深夜の神社とブラック・プリンセス
最近のリリィは、ゲームに配信、BL本、特攻服と、もはや異世界王女なのか深夜のサブカル女子なのか分からなくなってきました。
そんなある夜。
「アイスが食べたい」という実に平和な理由で、雄一の忠告を無視して特攻服姿のままコンビニへ向かう王女様。
しかし、その帰り道――。
彼女は“本物の呪い”を目撃することになります。
深夜の神社。
白装束の女。
藁人形。
そして、異世界基準で呪いを語る危険な王女。
今回も雄一の知らないところで、リリィが勝手に伝説を作っていきます。
第17話、始まります。
深夜一時過ぎ。
マンションのリビングにはゲームの戦闘音だけが響いていた。
「くっ……このラスボス、第二形態までありますの!? 卑怯ですわ!」
テレビ画面に向かって悪態をつくのは、異世界からやってきた王女リリィ。
テーブルの上にはポテトチップス、炭酸飲料、食べかけのチョコレート。
王女としての気品は既にどこかへ消え失せ、完全に夜更かしゲーマーの姿である。
「……あら?」
リリィはふと冷凍庫を開けた。
「アイスがありませんわ……」
重大事件であった。
異世界では魔王軍との戦争ですらここまで動揺しなかったリリィだが、冷凍庫にアイスがない事実には深刻なショックを受けていた。
「仕方ありませんわね……」
リリィはソファから立ち上がる。
そして、部屋の隅に無造作に掛けてあった黒い特攻服を手に取った。
背中には金糸で大きく、
『姫連合』
さらに英字で、
『black princess』
と刺繍されている。
以前、不良少年たちと結成した謎のチームの名残である。
「雄一には“外では絶対に着るな”と言われましたけど……」
リリィは寝室の方を見る。
静かである。
どうやら雄一は完全に寝ているらしい。
「あのメガネも寝ていますし、少しくらい問題ありませんわ!」
リリィは勝手に納得すると、特攻服を羽織ってマンションを出た。
金髪の美少女。
黒い特攻服。
深夜一時。
どう見ても危険人物である。
しかし本人にその自覚は一切なかった。
◇
「寒いですわね……」
コンビニへ向かう途中、リリィは吐く息を白くしながら歩く。
街は静かだった。
昼間は騒がしい東京も、深夜になるとどこか別世界のように感じる。
「それにしても、この世界のコンビニという施設は本当に素晴らしいですわ。二十四時間いつでも食料が買えるなんて、王城より便利ですもの」
異世界の王女とは思えぬ感想を漏らしながら、リリィはコンビニに到着する。
自動ドアが開いた瞬間、店員が一瞬固まった。
(え……特攻服? しかも外国人?)
だが店員もプロである。
「い、いらっしゃいませー」
動揺を隠しながら接客する。
リリィは冷凍ケースの前で真剣な顔をした。
「今日はどれにいたしましょう……」
ハーグンダッツ。
チョコモナカ。
高級アイス。
期間限定。
異世界王女は五分近く悩み続けた末、結局アイスを四つ購入した。
「大人買いですわ!」
嬉しそうに袋を揺らしながら、リリィは帰路につく。
その途中だった。
カン、カン、カン……。
静かな夜道に、妙な音が響く。
「……?」
リリィは足を止めた。
音が聞こえる方向を見ると、小さな神社がある。
境内は薄暗く、不気味な空気が漂っていた。
「こんな時間に何をしていますの?」
好奇心旺盛な王女様は、迷わず神社へ入っていく。
すると御神木の前に、白装束の女がいた。
長い黒髪。
白い着物。
頭には蝋燭。
そして手には金づち。
木には藁人形が打ち付けられていた。
「……まあ!」
リリィは目を輝かせる。
「これはもしや、この世界の黒魔術ですの!?」
女はビクッと肩を震わせた。
「だ、誰!?」
「あら、わたくしですか? 通りすがりのお姫様です!」
全く説明になっていない。
白装束の女は、目の前の特攻服少女を見て顔を青ざめさせた。
(ヤ、ヤンキー!? 最悪! 見られた!)
女は丑の刻参りを人に見られたことで混乱し、手に持っていた金づちを振り上げる。
「み、見るなぁぁぁっ!」
「危ないですわね!」
ブォッ!!
リリィの目の前に魔法陣が浮かび上がる。
風魔法。
突風が吹き荒れ、女はその場でひっくり返った。
「きゃああっ!?」
さらにリリィは指を鳴らす。
ボッ!!
小さな火炎が空中に浮かび、周囲を照らした。
「わかりまして? あなた程度では、わたくしの遊び相手にもなりませんわ!」
完全に悪役の台詞だった。
◇
一方その頃。
神社の社務所。
「な、なんだ今の音は……?」
神主は物音で目を覚ました。
恐る恐る窓を開け、外を覗く。
すると――。
白い特攻服の女。
黒い特攻服の女。
夜の神社。
そして爆発音。
「……」
神主は静かに窓を閉めた。
「最近の若者は怖いなぁ……」
完全にヤンキー同士の抗争だと思っていた。
しかし気になって再び少しだけ覗く。
すると黒い特攻服の少女が、圧倒的優勢で白装束の女を追い詰めていた。
「……黒い方、強いな」
妙な感想を抱く神主。
◇
「それで、あなたは何をしていましたの?」
リリィは倒れ込む女に尋ねる。
女は涙目になりながら答えた。
「うぅ……彼氏が浮気して……許せなくて……」
「ほう」
「だから呪い殺してやろうと思って……」
リリィは藁人形を見る。
そして呆れた。
「……この世界の呪いは、ずいぶん回りくどいですわね」
「え?」
「木に藁人形を打ち付けて、本当に呪えるのですか?」
「え、えっと……気持ちの問題というか……」
「非効率ですわ!」
異世界王女は断言した。
「呪いというものは、もっと直接的かつ実用的でなければ意味がありません!」
物騒なことを言い出した。
リリィは腕を組みながら続ける。
「わたくしの世界では、三百年カエルになる呪いとか、髪の毛が全部蛇になる呪いとか、寝るたびに悪夢を見る呪いとか、色々ありますわ!」
「こ、怖っ……」
女は若干引いた。
「ですが安心なさい!」
リリィはビシッと指を突きつける。
「わたくしがあなたに、本物の呪いを見せて差し上げますわ!」
再び魔法陣が浮かぶ。
女は目を丸くした。
「えっ!?」
淡い紫色の光。
リリィはどこか楽しそうに詠唱する。
「――対象指定。《浮気男》」
「ちょ、ちょっと待っ」
「――反省するまで《口内炎が絶対に治らない呪い》」
「えぇぇぇ!?」
地味だった。
だが嫌すぎる。
「これで完璧ですわ!」
リリィは満足そうに胸を張る。
「これより先、彼は食事のたびに苦しみますわ。熱い物も、辛い物も、醤油すら地獄ですの!」
「そ、それ地味にキツいやつ……」
「反省すれば解除されますから問題ありませんわ!」
異世界基準ではかなり温情だった。
女は呆然としていたが、やがて頭を下げた。
「あ、ありがとうございます……!」
「もう夜中にこんなことをしてはダメですわよ?」
「はい!」
完全に更生していた。
「ところで、お名前を聞いても?」
女が尋ねる。
リリィは特攻服を翻し、得意げに名乗った。
「ブラック・プリンセスのリリィですわ!」
深夜の神社に、風が吹き抜ける。
女はその名前を深く刻み込んだ。
(ブラック・プリンセス……)
地元最強のレディースかなにかだと思っていた。
◇
数分後。
リリィはアイスの入った袋を揺らしながら帰宅していた。
「ふふん、少し人助けをしてしまいましたわ!」
本人は善行のつもりである。
そして神社では――。
神主が静かに空を見上げていた。
「黒い特攻服の方が勝ったか……」
結局、最後までヤンキーの抗争だと思っていた。
「警察を呼ばなくて正解だったな……」
もし呼んでいたら、説明不能な火炎魔法でさらに混乱していただろう。
神主は布団に戻りながら呟く。
「しかし最近の若者は礼儀正しいな。“ありがとうございました”とか言っていたし……」
妙な感心をしながら眠りにつくのであった。
◇
翌朝。
「……リリィ」
「なんですの?」
「なんで玄関にコンビニ袋が四つも落ちてるの?」
「昨晩アイスを買いに行きましたの!」
「……その格好で?」
リリィはまだ黒い特攻服姿だった。
雄一は頭を抱える。
「お前……外で着るなって言ったよな?」
「なんですの、また彼氏面ですか!」
その頃、地元の一部では。
『黒い特攻服の美女が神社で白装束の女を圧倒した』
『ブラック・プリンセスっていう最強の女らしい』
などという妙な噂が静かに広まり始めていた。
もちろん雄一はまだ知らない。
自分が寝ている間に、異世界王女が深夜の東京で都市伝説になり始めていることを――。
第17話でした!
今回は「日本のオカルト」と「異世界の本物魔法」の温度差をテーマにしてみました。
丑の刻参りって、日本人的にはかなり怖いイメージなのですが、リリィからすると、
「え、そんな生ぬるい呪いでいいんですの?」
くらいの感覚なんですよね。
異世界の呪い、基準が重すぎます。
とはいえ、今回リリィがかけたのは“口内炎が絶対に治らない呪い”。
派手さゼロなのに、日常生活を確実に破壊してくるあたり、むしろタチが悪い気がします。
そして地味に好きなのが、最後まで「ヤンキー同士の抗争」だと思っていた神主さん。
深夜の神社で、
・黒特攻服
・白装束
・爆発音
・悲鳴
を見たら、そりゃそう思います。
さらに今回から、「ブラック・プリンセスのリリィ」という都市伝説が少しずつ広まり始めました。
本人は善意で動いているのに、周囲から見ると危険人物にしか見えないのが、リリィ最大の問題かもしれません。
次回も、騒がしい異世界王女の日常を楽しんでいただけたら嬉しいです!




