王女様、初詣で願う(ただし内容は秘密)
新しい年がやってきました。
異世界の王女様にとっては、初めて迎える“現代日本の正月”。
果たしてその文化は、受け入れられるのでしょうか。
そして今回は外出回。
王女様、ついに“あの場所”へ向かいます。
一月一日――元旦。
カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝日で、雄一はゆっくりと目を覚ました。
「……正月か」
例年なら、実家で雑煮を食べながらダラダラ過ごしているか、あるいは年始案件の対応で会社に呼び出されているかのどちらかだった。
少なくとも、“静かな朝”であることには変わりなかった。
――だが今年は違う。
「雄一、起きなさい」
布団の真横から当然のように声が飛んでくる。
「新年なのですよ? いつまで寝ていますの」
「……朝から元気だな、お前」
半分寝ぼけながら上体を起こすと、そこには既に身支度を整えたリリィが腕を組んで立っていた。
なぜか昨日買ったジャージをきっちり着こなし、妙に偉そうである。
「この世界では新年を祝うのでしょう?」
「まあな」
「ならば王女として、民に新年の祝辞を――」
「ここ日本だからな。お前の国じゃないから」
即座に現実へ引き戻す。
リリィは露骨に不満そうな顔をした。
「では、わたくしは今日は何をすればよろしくて?」
「とりあえず静かにしてくれれば助かる」
「無理ですわ!」
「即答すんな」
雄一は大きくため息をつきながらベッドを降りた。
キッチンへ向かう。
リリィも当然のようについてくる。
「雄一、この世界では新年に何を食べますの?」
「縁起物とかだな」
「ほう」
「今日はそれっぽいもの買ってある」
冷蔵庫から取り出したのは、昨夜コンビニとスーパーで買っておいた簡易おせちセットだった。
一人暮らし用の小さな重箱。
黒豆、数の子、伊達巻、かまぼこ。
高級品ではないが、正月らしさは十分ある。
テーブルに並べると、リリィはじっとそれを見つめた。
「……雄一」
「なんだ」
「新年を祝う料理が、この“小箱”ですの?」
「そうだけど」
「……ちんけですわね」
「食うな!」
即座に回収しようとした瞬間。
「やめなさい!」
リリィが重箱を抱えてソファへ逃げた。
「これはもう“わたくしの料理”ですわ!」
「どこの理屈だよ!」
「早い者勝ちです!」
「小学生か!」
新年早々、男二十八歳と異世界王女の醜いおせち争奪戦が開幕した。
数分後。
結局、雄一が折れた。
「……好きに食えよ」
「最初からそう言いなさい」
勝ち誇った顔で、リリィは黒豆を口へ運ぶ。
もぐもぐ。
数秒後。
「……ほう」
「どうだよ」
「甘い豆という発想は理解できませんが、悪くありませんわね」
続いて伊達巻。
「これはお菓子ですの?」
「卵料理」
「甘い卵料理……?」
怪訝そうに食べる。
そして。
「……美味しいですわ」
ぽつり。
気づけば箸が止まらなくなっていた。
「おい、俺の分まで食うな!」
「弱肉強食ですわ!」
「正月から世紀末ルール採用するな!」
結局、リリィはかなりの量を平らげた。
満足そうにお茶を飲む姿は、完全に“正月を満喫する女子高生”である。
「……で、今日はどうする?」
食後、コーヒーを飲みながら雄一が聞く。
「決まっていますわ」
リリィは当然のように胸を張った。
「祝いの場へ連れて行きなさい」
「祝いの場?」
「新年を祝う場所ですわ」
「あー……初詣か」
少し考える。
そして雄一はスマホを確認した。
「まあ、いいか」
「行きますの?」
「ああ。せっかくだし」
◆
数時間後。
浅草。
元旦の街は観光客と参拝客でごった返していた。
「人、多すぎませんこと!?」
「正月だからな」
だが今のリリィは、昨日までとは違う。
レンタル着物店で着付けを済ませた彼女は、淡い桜色の着物姿になっていた。
長い金髪は綺麗にまとめられ、帯で締められた姿は妙に絵になる。
周囲の視線もかなり集めていた。
「……どうです?」
珍しく少し不安そうに聞いてくる。
雄一は素直に答えた。
「似合ってる」
「……本当ですか?」
「ああ。普通に綺麗だと思う」
するとリリィは数秒固まり――
「ふ、ふふん。当然ですわね!」
露骨に照れ隠しした。
耳が少し赤い。
(分かりやすいな)
雄一は小さく笑った。
仲見世通りを歩く。
「雄一! この揚げたお菓子みたいなものは!?」
「揚げまんじゅう」
「この煙は!?」
「線香」
「この人形は!?」
「雷おこし屋のマスコットだ」
「なんでも知っていますのね!」
「この国の人間だからな」
いちいちリアクションが大きい。
まるで修学旅行生だ。
だがそんなリリィを見ていると、雄一も少し楽しくなってくる。
やがて浅草寺前へ到着する。
当然のように長蛇の列。
「……並びますの?」
「並ぶ」
「王女なのですけれど?」
「ここじゃただの一般人」
「なんですって!?」
本気でショックを受けている。
「では、この者たちに道を譲るよう命じなさい」
「ダメだって」
「なぜですの!」
「割り込み禁止!」
「王族特権は!?」
「ない!」
リリィは愕然としていた。
「なんて恐ろしい国ですの……」
「平和な国だよ」
結局、二人は最後尾へ並ぶことになった。
だが――。
「寒いですわ」
「冬だからな」
「足が疲れましたわ」
「ヒールじゃないだけマシだろ」
「お腹空きましたわ」
「さっき食っただろ」
うるさい。
めちゃくちゃうるさい。
だが。
気づけば雄一は自然と笑っていた。
(……なんだろうな)
仕事ばかりだった毎日。
誰かと並んで、くだらない話をする時間なんて、いつ以来だろうか。
列はゆっくり進んでいく。
やがて賽銭箱の前へ到着した。
「作法教えるぞ」
「ええ」
一礼してから合掌。
リリィも見よう見まねで真似をする。
そして静かに目を閉じた。
いつもの騒がしさはない。
その横顔はどこか真剣で、少しだけ“王女らしく”見えた。
参拝を終える。
「何を祈ったんだ?」
軽い気持ちで聞くと、リリィは一瞬だけ視線を逸らした。
「……秘密ですわ」
「珍しいな」
「王女にも秘密くらいあります」
そう言って前を向く。
だが耳がまた少し赤かった。
「で、雄一は?」
「俺?」
「何を願いましたの?」
雄一は少し考えてから答える。
「……お前が無事に元の世界へ帰れるように、かな」
「……」
一瞬だけ、リリィの表情が止まった。
だがすぐにいつもの顔へ戻る。
「殊勝な心がけですわね」
「そうか?」
「迎えが来たら褒美を与えるよう計らって差し上げます」
「いらねぇよ」
「なぜですの?」
「そっちの金、こっちで使えないだろ」
「……確かに」
くすり、と笑う。
その笑顔を見て、雄一は思った。
(……帰るのが正解なんだよな)
分かっている。
異世界の王女が現代日本にいるなんて、どう考えても異常だ。
早く元の世界へ帰した方がいい。
そのはずなのに。
――少しだけ。
この騒がしい日常が続けばいいと思ってしまった。
◆
帰り道。
夕暮れの浅草を歩く。
「……楽しかったですわ」
リリィがぽつりと呟いた。
「そうか」
「この世界の新年も悪くありませんわね」
「日本の正月、気に入ったか?」
「ええ」
そして少しだけ笑って、
「ですが」
「ん?」
「来年は、もっと豪華な料理を用意なさい」
「まだ居座る気かよ!」
「当然ですわ!」
堂々と言い放つ王女様。
雄一は呆れながらも笑ってしまう。
こうして――。
異世界王女との騒がしい新年は、ゆっくりと始まっていくのだった。
第4話を読んでいただきありがとうございます。
今回はお正月&初詣回でした。
着物姿のリリィ、少しは“王女らしさ”が出ていたでしょうか。
いつも通り騒がしい二人ですが、ほんの少しだけ距離も変わり始めています。
ただ、その一方で「帰る」という問題はまだ何も解決していません。
この先どうなるのか、引き続き見守っていただけると嬉しいです。
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