第27話 死神と異世界
今、私が置かれている状況を整理しよう。
まず、周囲には光もなく、音、匂いさえ、感じられない。
……鎌も取り上げられてしまっているわね。
そして、一番の問題は、刈るべき魂の事を思い出せない事。
(ほう。この者は異世界の神だったか)
私は、何者かの魂を刈るために、異世界に来ている。獲物が異世界に飛ばされて、私まで巻き込まれたのよね。
……まったく! 面倒な事になっちゃったわ。
その人間が周囲に居ないという事は、これは現実ですら無くて、夢か幻を見せられているのよね、きっと。
(さすがに察しが良いな。だからと言って、どうする事もできんが)
覚えているのは〝竜〟。
あれは、魔物や怪物といった類のものではないわ。
この世界の神様は〝自分以外に神は居ない〟とか言ってたけれど、たぶん、偶発的に生まれた、神に近い存在なのね。そう、あいつみたいに。
私はクスリと笑って、独り言を続ける。
……〝あいつ〟って誰? 私にはハデス様以外に、仕えるべき相手なんて居ない。なのに、何故それに似た……いえ、もっと暖かくて大きな感情が湧き上がってくるの?
(驚いた。この者たちも……? いや、私は見極めねばならぬ。種族を超えた者同士であろうと、その愛が本物かどうかを)
まあいいわ。思い出せなくても、獲物と私は〝鎖〟で繋がれている。鎌の刃先が届く場所に、必ず居るでしょう。
(ほほう? 鎖……か。確かにこのふたりは、見えない何かによって、繋ぎ合わせられているようだな……)
そう。とにかく、私は獲物と共に元の世界に戻って魂を刈りとり、ハデス様にお届けする。それ以外の事は、不要。
(なるほど、そういう事だったのか。合点がいった。お前達の末路、見届けさせてもらうぞ! ……この竜)の記憶も消して。これで良し。さあ、行くがいい。)
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気が付くと、見たこともない男が、私を心配そうに見ている。
……見ている?! まさか、私が見える?!
『大丈夫か? 死神』
……?!
姿が見えるだけでなく、私を知っているの? だめ。全く思い出せない。
えっと、威厳のある口調っと……
お前は一体何者だ? 私を知っているのか?
『あ……うん』
なんでそんなに、悲しそうな、安心したような、不思議な表情をするの?
それに、私も少しおかしい。なぜこんなに暖かい気持ちになっているんだろう。
『……やっぱり、忘れているんだね。僕はノブトシ。君に魂を刈りとられる人間だよ』
この人、獲物? なんで獲物が、そんな表情で恐れもせずに私を見るの? 怖くないの?
おっと、口調、口調。
私はどうなったのだ? 〝やっぱり〟忘れているとは、どういう意味だ?
『あ、えっと……お前、急に倒れちゃうもんだからさ、ビックリしたよ!』
なんだろう。答えになってないし! なんか誤魔化そうとしてるわよね?
っていうか、私、神様よ? 〝お前〟って偉そうね。
……でも、不思議と嫌じゃないのは、なんで?
『あ、バドさんすみません。呪いのやつ、気がついたみたいです』
「それは良かった。なにせ、ノブトシさんの〝良妻〟のごとき〝呪い〟ですからな!」
バド・クルーウェル。この人間は知ってる。でも〝獲物〟との関わりとか、とにかくこの〝獲物〟に関する記憶が、ぜんぶ消えちゃってる。何が起きたの?
……っていうか〝良妻の如き呪い〟って何よ!
『大丈夫? とにかく日が暮れそうだから、急いで詰所に戻ろう』
私は、傍らに転がっている鎌を手に取った。
詰所……? そう、この異世界の村を守る兵士たちの詰所。それは記憶にあるわ。でも、どういう経緯で、獲物と私が、その兵士たちと関わることになったのかは、思い出せない。
……まあいいわ。獲物は無事みたいだし、任務を果たせれば問題なしよね。元の世界に戻るまでは、このノブトシという男を護り、戻れ次第、さっさと殺してハデス様にお届けする。
『……死神? どこか痛い?』
何を言っておるのだ? 私は別になんともない。
『いや、だってお前、泣いて……』
涙。
え、うそ? なんで私、泣いてるの? 涙が止まらない。
悲しい? わからない。私、どうしちゃったの?!
……お前が心配する事は何もない。さっさと行くぞ愚図め。
『そっか。それなら良いんだ……ごめんな』
え? 何? なんで謝るの? っていうか、なんでこの人まで泣いてるの?
……何故お前が謝る? お前に謝罪される筋合いはないぞ、この愚か者め。
『あはは。そうだよな、ごめん』
悲しそうな、嬉しそうな表情。わからない。なんだろう。この不思議な気持ち……?
謝るなと言ったのだ。比類なき記憶力の無さだな、お前は。
「? どうかされましたか、ノブトシさん」
『あ、いえバドさん。何でもないです。ちょっと〝呪い〟が怒ってまして』
「ははは。ノブトシさんの〝呪い〟は感情豊かですなあ」
呪い呪いって何よ、失礼ね。まあ、私の事を説明するための方便ってヤツよね。このノブトシっていう人間、なかなか頭が回るみたいじゃない?
あ、そうだ。慧眼鏡!
詳細を見れば、何か思い出すかもしれない。えっと、確かここら辺に入れたはず……
え? 何よ、水20000リットルって?! なんで無限袋に、こんなに水を入れちゃってるの? あと……靴の空箱? よく分からないけど、このノブトシ絡みなのは間違いないわ。私の神器を物置代わりに使ってくれちゃって、まったく……
あれ? あれあれ? ……無い! 私の慧眼鏡が無い?!
……おい、ノブトシ。慧眼鏡という物を知っているか?
『え? ケイガ……? 何なの、それ』
……知るわけないわよね。あーあ。また失くしちゃった。
もおー! あれ、発売したばっかで、超高かったのに! はぁ。元の世界に戻ったら、新しいの買わなきゃ。




