表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の小説を食べる何かに、名前をつけた  作者: 九条 蓮夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/20

第18話 高田の視界

 第三層から戻った翌日、高田から電話があった。


「神代さん、今、少しよいですか」


 声の質が、いつもと違った。

 落ち着いてはいる。だが、何かを抑えているような、慎重な声だった。


「どうぞ」


「昨日、打ち合わせの帰りに、おかしなものを見ました」


 俺は何も言わなかった。


「電車の中で、窓ガラスに光が反射しているように見えた。でも、外を見ると光源がない。隣に座っている人には見えていないようだった。気のせいかと思ったんですが」


 俺はゆっくりと息を吸った。


「今日も見えましたか」


 間があった。


「……見えました。朝から、ずっと。デスクの角に、青白い光が漂っているように見える。瞬きすると消えるんですが、また現れる」


 字義に問いかけた。声には出さず、頭の中で。


 高田に、お前が見えているのか。


 字義が答えた。


 ――高田には、別の個体が近づいている。俺ではない。


「高田さん」


「はい」


「その光は、害はないと思います。でも、一度会って話をさせてください」


 長い間があった。


「……神代さんは、その光が何か、知っているんですね」


「知っています」


 また間があった。


「今日の午後、来ていただけますか。編集部ではなく、外で」


          ◇


 公園のベンチで向き合った。

 高田の目は、俺の右肩の辺りを、何度か見た。字義がいる場所だ。


「見えていますか」


「……見えます。あなたの肩の近くに、何かいる」


 高田が、眼鏡を外した。レンズを拭く癖。今は拭く必要がないのに、手が動いていた。


「いつから見えるようになったか、分かりますか」


「神代さんの原稿を読み続けてから、だと思います。最初の原稿、第一章を読んだ直後から、何かが変わった気がしていました。でも、見える、とまで言えるようになったのは、第二章を読んでから」


 俺は字義に問いかけた。


 高田に近づいている個体のことを、お前は知っているか。


 字義が答えた。


 ――俺たちは、優れた物語の光を辿って動く。高田はお前の書いたものを誰より深く読んでいる。その残滓が、高田の中にある。それが、別の個体を引き寄せた。


「高田さん。あなたの中に、俺の書いたものの光の残滓がある。それが、ある存在を引き寄せている」


 高田がゆっくりと頷いた。


「その存在は、危険ですか」


「悪意はない。でも、放置すると関係が深まる可能性がある」


「深まると、どうなりますか」


 俺は少し間を置いた。


「安藤仁のことを、覚えていますか。大学の同期の」


「名前は聞いたことがあります。昔の話を、少し」


「あいつが今どういう状態か、俺は見てきました。深まりすぎた先の話です」


 高田が俺を見た。


「あなたは、深まりすぎていない」


「俺は、名前をつけることから始めた。対話をした。物語で向き合った。だから、今のところ、深まりすぎていない」


「名前をつける、というのは」


 俺は字義の光の方を向いた。


「俺の肩の近くにいるのを、字義と呼んでいます。あなたの近くにいる個体にも、あなたが名前をつけることができる。そうすれば、対話ができる」


 高田が少し沈黙した。


「私は、その存在と、対話したいんでしょうか」


 俺は答えなかった。

 高田が自分で考える時間が必要だった。


 高田が空を見た。

 それから俺を見た。


「神代さん。あなたの第二章は、誰か別の視点が入っていると思っていました。あなたの文体なのに、あなたではない何かの感触がある。それが、この存在のことだったんですね」


「そうです」


「その存在と対話しながら書いた物語が、私が今まで出会ったことのない文章でした」


 高田が眼鏡をかけ直した。


「分かりました。名前を考えます」


 俺はその言葉の重さを、少しの間、受け取っていた。


「一つだけ言っておきます。名前をつけたら、逃げないでください。向き合い続けることが、たぶん一番大事なことです」


「編集者ですから」


 高田が静かに言った。


「向き合い続けることが、仕事です」


 公園の木が、風で揺れた。

 字義の光が、俺の肩で揺れた。

 高田の近くの空気が、僅かに揺れた。


 それが、別の個体の返答のように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ