方からこっちを覗く、小さな目と目が合った。
「母屋の方から覗きようのは、真ん中か?」
俺がそう言うと、ゆうにいちゃんは「ん?」と言って窓の方を覗いて、「いや、一番下の新だな」と言った。
「一番下か。もう、あんなに大きゅうなったんか。ああ、これ、春が、チビ達にって」
俺は渡されていた、ポチ袋と菓子をゆうにいちゃんに渡すと、ゆうにいちゃんは小屋の窓を開けて、覗いていた孫に手招きした。
「じーちゃん、なん?」
そう言って、先程覗いていた頬が丸いチビの新がやってきた。
「なん?じゃなかろうが。新、挨拶せんか」
「こんにちはー。しんおじちゃん」
「ああ、新、こんにちは。挨拶出来て偉いな。新。おおきいなったなー」
「ほら、お前達にっち。小遣いと、菓子っち。兄ちゃん達はなんしよんか?」
「上で、ゲームしちょる」
「そうか、呼んでこい」
「いいよ、ゆうにいちゃん。ゲームはやめれんやろう。少ない小遣いの為に止めさせたら可哀そうや」
俺がそう言うと、新が頷いた。
「うん、セーブ、できんっち、兄ちゃん言いよった」
そう言いながらも、もう、お菓子に目は釘付けだ。
「じゃあ、コレはお前に。兄さん達のは俺が預かっとくけ、いつでも爺さんの所に取りに来いっち言うとけ。ちゃんと礼を言わんと、俺が貰うっち言いよったっち言っとけよ」
「わかった。じーちゃんが、お小遣いとるっち言いようっち言う。しんおじちゃん、ありがとー」
「うん」
「あ、母ちゃんにもちゃんと、小遣い貰ったっち言っとけよ!」
「あーい」
そういうと、新は嬉しそうにポチ袋とお菓子を持って小屋を飛び出していった。
「賑やかやね。でもいいよ、ゆうにいちゃん、少ない小遣いで、礼を言わせたら申し訳ない」
「なに、少ないも多いもあるか。こういうのは気持ちやろが。小さい礼が出来ん奴が、大きい礼は出来ん。慎一、いつもすまんな」
「ううん、小さい子は可愛いね」
「おお、それで思い出した。ちょうど、お前が新くらいの時の写真を見つけて、それでお前をよんだんやった」
ゆうにいちゃんはアルバムを出すと、何枚か捲って、俺が映っているページを指さした。
「ほら、なつかしかろう?」
そう言われて覗いたページには、確かに新くらいの俺が、ゆうにいちゃんにしがみついている写真だった。




