第28話 死神と神様
この男は私の獲物。元の世界に連れて帰り、魂を刈り取るのが私の使命。
……で、この獲物はいったい何を考えているの?
村の外周を、ぐるりと取り囲んでいる見えない壁は、所々傷んでいる。この男はそれを修復して回っている。っていうか、これでもう3週目よ?
『悪いな、付き合ってもらって』
ええ、ほんとに。
……この男、何の得があって、こんな事をこっそりとやってるの?
『おっと、こんな所も壊れてる。見落としてたな』
男……ノブトシが手をかざすと、破損した魔法文字は、みるみる補修されていく。これは〝修復〟の祝福よね。
ノブトシに関する記憶が無くなって2日目。気になる事がいくつかある。
まず、この男は祝福を複数持っているみたい。コイツの事は全然覚えていないけど、きっと特殊な魂を持っているのね。でなければ、ハデス様が死神を遣わす事なんて無いもの。
『さあ、次行こう!』
そして、もう一つ。このノブトシの、心と魂が見えない。
〝寿命の炎〟や〝心の声〟、そして持っている祝福。獲物なら、見えて当然なのに。
……これは大問題よ。刈るべき人間の魂が見えないなんて、前代未聞。断片的に聞こえてくるはずの、心の声も、全く聞こえてこない。
『ん? どうしたんだ? 死神』
そして、あえて付け加えるなら、このノブトシ、非常になれなれしい。獲物が私を〝死神〟って呼び捨てにするなんて、怖いもの知らずにも程があるわ。
『ここも、まだだったか。危ない危ない。死神、材料出して?』
……なんで私が荷物持ちしなきゃならないのよ? なれなれしいを通り越して、厚かましいわね。
これでいいか? ノブトシ。
……この材料はかなりの金額だったぞ? なぜお前はそこまでして、何の得にもならん、壁の修理などをやっているのだ? まったく。
『みんな困っているんだ。この防壁さえ直れば、安心して暮らせるようになるだろう?』
……? 何を言っているのよ。質問の答えになってないじゃない。
でも、コイツがそう言うと、私の心の奥の方で〝何か〟が息づくのがわかる。この不思議な感覚は何?
ふん。愚か者の考える事は理解できんな。ほら、そこ。少しだけ文字が欠けているぞ。
『あ、本当だ。ありがとう死神。助かったよ!』
……助かった、か。私は今、誰を助けたのだろう。この獲物を助けたつもりはないし、この村の人間を助けてやる義理もない。私は早くノブトシを連れて元の世界に戻り、魂を刈り取って、ハデス様にお届けする事だけを考えればいい。
『ふう。これで、完璧じゃね?』
村の外周を回り終え、そろそろ日も傾き始めた。そういえば、この世界は平坦な大地だけだと、この世界の神は言っていた。この世界の太陽の動きや昼夜の概念は、元の世界に酷似している。意図的に創ったのか、それともただの偶然か。記憶が欠けてから、神はまだ一度も姿を現していないけど、次に会ったら聞いてみるのも面白いかもね。
「それはね、この世界の、すぐとなりにある世界を見本にして……要するに〝身近な成功例〟を真似して創ったからなんだよね」
周囲が灰色に変わり、光り輝く存在が現れた。神だ。
「僕は横着で面倒臭がりだから。ほら、丸い大地を作るのって面倒じゃない?」
……知らないわよ。〝創造主あるある〟なんて。
ひと言で〝神〟と言っても、もちろん〝格〟というのがある。この神はこう見えて〝世界の創造〟を任される程の、最上級の神よ。
「こう見えてって。ひどいなあ」
ほらね。私の心の中まで全部お見通し。私はこの〝神様〟に、逆らう事など出来ない。
「かと言って、もちろん僕が無理やり、お前に何かをさせるという事も出来ない。僕の創った神じゃないからね。あと、この世界で偶発的に誕生した神なんかも、僕の言う事は聞かないだろう」
そう言って、ノブトシを見る神様。それに合わせて、ノブトシも、真剣な、それでいて、どこかホッとしたような顔で頷き返す。
……? 何よ、今の。
「お前がノブトシに関する記憶を失っているのは分かってる。でも、僕にはそれをどうする事も出来ないんだよね。えっと、まあ……その内思い出すだろうから、気楽に。ね?」
うーん。やっぱり何か変ね。神様は私の記憶の件をどこまで知っているの? ……とか、考えたって仕方ないか。〝創造主様〟がそう仰るなら、私にはどうしようもない。
『神様、僕はこのまま、この世界を救うために頑張ります。それ以上は……』
「ああ、うん。そうだね。ノブトシ、キミには色々と苦労を掛けるけど、よろしくね」
何か会話に違和感がある気がするけど、まあいいか。この世界を救えば、晴れて私達は元の世界に戻れる。
「死神。ノブトシを守ってあげて。そうすれば……うん。きっと上手くいくよ。何もかも」
ふん、言われるまでもない。必ずこの男を守り切り、元の世界に戻って、殺す。
「そうか。そうだったね。それじゃ、いつものアレ、行っとこうか。キミが、この村の人々のために、防壁を修復してくれたことに対して……」
え? いつもの?
『あ、神様。今回のは僕が勝手に……』
「いやいや、キミの働きは、祝福を受け取るには十分過ぎるものだよ。遠慮しないで」
祝福を受け取る? 一体何を……?
「お前に祝福を与えよう! これは大いなる選択。後戻りは出来ぬ!」
祝福の授与式?! そんな! ノブトシは私が見ただけでも、すでに2つは祝福を使っていたわよ? 止めなきゃ!
待て、この世界の神よ! そんな事をすれば、ノブトシが!!
「え……あれ? もしかして、それも忘れちゃってるのかい?」
神の問いに、頷くノブトシ。何なの? 私が何を忘れているって……?
「死神。ノブトシはね、祝福を1000以上持つことが出来るんだよ。ちなみに、今の時点で、君が与えた物も含めて、6つの祝福を受け取っている」
『その内の2つ〝共感〟と〝暴君〟は、僕の中で〝賢帝〟っていう、1つの祝福になったけどね』
そんな……! 聞いた事がないわ! 祝福の許容量が常人の1000倍?! 受け取った2つの祝福が1つになる?!
あまりに規格外だわ! この獲物は、ハデス様が直々にお出ましになる程の魂の持ち主?!
「ああ、いけないいけない。まだ途中だった。ちょっと待ってね、すぐ終わるから」
『ちゃっちゃと選ぶから。僕の祝福の事は、その後でちゃんと説明するよ』
ちょっと待ってよ! 神聖で稀有な授与式を〝すぐ終わる〟とか〝ちゃっちゃと〟とか、雑用を片付けるみたいに?
……それにしても、こんな超・希少な魂を、私のような若くて経験の浅い死神に任せるなんて……ハデス様は一体……?




