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18/20

桜の下の王女様

春――。


桜が咲く季節になりました。


異世界から来た王女様・リリィにとって、「花見」という文化はかなり不思議なものらしく、今回は雄一、かおり、クリスの四人でお花見へ行くことになります。


酔っぱらいサラリーマンを見てカルチャーショックを受けたり、桜より宴会を楽しむ日本人に困惑したり、今回もリリィ節は絶好調。


ですが、楽しい時間の中で、ついに“終わり”の話が語られます。


異世界からの迎え――。


ずっと帰りたがっていたはずなのに、少しだけ寂しく感じてしまう。


そんな春のお話です。


第18話、どうぞ。

 三月下旬。


 東京はすっかり春の空気に包まれていた。


 マンションのベランダから見える街路樹にも薄い桃色が混ざり始め、テレビでも連日「桜満開予想」などという話題が流れている。


 そんなある朝。


「雄一!」


 休日の朝を静かに過ごしたかった雄一の願いを打ち砕くように、リリィが勢いよくリビングへ飛び込んできた。


「なんだよ、朝から騒がしいな……」


 雄一はコーヒーを飲みながら新聞アプリを見ていた。


「わたくし、お花見がしたいのです!」


「花見?」


「そうですわ! テレビで見ましたの! 日本人は桜という花を見るためだけに集団で宴会をするのでしょう? なんとも奇妙で興味深い文化ですわ!」


「言い方よ……」


 雄一は苦笑した。


 しかし、せっかく春だ。


 リリィがこの世界に来てから、もう数か月。


 騒がしいことばかりだったが、こういう季節のイベントを経験させてやるのも悪くない。


「わかった。今週の日曜、四人で行くか」


「やりましたわ!」


 リリィは嬉しそうに両手を上げる。


 その姿は、普段の尊大な王女口調とは裏腹に、年相応の少女のようにも見えた。


     ◇


 そして日曜日。


 雄一たちは近所でも有名な桜公園へ向かっていた。


 ブルーシートを敷いた家族連れ。


 会社の宴会。


 写真撮影をする外国人観光客。


 春の暖かな風に乗って、賑やかな笑い声があちこちから聞こえてくる。


「おお……!」


 クリスが感嘆の声を漏らした。


「これが桜ですか! なんと見事な!」


 工事現場帰りの筋肉質なおっさん――もとい大司教クリスは、桜並木を見上げながら本気で感動していた。


「わたくしの世界にも花はありますけれど、ここまで一斉に咲く花は珍しいですわね」


 リリィも空を覆う薄桃色を見上げる。


 春風が吹くたび、花びらが舞った。


「綺麗ねぇ……」


 かおりはスマホで写真を撮っている。


 モデルをしているだけあって、桜の下に立つ姿が絵になっていた。


「はい、お弁当置くぞー」


 雄一は空いている場所を見つけ、ブルーシートを広げる。


 今日の弁当は、雄一が朝から頑張って作ったものだった。


 唐揚げ、卵焼き、おにぎり。


 かおりもサンドイッチを作ってきており、意外と豪華な花見になっている。


「雄一、なかなかやりますわね!」


「お前、普段料理しないくせに評価だけは偉そうだよな……」


「王女は作る側ではなく、評価する側ですもの」


「最低だなその思想!」


 いつものようなやり取りに、かおりとクリスが笑う。


     ◇


「ところで雄一」


 リリィは周囲を見回しながら、不思議そうに尋ねた。


「あそこの方々は頭にネクタイを巻いて踊っていますけれど、あれがこの国の正式な儀式なのですか?」


 視線の先では、酔っ払ったサラリーマンたちが大騒ぎしていた。


「課長ー! もう一曲いきましょうよ!」


「うおおおお!」


 完全に出来上がっている。


「ああ……あれはただの酔っ払い」


「なんですのその文化レベルの低さ!」


「いや、俺に怒られても……」


 リリィは真顔で酔っ払い集団を見つめる。


「しかし不思議ですわね。皆、花そのものを見ているというより、“皆で騒ぐこと”を楽しんでいるように見えますわ」


「まあ、実際そうかもな」


 雄一は缶ビールを開けながら答えた。


「日本人って、理由がないと集まれないところあるから。桜は口実みたいなものだよ」


「ふぅん……」


 リリィはどこか納得したようだった。


     ◇


「そういえば」


 リリィがぽつりと言う。


「わたくしが“ブラック・プリンセス”として活動していた頃、桜の刺繍が入った冒険者服を着ている方々もいましたわ」


「いや、それ絶対に冒険者じゃないからな?」


「しかも皆さん、単車という鉄の馬に乗っておられましたわ!」


「完全に暴走族だわ……」


 雄一は頭を抱えた。


 最近、深夜の街で“ブラック・プリンセスのリリィ”という名前が妙な都市伝説になり始めていることを、まだ彼は知らない。


     ◇


 しばらくして、皆で飲み物を配ることになった。


 雄一は缶チューハイを取り出しながら、ふと気づく。


「あれ、そういえばリリィって何歳なんだ?」


「あら」


 リリィがニヤリと笑った。


「最近の雄一、わたくしへの独占欲が強すぎませんこと? 遂に年齢まで知りたくなりましたの?」


「違うわ! こっちは二十歳未満飲酒禁止なんだよ!」


「なんですのそのルール」


「法律!」


 リリィは少し考えた後、答えた。


「十七ですわ」


「若っ!」


 雄一は思わず叫んだ。


「お前、十七でその性格なの!?」


「王女なんて皆こんなものですわ!」


「絶対に嘘だろ!」


 雄一は改めて、異世界王族とは関わりたくないと心の底から思った。


     ◇


 しかし――。


 楽しい空気は、長くは続かなかった。


「でも、こうして皆で花見できてよかったわね」


 かおりが笑う。


「来年も四人で来れたらいいわね!」


 その瞬間。


 リリィの表情が、少し曇った。


「……それは難しいですわ」


「え?」


 空気が変わった。


 雄一も気づく。


「どうした?」


 リリィは少し黙った後、小さく言った。


「異世界から迎えが来ることになったのです」


「……」


 雄一の手が止まる。


 かおりもクリスも静かになった。


「一週間後に、迎えが来ますわ」


 風が吹いた。


 桜の花びらが、四人の間を静かに舞っていく。


「ようやく……帰れるのか」


 雄一はぽつりと呟く。


 本来なら喜ぶべきことだった。


 ずっと元の世界へ帰す方法を探していたのだから。


 だが胸の奥に、妙な寂しさが広がっていた。


     ◇


 帰り道。


 かおりとクリスは少し先を歩いていた。


 雄一とリリィは、後ろをゆっくり歩く。


「なあ」


 雄一が口を開く。


「帰りたいのか?」


「……わかりませんわ」


 リリィは桜を見上げた。


「もちろん、故郷には戻りたいですわ。でも……」


 言葉が止まる。


「でも?」


「こちらの世界も、悪くありませんでしたもの」


 リリィは少し笑った。


「ゲームもありますし」


「そこかよ」


「配信もありますし」


「そこかよ!」


「それに……」


 リリィは少しだけ視線を逸らす。


「騒がしくて退屈しませんでしたわ」


 雄一は何も言えなかった。


     ◇


 夜。


 マンションへ戻った後。


「雄一」


「ん?」


「明日、わたくしを今まで行った場所に連れて行ってくださる?」


「東京タワーとか?」


「浅草もですわ!」


「……まあ、いいけど」


 雄一は少し笑った。


「かおりとクリスさんは?」


「私は仕事ー」


 かおりがソファから答える。


「わたくしめも職場の皆に別れの挨拶がありますので」


 クリスも頷いた。


「ですから、お二人でどうぞ」


「……デートですわね!」


「違うから!」


 いつもの調子で騒ぐリリィ。


 だが、その笑顔がどこか無理をしているようにも見えた。


 異世界王女との騒がしい同居生活。


 その終わりが、少しずつ近づいていた。

第18話でした!

今回はこれまでのドタバタ回とは少し雰囲気を変えて、「終わりが近づいてきた日常」を意識して書いてみました。

花見って、日本人にとっては当たり前のイベントなんですが、改めて考えるとかなり不思議な文化なんですよね。

花を見るというより、

「みんなで集まって騒ぐための理由」

みたいなところがありますし。

だからこそ、異世界人のリリィ視点で見ると、かなり奇妙なイベントに映るんじゃないかなと思いました。

そして今回、ついにリリィたちへ“迎えが来る”ことが判明しました。

最初は、

「早く帰ってくれ!」

と思っていた雄一ですが、一緒に過ごす時間が長くなるほど、いなくなることを想像すると寂しくなっているんですよね。

リリィもまた同じで、ゲームや配信にハマっているだけでなく、この世界そのものに愛着を持ち始めています。

特に最後の、

「退屈しませんでしたわ」

という台詞は、リリィなりのかなり素直な気持ちだったりします。

次回は、雄一とリリィの“最後になるかもしれない東京デート”です。

引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです!

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