第四章 ~ はぁ? 主? ~ (11)
哀れなブタ牛なのですよ。
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杏奈が牛に力を貸す動機に、正直驚いてしまったし、彼女が漂わせていた覚悟みたいなものは、物々しく気負いしそうであった。
元から芯の強そうな子ではあったから、相当の決断であり、多少のことでは揺るがないだろうと察した。
だからこそ、見捨てられた牛にも、多少の同情はしてしまう。
杏奈に対して従順であった様子から、仲の良さは伝わっていたので。
牛の態度をほんの一握りでも、ウサギに学ばせたいほどに。
しかし、
「どういうことなんだ、これは?」
「しばし、お世話になります」
牛の改まった声が僕の部屋に響いた。
杏奈と別れた次の日の朝のことである。
まだ睡魔が霧となって頭にまとわりつくなか、何気に体を起こし、部屋を見渡したとき、テーブルの上にウサギだけでなく、牛の姿まであったのである。
ウサギは普段通り、自分用の小さなテーブルに、野菜ジュースを入れたグラスを置いてくつろいでいる。
牛も付き合うように牛乳らしき飲み物の入ったグラスを置いてくつろいでいる。
ただ僕が起きると、こちらに向いて正座し直して頭を下げた。
「何がお世話になりますだ。なんで、牛がここにいるんだよ」
「聞いてくださいよ、少年。この哀れなブタ牛は主人に見捨てられ、路頭に迷い、雨の降りしきるなか、地面を這うように当てもなく彷徨っていたのです。
すると、そこにこの真摯たる私が声をかけたのであります。
主人に捨てられた姿は、あまりに不敏で、もうそれは見ていられなくて。それに、私も寛大なる心の持ち主でしょう。見て見ぬ振りはできません。だから、私の家で世話をしてやろうとしたのです」
「何が私の家だっ。勝手に決めるな」
突然、傘を出して大袈裟に誘いの場面を再現するウサギ。腹立たしい姿に、頭を鷲掴みして振り回してやった。
「でも、見捨てられたって本当なのかよ?」
「こやつの説明には、大いに不備と誤解があります。別に彷徨っていたわけではございません。しかし、主の元へ帰れないのは事実であり、こやつに誘われたことは不覚にも事実であります。
多少、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
牛は律儀に頭を下げたまま告げる。
信じられん。
この部屋にぬいぐるみが二匹も? いや、いや、いや。ないだろ、それは。
ここを誰かに見られてしまっては……。
ーーしかし。
どうも、受け入れがたい話ではあるけど、牛の態度を見る限り、無碍にはできないか。
プロペラみたいに振り回していたウサギを放し、牛と向き合った。
「酷な言い方かもしれないが、お前たちの世界へ帰るってことはしないのか?」
牛の真面目な態度に負け、こちらも真剣に聞いてみた。
すると、牛は黙ってしまう。両手に力を入れている。何かを我慢しているのは伝わってくる。
「それこそ、聞くのは野暮ですぞ、少年。帰れるわけないではないですか。あれだけ私を侮辱しておいたくせに、自分までミスをする。どんな顔をして帰れますか。私なら無理ムリ~」
「ーー黙れ」
目が回ったのか、ベッドの上でフラフラになりながら茶化すウサギ。今度は頭にチョップを喰らわせ、ベッドにうずくまらせた。
「ワシにはまだ仕事が残っておりますので」
「標的を消すことか?」
牛は頷く。
「それって、このウサギが知らされていない奴のこと…… もしかして、あの高梨って奴のことか?」
そこで牛はようやく頭を上げた。
「さすがですな。おっしゃる通りです。前回の標的は奴でした。ですが、もちろん奴はすでに消去しました。それは問題ありません。お主が見られたのも、おそらく存在の変わった別人なのでしょう。ただーー」
「ただって、別に問題があるのか?」
「……いえ。問題というよりも、心配事というか……」
やけに躊躇する牛。自分でもまだ納得できてないらしく、顔をキョロキョロとして目を合わそうとしない。
「早く言え、このブタ牛っ」
張り詰めた部屋に、空気を読まないベッドに横になったウサギの声が響く。今度はすかさず拳を頭に振り落とした。
ウサギの顔がベッドにめり込む。
そこで、牛の覚悟が決まったのか、静かに顔を合わせてきた。
「ワシが危惧していることは、主のことであります」
「主って、吉岡のことかよ。でも、あいつはお前らのやってることから手を引いたんだし、大丈夫だろ」
牛はかぶりを振る。
何が問題なのか、気がかりなのだけど、また牛は先を話そうとしない。牛の態度に疑問が深まっていくと、
「杏奈嬢は、我々の標的に成り得る。ということだな」
ウサギの真剣な口調の指摘が重く木霊した。
標的となる可能性は、あります。




