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困った私の道標~海の神さまと、私のぬりかべ~  作者: サトウアラレ
三章

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最終回

あれから暫く経った。


私は変わらず今迄と同じように働けている。あの騒動の後で、ちゃんと日常に戻れるのか不安だったけれど、気づけば私は、いつものように朝起きて、仕事に行って、帰ってきている。それだけで、少しほっとする。


二人は会社から厳重注意を受け、処分が下るまで大人しくしているように言われていた。けれど、大地も上原も変わらず私にメッセージや電話を送ったりしてきた。知らない電話番号、知らないアドレス、それを見るたびに正直、怖かった。だから結晴君に頼んで接近禁止をお願いした。


どうなるんだろうと、胸の奥がざわざわしていた頃、ある日二人は揃って事故を起こした。


その後、大地は異動。北九州かと思ったら、本人の希望で奈良への異動になった。営業の空きがあったらしく、そこに行くことになったらしい。大地が自分から遠くへ行くことを選んだと知って、胸の奥が少しだけ軽くなった。


上原は辞めた。話し合いの席でも「ダル!うざ!」と言っていた上原だったが、事故の後、一度だけ「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きながら電話をしてきた。その数週間後、突然辞めたと課長から知らされた。


上原を庇おうとしていた本部長も専務、常務、社長、取締役からと重役に叱責され、これからどうなるか分からない。以前は本社のあるブロックの本部長になりたい、とか、常務に、とか言ってたけれども、厳しいのではないか、と言うのが同僚のワトソン情報である。


私自身も、社内で噂をされることがある。『浮気をした人の元カノ』だとか、そんな言い方で。不愉快だけれど、迷惑をかけたのは事実だから、私はその噂を飲み込むことにした。それでも、胸の奥がちくりと痛む瞬間はある。


変わった事と言えばもう一つある。


結海ちゃんと結晴君と前よりも頻繁に会う事になった。


一ヵ月に一度は一緒にどこかに遊びにいっている。今日は三人で宗像大社と宮地嶽神社に紋吉の回復のお礼をしに行く。


紋吉とは、あれから海で会っていない。翡翠の姐さんにも会っていない。


でも、海に行くとほっとする。海は、いつ来ても変わらない。

潮の匂い、波の音、風の冷たさ。私がどれだけ揺れていても、海はいつも同じ場所で、同じリズムで呼吸している。


私はいつもの場所にキュウリを置いた。その瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「紋吉、見てくれてるんだな」


そんな気がして、私はそっと目を閉じた。


海面がきらきらと光って、まるで誰かが笑っているように見える時がある。紋吉かもしれないし、翡翠の姐さんかもしれない。姿は見えなくても、『いる』という気配だけは、確かに感じる。


「紋吉、翡翠の姐さん。またキュウリ持ってきます」


そう言って辺りを見回した。けれど、やっぱり二人は現れなかった。


「凪ー」


「凪ちゃん」


声の方に凪が振り向くと、結海ちゃんと、結晴君が車から顔を出していた。


「結海ちゃん。結晴君」


「凪、海、好きだねー。ほら、早く行くよー。晴が美味しいご飯奢ってくれるって!」


「ははは。うん、美味しいご飯、一緒に食べよう」


「凪ー。晴、暇みたいなんよー。凪、遊んでやって。今度、門司港の方に一緒に行ったら?お菓子くれたやん。二人で買って来てよー」


車から顔をだしたまま、結海ちゃんは大きな声でそんな事を言う。結晴君は驚いた顔をしたが、私は頷いた。


「結晴君がいいならね!」


「え。いや、僕はいいけど、凪ちゃん、おじさんと門司港行って楽しいかな」


「え?結晴君はおじさんじゃないでしょ?」


私が二人が乗る車に乗り込むと、結海ちゃんはニヤニヤして、結晴君を突いた。


「晴、良かったね。凪、可愛いって昔から言ってたもんね。今度からは私抜きで、二人で会えばいいやん」


「え。あ、うん。ほら、二人共シートベルト。出すよ」


結海ちゃんの笑い後を聞きながら私達は海を後にした。







…。


……。


「紋吉、あんた会わなくてよかったん?凪坊の事、あんた好きやもんね。ちょっとだけならまだ、会ってもいいんやない?」


「モーン」


凪が去っていった車を見ながら、翡翠と紋吉はキュウリを齧っていた。紋吉は少し寂しそうに返事をしたが、どこか納得したようでもあった。


「まあ、私らを見すぎると、あの子も境目が曖昧になる。力の弱いあんただったからまだ良かったけど、力を取り戻したあんたと、一緒にいたら、あの子もこっち側に来てもらわないといけなくなるやろうね」


「モーン」


「それにしても、三姫様以外からも力を分けて貰ったのはよかったね。私も力が強くなったっちゃ。三姫様、私にまで、力を分けてくれたんよ」


そう言って、海に向かって翡翠は手をかざすと、抱えきれないほどの海水がザバンっと一度空中に浮くと、翡翠の手の動きに合わせてザブンっと勢いよく海面に叩きつけられた。


「モン、モン」


「さ。凪坊も見れたし、帰るか」


ポリポリとキュウリを食べ終えると、翡翠は紋吉の背にひょいと飛び乗った。


「紋吉、河まで、ちょっと運んで。あんたが元の大きさに戻ったから、移動が便利になった」


「モン、モン」


紋吉の本来の姿は畳み一枚分はあろうかという位の巨大な獅子の姿だ。三つ目で、普段は白いふさふさの毛で目が見えないが、大きなぎょろりとした目を持っている。


「それにしても、海女も、海坊主も楽しんでいたね。もう少しで、海に引きずり込みたいみたいやったね」


「モーン」


「久しぶりの遠征やったけど、宮の神様が手伝ってくれたおかげで潮の流れも良かったし。河童仲間にも久しぶりに会えたしね。それに、アイツら、無様に泣いて。もう少し痛めつけても良かったっちゃけどね」


マヌケな人間を思い出して翡翠はニタニタと笑った。紋吉も目を細めているので、同じ様に可笑しいのだろう。


「凪坊が生きている間は退屈せんでいいね。雄三坊も慎一坊も良い人間やし」


「モン、モン。モン?」


紋吉は河の側に来ると河辺に誰かが立っているのを見つけた。


「モン」


「慎一や」


二匹がそっと近づくと、慎一の声が聞こえた。


「翡翠様、凪の心配がなくなったようです。家でも良く笑うようになりました。会社と、恋人の事で悩んでいたようですが、翡翠様とお犬様のおかげで、上手くいったようです。ありがとうございました」


慎一はそう言うと河に向かって一礼をして、キュウリを二本置くと、歩き去った。


翡翠は紋吉から飛び降りると、キュウリを取り、一本を自分の(たもと)に、入れ、もう一本を半分に折って、紋吉と分けた。


「慎一からや。お犬様っち。紋吉にも分けてやろうかね」


「モン」


「慎一、嬉しそうやったね」


「モン」


「紋吉」


「モン?」


翡翠は紋吉の身体をポンポンと叩いて河に飛び込んだ。ちゃぽんっと小さな音をだして潜ると、水面から顔を出して紋吉を見上げた。


「またな」


「モン」


二匹はその声と同時に景色の中に消えて行った。









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