王女様、電気街に降臨する
最近ますます、この世界の文化に染まりつつある王女様。
ゲーム、アニメ、ネット文化――
そして今回は、ついに“オタクの聖地”へ向かいます。
雄一は、リリィの成長(?)に少し不安を覚えているようですが……。
とある休日。
雄一がコーヒーを飲みながらニュースサイトを眺めていると、リリィが真剣な顔で近づいてきた。
「雄一、お願いがありますの」
「嫌な予感しかしないな……」
リリィは胸に手を当て、気品たっぷりに言った。
「殿方同士が戯れる様子を描いた書物を所望しますわ」
「言い方を上品にして誤魔化すな!!」
雄一は即座にツッコむ。
「BL本だろそれ!」
「ぼーいずらぶ、という文化は実に奥深いと聞きまして」
「誰から聞いた!?」
「キングダム・ファンタジアの休憩室ですわ」
「絶対ろくでもない先輩いるだろ!」
雄一は頭を抱えた。
最近のリリィは、この世界のオタク文化を猛烈な勢いで吸収していた。
ゲーム。
アニメ。
ネットミーム。
乙女ゲーム。
そしてついにBLにまで興味を示し始めたのである。
(このままだと取り返しのつかない方向に進化する……!)
雄一は危機感を覚えた。
「ダメだ。そういう本が欲しいなら自分のバイト代で買え」
「むぅ……」
リリィは不満げに頬を膨らませる。
「では仕方ありませんわ」
「諦めたか?」
「雄一と大司教の実演で我慢します」
「何を我慢するんだよ!!」
雄一は思わず立ち上がった。
「なんで俺がクリスさんと交わらなきゃいけないんだ!」
「執事と大司教の禁断の愛ですわ」
「禁断すぎるわ!!」
しかもクリスは五十代である。
想像しただけで精神が削られる。
「いやもう本当にやめてくれ……」
雄一は深いため息をついた。
だが。
(……まあ、せっかくの休日か)
リリィは最近ずっと仕事ばかりだ。
どこか遊びに連れて行ってやってもいいかもしれない。
「おい、出かけるぞ」
「どこへ?」
「秋葉原」
「……!」
リリィの目が輝いた。
◆
一時間後。
「これが……アキバ……!」
秋葉原駅前で、リリィは感動したように周囲を見回していた。
巨大なアニメ広告。
ゲームショップ。
フィギュア店。
メイド喫茶。
そこら中に二次元文化が溢れている。
「なんという魔境……!」
「まあ、日本のオタク文化の中心地だからな」
「素晴らしいですわ!」
テンションが異常に高い。
普段より三割増しでうるさい。
「あっ! 見てください雄一! 巨大な美少女の看板ですわ!」
「お前も十分目立ってるから静かにしろ」
しかしリリィは聞いていない。
キラキラした目で街を見回している。
まるで子供だ。
「ゲームの世界に迷い込んだようですわ……!」
「お前が異世界から迷い込んだんだけどな」
そんな会話をしていると――
「お帰りなさいませ、ご主人様♡」
メイド服の女性が近づいてきた。
「当店で休憩されませんか?」
すると。
リリィの表情が急変した。
「なんですの、この小娘は!」
「えっ」
「“帰る”とは何事ですの!? 日本語がおかしいですわ!」
メイドさんが固まる。
「メイド長を呼びなさい!」
「え、ええっ!?」
周囲のオタクたちがざわつき始める。
雄一は慌ててリリィを引っ張った。
「おいおいおい! やめろ!」
「離しなさい!」
「恥ずかしいから!!」
半ば強引にその場から離れる。
リリィはまだ不満そうだった。
「まったく……日本のメイド教育はどうなっているのです」
「いや、あれは演技だから」
「分かっていますわ」
「……え?」
リリィはニヤリと笑った。
「ああいうお店に行くと殿方は“萌え萌えキュン♡”なのでしょう?」
そう言って、ハートマークを作る。
「……」
雄一は絶句した。
「分かっててやったのか?」
「そうですわ」
リリィは得意げに胸を張る。
「お姫様ジョークです」
「もっと分かりやすいネタにしてくれ!」
雄一は頭を抱えた。
(こいつ、どんどん変な方向に賢くなってる……)
インターネット文化を覚え始めてから特に危険だ。
その後も。
「雄一! 見てください! この薄い本!」
「見るな!」
「こちらの絵師、実に良い筋肉を描きますわ!」
「感想がマニアックなんだよ!」
「このフィギュア、なぜ鎧を着ていないのです?」
「知らん!」
終始こんな調子だった。
だが。
リリィは本当に楽しそうだった。
ゲームショップでは目を輝かせ。
フィギュアを見て感動し。
ガチャガチャですら真剣に悩む。
完全にオタク女子である。
そして。
「雄一」
「なんだ」
「『魔法使いの朝』と『月ヒラメ』を買っていただきたいのです」
「またゲーム!?」
「万寿きなこ先生ラブですの」
「どこで覚えたんだよその名前!」
「ネットの民が皆、崇拝しておりましたわ」
もう完全に染まっている。
雄一は呆れた。
だが――
(BL本よりはマシか……)
そう思ってしまった時点で負けだった。
「……一本だけだぞ」
「やりましたわ!」
リリィがガッツポーズする。
「やはり雄一は話の分かる執事ですわね!」
「誰が執事だ」
結局。
雄一はゲームソフトを買わされることになった。
その帰り道。
助手席でゲームのパッケージを抱えるリリィは、子供みたいに嬉しそうだった。
「今日は実に良き日でしたわ」
「そうかよ」
「次はコミケという戦場にも行ってみたいですわね」
「その単語をどこで覚えた」
「ネットですわ」
雄一は静かに思った。
(……インターネットを覚えさせたの、失敗だったかもしれない)
だが。
楽しそうに笑うリリィを見ていると――
まあ、悪くないかとも思ってしまうのだった。
第9話を読んでいただきありがとうございます。
今回は完全に“異世界王女、秋葉原へ行く”回でした。
リリィは元々好奇心旺盛なので、この世界のサブカル文化との相性が良すぎるんですよね。
たぶん放置すると、あと数か月でかなり危ないオタクになります。
そして雄一も、最初は振り回されていただけだったのに、気づけば普通に休日へ連れて行ってあげるくらいには面倒見が良くなっています。
二人の距離感も、少しずつ“同居人”から変わってきているのかもしれません。
次回も、騒がしくもどこか平和な日常を楽しんでいただければ嬉しいです。
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