王女様、ついに帰還……するはずだった
お正月気分もまだ抜けない1月2日。
今日も王女様に振り回されながら、ちょっとしたお出かけへ。
……のはずだったのですが、どうやら事態は大きく動きそうです。
そろそろ“帰る”問題にも進展があるかもしれません。
一月二日。
「雄一! 起きなさい!」
ドンドンドン!!
朝から寝室のドアが激しく叩かれる。
「死ぬ!! 家が壊れる!!」
雄一は飛び起きた。
寝ぼけた頭のままドアを開けると、そこにはジャージ姿のリリィが仁王立ちしていた。
「今日はどこへ連れて行ってくれるのですの?」
「……朝六時なんだけど」
「わたくしはもう二時間前から起きていますわ!」
「年寄りかよ……」
するとリリィは胸を張った。
「ゲームで“朝限定ログインボーナス”を回収しておりましたの!」
「完全に現代人に染まってるじゃねぇか!」
昨日までは異世界の王女だったはずなのに、既にソシャゲ文化へ適応している。
順応力が高すぎる。
「で? 今日はどこですの?」
「……お台場」
「おだいば?」
「まあ見れば分かる」
雄一はコーヒーを飲みながら深くため息をついた。
(なんで正月休みに、俺は異世界王女を観光案内してるんだ……)
だが不思議と嫌ではなかった。
◆
車は都心を抜け、湾岸エリアへ向かう。
助手席のリリィは相変わらず落ち着きがない。
「雄一! あの橋は何ですの!?」
「レインボーブリッジ」
「空を飛ぶ虹ではないのですね!」
「名前だけな」
「こちらの世界は紛らわしいですわ!」
そして――。
「雄一」
「ん?」
「あれは何ですの」
リリィが窓の外を指差した。
巨大な白い人影。
お台場のシンボル――実物大ガンダムである。
「……巨大なゴーレムですわね」
「まあ、間違ってはいない」
車を駐車場へ停め、二人は近づいていく。
ガンダムを見上げた瞬間、リリィは完全に固まった。
「……大きいですわね」
「だろ?」
「この国、やはり軍事国家なのでは?」
「違う」
「ではなぜ、こんな巨大兵器を街中へ置いていますの?」
「ロマンだよ」
「理解できませんわ」
即答だった。
だが目はキラキラしている。
めちゃくちゃ興味津々である。
周囲の観光客たちも写真を撮っていた。
するとリリィが真顔で呟く。
「危険ですわね」
「は?」
「このサイズ、確実に国家級戦力ですわ。もし敵対勢力ならば、先制攻撃すべきです」
「待て待て待て」
「雄一、下がりなさい」
その瞬間。
リリィの足元に淡い光が浮かんだ。
「おい!!」
魔法陣。
周囲の空気がビリッと震える。
観光客たちがざわついた。
「え、何あれ!?」「演出?」「プロジェクションマッピング?」「すご!」
「やめろぉぉぉ!!」
雄一は慌ててリリィの腕を掴んだ。
「なぜ止めますの!」
「ここ日本!! 平和国家!!」
「ですが!」
「あれはただの巨大ロボット像!!」
「像!?」
リリィはもう一度ガンダムを見上げた。
「……動かないのですの?」
「動かない」
「……」
「……」
「税金の無駄では?」
「全国のファンを敵に回すぞお前」
だが、魔法陣が少しだけ展開されたせいで、周囲からはなぜか拍手が起こっていた。
パチパチパチ……!
「すごーい!」「今のショー?」「クオリティ高っ!」
リリィは満足げに頷く。
「やはり民衆は、わたくしの魔法に敬意を――」
「違うと思う!」
雄一は即座にリリィを引っ張った。
「移動するぞ! マジで危ない!」
「もっと見たかったですわ!」
「却下!」
◆
その後。
二人はショッピングモールへ入った。
「広っ……」
リリィが呆然とする。
「城か何かですの?」
「商業施設」
「しょうぎょう……?」
「買い物するとこ」
「なるほど!」
理解した瞬間、目の色が変わった。
「雄一! あの店に入りましょう!」
「待て、走るな!」
アクセサリーショップ。
雑貨屋。
アニメショップ。
ゲームセンター。
リリィは目に入るもの全てへ反応した。
「このぬいぐるみ、可愛いですわ!」
「買わないぞ」
「ケチですわ!」
「お前、昨日も服買っただろ!」
「王女の財産管理に口を出す気ですの!?」
「お前いま無一文だろ!」
さらにゲームセンターでは――。
「雄一! この箱の中に魔物が閉じ込められていますわ!」
「UFOキャッチャーだ」
「助けねば!」
「違う!」
騒がしい。
とにかく騒がしい。
だが。
その横顔は本当に楽しそうだった。
◆
帰りの車内。
リリィは大量のお菓子を抱えて満足そうにしていた。
「……なあ、リリィ」
「なんですの?」
「お前の世界のやつ、いつ迎えに来るんだ?」
ふと気になって聞く。
だがリリィはあっさり答えた。
「そんなの分かりませんわ、雄一、急いては事を仕損じます」
「お前が仕損じたのが原因じゃねぇか……」
「異世界転移は繊細なのです。魔力調整とか色々ありますもの」
「へぇ……」
少しだけ現実感が湧く。
本当に“異世界”なのだ。
「ですが」
リリィはゲーム機を抱えながら笑った。
「それまで、こちらの世界を満喫いたしますわ!」
「順応しすぎだろお前……」
◆
マンション帰宅後。
「雄一! 早く!」
「分かった分かった」
ゲーム起動。
数時間後――。
「この魔王、理不尽すぎませんこと!?」
「ラスボスだからな」
「聖剣が効かないではありませんか!」
「第二形態だから」
「あとこの賢者!」
画面の仲間キャラを指差す。
「回復しかしませんわ!」
「ヒーラーだからな!」
「戦わない者は不要ですわ! 斬首ですわね!」
「お前ほんと物騒だな!」
雄一は苦笑しながら聞いた。
「実際、勇者とか賢者っているのか?」
「いましたわよ」
「マジで?」
「ですが大半は脳筋でした」
「夢壊れるなぁ……」
「賢者と名乗りながら、最終的には筋肉と爆発魔法で解決していましたわ」
「ファンタジー世界も意外と雑だな」
その時だった。
――パァァァァァッ!!
寝室から強烈な光が漏れた。
「……!」
雄一が立ち上がる。
「おい、リリィ!」
「いまボス戦――」
「迎え来たぞ!!」
「……え?」
◆
クローゼットの前。
光の中から現れたのは、白いローブ姿のがたいの良い50代くらいの男だった。
「姫様ぁぁぁ!!」
「大司教!」
大司教は涙目で土下座した。
「ご無事で何よりです!」
「遅すぎますわ!」
「申し訳ありません! 転移魔法陣の再調整に時間が――!」
雄一は二人を見ながら静かに息を吐いた。
(……終わり、か)
たった数日。
だが妙に濃い時間だった。
騒がしくて。
面倒で。
でも少しだけ楽しかった。
「司教」
「はい?」
「迎えが遅いので、危うく、この雄一という男の妻にされるところでしたわ」
「ねぇよ!!」
最後までブレない。
だが、それもこれで終わり。
「……じゃあ帰るんだな」
「ええ」
リリィはあっさり頷いた。
その瞬間。
胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。
「お世話になりましたわ」
「……ああ」
なんだか妙に言葉が出てこない。
すると大司教が前へ出た。
「雄一殿! 礼として一億ペリスを――」
「いらねぇよ」
「なぜ!?」
「この世界じゃ紙切れだろ」
「ぬぅ……!」
悔しそうな大司教。
「では、儀式を開始します」
リリィと大司教がクローゼットへ入る。
扉が閉まる。
光が強くなる。
そして――。
静寂。
「……終わった、か」
部屋が急に静かになった。
数日前まで一人だったはずなのに。
今はその静けさが妙に広く感じる。
「……なんだよ」
雄一は苦笑した。
「ちょっと寂しいじゃねぇか」
その時。
――ドサッ!!
「うわっ!?」
クローゼットから音。
扉が勢いよく開いた。
「申し訳ありません!!」
大司教が土下座していた。
「失敗しましたぁぁ!!」
「はぁ!?」
その後ろから、テヘペロ的にひょこっと顔を出すリリィ。
「雄一」
「なんだよ!」
「ただいまですわ」
「帰れてねぇ!!」
「あと数週間で弟子が迎えに来ます!」
「増えた!?」
「それまで滞在いたしますわ!」
「勝手に決めるな!!」
完全にカオスだった。
だが。
「雄一」
「なんだ!」
「それより」
リリィは当然のようにコントローラーを持ち上げる。
「ゲームの続きをいたしましょう」
「お前は少し反省しろ!!」
雄一は叫ぶ。
だが結局。
その数分後には、二人で並んでゲームをしていた。
(……まあ、いいか)
こうして。
異世界王女との騒がしい同居生活は――。
もう少しだけ、続くことになったのだった。
第5話を読んでいただきありがとうございます。
ついに迎えが来て――と思いきや、まさかの展開でした。
リリィらしいと言えばリリィらしいのですが、雄一の平穏はまだまだ遠そうです。
ほんの少しだけ見えた“別れの空気”と、そこからのドタバタ。
二人の関係も、これからどう変わっていくのかお楽しみいただければ嬉しいです。
次回からは、再び日常へ。
ですが、少しずつ新しい問題も出てきます。
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