第四章 ~ はぁ? 主? ~ (10)
可能性は否定できない。
「もしかして、あの高梨って奴も、別人になってるってことなのか?」
ウサギに聞くと、牛と顔を見合わせた。
しばらく黙ったままでいると、二匹は揃って頷き、頭を上げた。
「それはおそらく、少年の言う通り。きっと“元”高梨順也でしょう。このブタ牛が消去した者が、新たな人物となって存在しているのでしょう。私はそんな例外は初めてですが」
「……待て。それって、じゃぁ、三上や風間もどこかで別人として生きているってことか?」
話を聞き終えたとき、ある可能性が掠め、声が上擦ってしまう。
「まぁ、例外がない、とは言えませんが、ほぼないと考えていいでしょう」
ウサギの反応を見て、ちょっと安堵した。
三上に対しては同情の余地もないけれど、“生きている”可能性があると知るだけでも、罪悪感は薄れてくれた。
「……冗談じゃないわよ」
気持ちが晴れていたのに、杏奈の抑揚の堪えた声が静かに響いた。
ただの空耳だと杏奈を見ると、目尻を吊り上げ、険しく牛を睨んでいた。
「どういうことなの、ベコ。私はそんなこと聞いてないわよ」
杏奈の口調はより険しくなり、牛を責めていく。牛も肩をすぼめ、またうつむいてしまう。
「いいじゃないか。変に人を消すことにならないんだからさ」
率直なことを言うと、杏奈の標的が僕に変わる。吊り上がった目はどう猛な鷹みたいで、背中に力が入り、肩が固まってしまう。
「なんで、そんなに否定的なんだよ」
頑なな拒み方に疑念が湧き、口から出ていた。すると、杏奈は溜め息をこぼし、イスに深く凭れた。
「私はね、殺したい奴がいるの」
鼓膜に響く言葉に反応し、瞬きをしてしまう。
「……嘘だろ?」
信じられずに固まったあと、呟いてしまった。
杏奈に険しい表情のまま睨まれてしまう。動じない顔に息が詰まる。
「そいつはクズなのよ。本当に殺したい。それに罪人の対象にだって、いつかなるはず。だからそいつが標的になるのを待っているのよ」
「マジでか」
「そうよ。だからベコに手を貸しているのよ」
不意に考えてしまう。普段の杏奈の印象はこんな女の子だったのだろうか、と。
おそらく想像したイメージから、今の姿はかけ離れていた。
「山下くんって、やっぱり優しいんだね」
普段見ない姿に言葉を失っていると、目尻を下げた。どこか懐かしく感じてしまうのは、これが普段の姿なんだと気づかされたから。
「でも、私は違う」
安心していた途端、杏奈はバンッとテーブルを叩いて立ち上がる。
「悪いけど、私は下ろさせてもらうわ」
突如、断言する杏奈。どちらかというと、牛を見て。
実際、牛は途方に暮れ て杏奈を見上げている。助けを請うような寂しげな様子で。
「主よ、それは冗談でーー」
「私は本気よ。あいつを殺せないなら、やっている意味がないから」
突然のことで慌てる牛。必死に杏奈の腕に抱きつき、制止しようとするけれど、杏奈はまるでハエでも払うように牛を振り払うと、自分のカバンを肩にかけた。
「悪いわね、ベコ。でも私も譲れないの。こういう言い方は変かもしれないけれど、頑張って」
一気にまくしたてる杏奈。まるでもう関わらないで、と厚い壁を張ったみたいに吐き捨て、背中を向ける。
待ってくれ、と思わず立って引き留めるけれど、杏奈は揺らぐことなく、遠離っていく。
牛が最後まで「待って」と叫んでいたけれど、届くことはなかった。
考え方は人それぞれですけど……。




