第26話 僕と掟
眼の前に、死神が立っている。フードを目深に被り、鎌を振り上げ、僕達の首を狙っている。
(む? ……どういう事だ?)
背後には、死神が立っている。すごく怯えているようだ。大丈夫だよ、絶対に守るから。
僕は目の前の死神を睨みつけた。お前など怖くはないぞ! 僕は絶対に死神を守るんだ。
(この者〝最大の敵〟と〝守るべき者〟が同じ?)
あ……あれ? 僕は何から死神を守るんだ? 死神って誰だ? 死神は僕の魂を刈りとるんだよな。それじゃ、僕が守るべき者は?
……もちろん死神に決まっている。死神から死神を……? ……? ……?!
(この者を試し、偽りの愛を暴き、絶望の中で死を迎えさせねばならぬが……)
頭が痛い! あれ? 何で? 何で死神が僕と死神を??
(ふむ。これは良くないな)
やめろ! 死神、やめてくれ! 僕はどうなってもいい! 死神だけは見逃してやってくれ!!
(辻褄が合わない。だが、それでも愛する者を守ろうというのか……?)
音もなく迫る死神。次の瞬間、死神の持つ鎌が、死神に振り下ろされる。危ない! 僕は咄嗟に、死神の鎌と死神の間に自分の体をねじ込み、盾となった。
(この者……?! 何という精神力だ! 常人なら矛盾によって、心を引き裂かれているはずだ。それを物ともせず、真の答えに容易く辿り着くとは)
意識が遠ざかる。死神の鎌は僕を引き裂くだろう。残された死神の事が心配だが、あの娘の事だ。大丈夫。
(そして残された者の心配を。見上げたものだ)
竜よ。僕の事はどうしてくれても構わない。あの娘だけは、生かしてやって欲しい。
あ、そうか。まあ、それも……
「とうとう、私の事も認識したか。そうだ。それをどうするかは、私ではなく、あの娘が決めることだ。お前は、今まで出会った中で〝一番の強者〟から〝最愛の者〟を守るという、私の試練を受けた。面白い事に、その両方が、同じ者だったがな」
面白くはないよ。どれだけビックリしたと思ってるんだ。
「……しかしお前は、見事に最愛の者を守った。今まで試練を受けた殆どの人間は、自分の身を犠牲にしてまで、想い人を救おうとはしなかったぞ」
竜は続ける。
「しかも、お前の場合は〝最大の敵〟と〝守るべき者〟が同じだ。その状況で、心を……魂を傷つけられずに、よく自分の意志で行動したな。見事であったぞ」
僕の魂は、ちょっと凄いみたいなんでね。
……でも、ここまでで終わりじゃないんだろ? むしろここからが本番だ。
「そうだ。お前のとった行動によって、娘の記憶の中のお前は消え去った。ここからの試練は、現実の世界で行われる。お前は何も出来ない」
やっぱりね。〝最大の敵〟によって殺された僕は、死神の中の〝僕〟の記憶だ。消される事を意味しているのは、なんとなく分かった。
ちなみにあの時、死神が殺されていたら、本当に死神が死ぬ事になっていたんだ。いや、その後すぐに、僕も抵抗できずに、殺されるというシナリオだったはず。
「この後、現実に戻されたお前達は、何事も無かったように生活を続ける事になる。3つの掟に縛られたまま」
……その掟、守らないと、僕と死神が命を落とす事になるんだな?
「察しが良いな。説明が少なく済む」
鼻で笑うような音が聞こえる。ふざけるなよ……
「1つ目は、名前を知られてはならない。お前の名前を〝思い出す〟以外の方法で娘が知れば、即刻、死ぬ」
いきなり無理ゲーじゃないか! バドさんや神様だって、僕のことを〝ノブトシ〟って呼ぶのに!
「違う。お前の名前は〝ヘケメケ・ノブトシ〟だろう?」
ほらね、ヘケメケになっちゃう。
……という事は、フルネームを知られなければ大丈夫なんだな。
幸い、こっちの世界の人達は〝竹脇〟が読みづらいので、誰もフルネームでは呼ばない……あとは、アレをどうにかしないと。
「2つ目は、娘が他の誰かに思いを寄せてはならない。お前の記憶が戻らぬまま、娘の心が他の男に向けば、死ぬ」
ああ。それは大丈夫だろ……大丈夫だよね?
「知らぬ……。そして、3つ目。私の事を、誰かに伝えてはならない。些細な事を漏らしただけで、死ぬ」
誰にも助けを求めることが出来ないというわけか。
「もちろん、口伝えだけではなく、文字に記したり、身振り手振りなども禁止だ。死にたいなら試してみるといい」
死にたくないから試しません。
で、試練というからには、達成出来るんだよな?
「ふむ。もう解っているのだろう?」
……どう考えても達成条件は、〝死神が僕の名前を自力で思い出す〟だよな。




