最後の東京デートとスケベメガネ
異世界からやって来た王女・リリィとの同居生活も、気づけば三か月。
最初は「厄介な女が来た」としか思っていなかった雄一だったが、ゲーム漬けの王女様に振り回され、騒動に巻き込まれ続けるうちに、その賑やかな日常はいつしか当たり前になっていた。
そして春――。
ついに異世界から正式な迎えが来ることが決まり、リリィがこの世界にいられる時間も残りわずかとなる。
そんな中、リリィが望んだのは、“最後の東京観光”。
東京タワー。
浅草。
お台場。
初めて二人で訪れた場所を、もう一度巡ることになった。
これは、わがままで騒がしくて、でもどこか憎めない異世界王女と、世話焼きインテリメガネが過ごす、少しだけ切なくて、いつも通り騒がしい最後のデートの物語――。
日曜日の朝。
雄一は珍しく早起きをして、マンション地下の駐車場で車を出していた。
春の空気はまだ少し冷たいが、街路樹には桜が咲き始め、東京の街はどこか柔らかい雰囲気に包まれている。
そして、その助手席では――。
「雄一、まだですの? 王女を待たせるなど、本来なら打ち首ですわよ!」
朝からやかましい金髪王女が、コンビニで買ったカフェラテを飲みながら文句を言っていた。
「はいはい。ちゃんと出発してるから静かにしてくれ」
雄一は呆れながら車を発進させる。
今日は、リリィがこの世界へ来てから最後の日曜日。
異世界から迎えが来るまで、残り数日――。
そのため、リリィの希望で、これまで二人で訪れた場所を改めて巡ることになったのである。
「雄一、今日は特別に腕を組んであげるのですわ! 光栄に思いなさい!」
リリィは上機嫌で雄一の腕に抱きついてくる。
「運転中にやるな危ない!」
「まったく、デリカシーのない男ですわね」
「お前が危険なんだよ!」
いつもの調子で言い合いをしながら、二人は最初の目的地――東京タワーへ向かった。
◇
「うわぁ……!」
展望台に到着したリリィは、窓際まで走っていく。
東京の街並みが一望できる景色。
高層ビル。
道路を流れる無数の車。
遠くに見える東京湾。
リリィはガラスに顔を近づけながら、子供のように目を輝かせていた。
「雄一! 見なさい! 車がゴミみたいですわ!」
「それ、たぶん別作品だからな」
「あと空を飛ぶ鉄の鳥もおりますわ!」
「飛行機な」
雄一は苦笑する。
最初にここへ連れてきた日のことを思い出していた。
リリィは飛行機を見て、
『ドラゴンも使わずに空を飛ぶなんて、この国の魔導技術は狂っていますわ!』
と本気で驚いていた。
さらに自動販売機を見ても驚き、エスカレーターに乗っては転びそうになり、コンビニのおにぎりに感動していた。
たった三か月。
それなのに、随分昔のことのように感じる。
「雄一?」
「ん?」
「あなた、今ちょっと寂しそうな顔をしましたわ」
「……別に」
「ふふん、わかりやすい男ですわね」
リリィは少しだけ嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、雄一は妙に胸がざわつく。
だが、そんな空気をぶち壊すようにリリィが双眼鏡を覗き込みながら叫ぶ。
「あっ! 雄一! あそこにカップルがおりますわ! 昼間から抱き合っております! 破廉恥ですわ!」
「観光地でいちいち実況するな!」
◇
それから二人は浅草へ向かった。
雷門周辺は観光客で賑わっており、海外から来た人々も多い。
「やはり浅草は落ち着きますわね」
「お前、最初来た時は『庶民が多すぎますわ!』とか言ってただろ」
「わたくしも成長しましたのよ」
「悪い方向にな」
今回はリリィの希望で、再び着物をレンタルすることになった。
数十分後。
着付けを終えたリリィが姿を現す。
薄桜色の着物。
髪は綺麗に結い上げられ、金色の髪と和装が不思議なほど似合っていた。
通りを歩く観光客たちも、思わず振り返って見てしまうほどである。
「どうですの?」
「……似合ってる」
「もっと褒めなさい!」
「めんどくさいな!」
リリィは満足そうに鼻を鳴らした。
「この国の正装は本当に窮屈ですわ! ですが、このデザインは好きですの」
「最初に着た時よりだいぶ慣れたな」
「ええ。最初は『なんだこの拘束具は!』と思いましたけど」
「着物に謝れ」
仲見世通りを歩きながら、二人は人混みを進んでいく。
「あっ、雄一! 人形焼ですわ!」
「食う?」
「当然ですわ!」
さらに団子、煎餅、揚げまんじゅう――。
リリィは食べ歩きを満喫していた。
「お前、王女なのに食欲すごいよな」
「王族だからこそ、美味なものには敏感なのです!」
そう言いながら団子を頬張る姿は、まるで食べ盛りの女子高生だった。
浅草寺へ向かう途中、雄一はふと思い出す。
元旦にここへ来た時、リリィは長蛇の列を見て、
『王女であるわたくしを先に通しなさい!』
と大騒ぎしていた。
あの頃は、毎日が本当に疲れた。
……だが。
今思えば、その騒がしさすら少し楽しかったのかもしれない。
「雄一?」
「いや、なんでもない」
「今日は変ですわね。さてはわたくしとの別れが惜しくなってきましたの?」
「違う」
「強がらなくてよろしくてよ?」
「だから違うって!」
だが、否定しながらも、雄一自身、自分の感情がよくわからなくなっていた。
◇
夕方。
二人はお台場へ向かった。
「やはりガンダムは何度見ても強そうですわね……」
「まだ兵器だと思ってるのか」
「実際に動けば魔王軍程度なら滅ぼせそうですわ!」
「スケールが怖いんだよお前の世界」
リリィは巨大なガンダム像を見上げながら、真剣な顔で分析している。
最初にここへ来た時は、火炎魔法を撃とうとして大騒ぎになった。
あの時は本当に肝が冷えた。
だが今日は、さすがにそんな真似はしない。
……と思った直後。
「雄一、やはり一発くらい魔法を――」
「ダメだ」
「まだ何も言ってませんわ!」
「顔でわかる」
その後も、二人は遊覧船に乗ったり、ゆりかもめに乗ったりしながら東京湾の景色を楽しんだ。
窓の外では夕日が海を赤く染めている。
「綺麗ですわね……」
珍しく静かな声だった。
「そうだな」
「この世界は、変なものばかりですが……悪くありませんでしたわ」
リリィは小さく呟く。
「ゲームもありますし」
「結局そこかよ」
「あと、コンビニのアイスも素晴らしい文明でしたわ!」
「安い女だな」
だが、そんなくだらない会話をしている時間が、雄一には妙に心地よかった。
◇
マンションへ戻るころには、すっかり日が暮れていた。
車内では、リリィが助手席で眠っている。
今日一日歩き回ったせいか、完全に熟睡していた。
「おい、リリィ。着いたぞ」
「……すぅ」
「起きろ」
「……んぅ」
ダメだ。
まったく起きない。
「仕方ないか……」
雄一はため息をつくと、助手席のドアを開け、リリィを抱き上げた。
「軽いな……」
普段はあれだけ騒がしいのに、眠っている時だけは静かである。
長い金髪が雄一の腕にさらりとかかる。
「まったく、手間がかかる女だな……」
だが不思議と嫌ではなかった。
妹というか。
娘というか。
放っておけない生き物なのだ。
エレベーターを上がり、玄関を開ける。
どうやら、かおりもクリスもまだ帰宅していないようだった。
「よし、そのまま寝かせるか」
雄一はリリィを寝室へ運ぶ。
電気をつけ、ベッドへ降ろそうとした――その瞬間。
「――っ!?」
リリィが突然目を開いた。
そして次の瞬間。
「このスケベメガネ!!」
マンション中に響き渡る絶叫。
「うおっ!?」
「わたくしが寝ている間にいやらしいことをしようとしましたわね!? 異世界の思い出作りとか、そういう卑劣な手口には引っかかりませんわよ!」
「ちげぇよ!!」
「問答無用ですわ!」
リリィは雄一の胸をバシバシ叩く。
「お前が寝てたから運んだだけだろ!」
「怪しいですわ!」
「何がだよ!」
「お姫様抱っこなど、少女漫画の定番シチュエーションですもの!」
「知らねぇよ!」
「しかも二人きりの寝室!」
「お前を寝かせに来ただけだ!」
「危険ですわ!」
「俺の優しい気持ちを返せ!」
その後も言い争いは続き――。
数十分後。
「ただいまー……って、何この騒ぎ?」
帰宅したかおりが呆れ顔で立ち尽くす。
さらに後ろから帰宅したクリスも状況を見て首を傾げた。
「姫様、また雄一殿を困らせておられるのですか?」
「クリス! 聞いてくださいまし! このスケベメガネ、わたくしを寝室へ連れ込み――」
「誤解だっつってんだろ!」
結局。
そのあとも一時間近く大騒ぎとなり、ようやく騒動が収まったのは深夜になってからであった。
そして雄一は思う。
(……やっぱり、最後まで騒がしい女だな)
だが、その騒がしさが、あと少しで消えてしまうと思うと――。
雄一は少しだけ、胸の奥が寂しくなるのであった。
第19話、いかがでしたでしょうか。
今回はこれまでのドタバタコメディをベースにしつつ、“別れが近づいている空気”を少し強めに描いてみました。
特に、
・東京タワーで初めて来た頃を思い出す雄一
・着物姿で浅草を歩くリリィ
・お台場で再びガンダムにはしゃぐ王女様
・眠ってしまったリリィを運ぶ雄一
など、これまで積み重ねてきた日常を振り返るような描写を意識しています。
とはいえ、この作品はやはりシリアス一辺倒にはならず、
「このスケベメガネ!!」
で全部ぶち壊しになるのが、この二人らしいところかなと思います。
雄一としては、かなり優しくしてあげたつもりなのに、最終的に怒鳴られるのは少し気の毒でしたね。
そして今回、雄一の中でリリィの存在が“ただの居候”ではなくなっていることも、少しずつ描かれ始めています。
恋愛なのか。
家族愛なのか。
それとも別の感情なのか。
本人ですらまだ整理できていないのかもしれません。
次回はいよいよ、異世界からの迎えが本格的に登場。
騒がしかった共同生活は、本当に終わってしまうのか――。
引き続き、『異世界帰還に失敗した王女様』をよろしくお願いします。




