第二章 ~ これは救済なのです ~ (10)
はて?
“アート”?
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つい想像してしまった。
誰もが寝静まった夜、コンビニの前でスプレーを両手に持ち、揚々とあの0に似たアートを制作しているウサギの姿を。
そして、その悪行が見つかると、恥じるわけでも悔やむこともなく、高々と手を振る姿を。
しかも、全身に赤色を散りばめながら。
実際、そうであれば楽であった。それならば、ウサギを思いっ切り蹴り飛ばせば済むのだから。
それでも、なぜか胸に重いしこりが残っていた。
気持ち悪いしこりをなくすべく、家に帰ると、すぐにウサギを問いただした。
「はて? “アート”? いやはや、私にはそのような覚えはございませんよ」
当然ながら、ウサギは白を切る。
ベッドに腰かけ、テーブルの上でワザとらしく斜め上を眺めるウサギを睨み続けた。
「これだ。違うとは言わせないぞ」
そこでスマホをかざした。
あのアートを撮って残しておいたのである。
ウサギは顎を擦り、食い入るようにスマホを睨んだ。手には虫メガネを持ち、有名な名探偵を真似して。
だが、すぐに「ふん」と鼻を鳴らして顔を逸らす。
「こんな陳腐な作品を私の仕業などと、よく言いますな。私が本気を出したならば、もっと高貴な作品を描きますよ。こんな落書きと一緒にしてほしくないですな」
「なら、この“サイン”も知らないんだな?」
続けてあのサインの画像を見せた。すると、ウサギはまた食い入るようにスマホを睨んだ。
しばらく睨んだあと、
「ふんっ。くだらない。こんなのは私に対しての侮辱であるぞ。これは」
「じゃぁ、これもお前のせいではないってことだな」
憤慨するウサギを追い詰めるべく、見せた画像は、街路樹が切り落とされた幹の画像。
仰け反るウサギを降参させるべく、スマホを見せた。
それまで誇らしげに立っていたウサギは硬直し、耳をピクッと小さく左右に動かしている。
少なからず、動揺している。
どうも、領地での出来事だから関係はない、とは捉えられない何かの関わりがありそうである。
すると、ウサギは頭を支えるように手で押さえ、後退りをする。
「なんたる失態……。私ともあろう者がこのような……」
「これは認めるのか?」
「昨日は私もちょっと高揚しておりました。少年に前向きに協力してもらい、嬉しかったのです。そこでつい…… あぁ…… 現実に影響を与えてしまうなんて、一生の不覚。狩人失格であります。これでは……」
頭を押さえながら、打ちひしがれるウサギ。よほどショックだったのか、嘆きが悲鳴に変わっていく。
その姿はあまりに滑稽で、しばらく眺めていると、唐突にウサギの動きが止まる。
「どうした?」
しばらく黙ったままのウサギ。気がかりになって問うけれど、反応はない。
もう一度問うと、不意にウサギは土下座をした。
「……少年、短い間でしたが、お世話になりました。誇り高き私のこのような失態。黙って見すごすわけにはまいりません」
やけに粛々と改まり、頭を下げるウサギに違和感を抱いていると、急にウサギの前に、ロープで作られた輪っかがゆっくりと垂れ下がってきた。
「……かくなる上は、私の命と引き替えに……」
ウサギは頭を上げると、その輪っかを掴み、首を通した。そう、首吊り自殺を目論んでいた。
「わかっています。止めないでください。これは私の責任は命を払わなければいけないのですっ。ここはもう心を鬼にしてください」
ウサギは声を張り上げ、激しくかぶりを振る。目からはわざとらしいほどの大粒の涙を流し、僕を拒絶する。
……というフリをする。
誤解を招かねないために、説明しておく。
はっきり言って、ウサギの自殺を止める気なんて一切ない。騒ぐウサギを頬杖突きながら眺めている。
いや、むしろウサギが命を絶つことを望んでいるのかもしれない。自然と頬が緩んで、期待に胸が膨らんでいるのだから。
ウサギの覚悟を笑顔で見守っていると、ウサギの動きが止まる。
「少年、あなたはどれだけ薄情者なのですかっ。普通命を絶とうとする者を目の当たりにしたならば、必死に止めたり、説得するのが筋でありましょう。それをあなた、嬉しそうにニタニタと。どれだけサイコパスなのですっ、え? あなたの心に、温もりはないのですか? あぁ、冷たい冷たいっ。氷ですか、氷ですかっ。あ、それとも、雪のように溶けてなくなるのですか。あぁ怖いっ」
「うるさいっ」
それまでの静けさが嘘みたいに、騒ぎ出すウサギ。調子に乗って人を罵倒するウサギの頭にチョップを食らわせた。
「死にたければ勝手に死ね。僕としては、その方が好都合だ」
「ーーぬぁっ。見損ないましたぞ、少年。私と少年の仲でそんなことを言うなんて」
「何が仲だ。そんなものは知るかっ。大体、そんなので死ねるか、バカがっ」
ロープを手にするウサギを指差して怒鳴った。どこかからか垂れ下がっているロープは、高さが低いのである。ウサギの腰辺りに輪っかがあるので、首を通しても、余裕で足がテーブルに着いているのである。
こんな形で自殺なんてできない。どう考えても“フリ”でしかないのだ。
「なんだったら、そのテーブルをどかしてやるよ。ほら、死ねっ」
怒鳴ってテーブルに手をやると、慌てたウサギは腕を掴み、押し返そうと抵抗する。
「普通、悩んでいる者がいれば、助けるでしょうがっ」
「そんなこと知るかっ。勝手にしろっ」
なんたる失態……。
お恥ずかしい……。




