第30話 溺愛の呪いは止まらない
エリーゼが目を覚ますと、そこは真っ暗……というよりも真っ黒な室内。
早朝でカーテンが閉められているせいもあるが、黒一色で統一された部屋の中にいるせいで余計に視界が暗い。
(あぁ、やっぱり落ち着くわ……この部屋も、この温もりも)
ここはデヴィール国の城のアゼルの自室。同じベッドの上の隣で眠るアゼルはエリーゼを抱き枕のようにして眠っている。
エリーゼはアゼルに背中を向けているが、密着した素肌から伝わる体温も呼吸も鼓動も全てが繋がって一体となっている気がする。
昨晩はアゼルの溺愛モードが炸裂して、少しも離してくれずに食べ尽くされる勢いだった。
(アゼル……どんだけ飢えてたのよ)
アゼルは別の意味で飢え死に寸前だった。そんなアゼルが浮気なんてありえない。勘違いの嫉妬で暴走していた自分こそが恥ずかしいと思う。
起床すると二人とも裸で体は全く休まらない。そんな朝も懐かしくて幸福感に浸ってしまう。
昨日は浄化の能力によってアゼル側もカイン側も戦意喪失、その場で和平条約が結ばれた。
エリーゼはデヴィール国に、セレンはウィリアム国に帰国する事で合意した。つまり人質の交換が成立した。
レミアルは本人の希望により、デヴィール国の王城で引き続きメイドとして住み込みで働く事になった。
ふいにエリーゼの耳元に吐息がかかったと思ったら、アゼルが甘噛みしてきた。
「あんっ?」
「……イイ声だ。もっと聞かせろ」
「ちょっ、あんた、起きて……たの!?」
「エリーゼの耳は柔らかくて美味いな。もっと食わせろ」
(こいつ、寝惚けてパンの耳と勘違いしてんの!? てか、まだ飢えてるの!?)
アゼルは思う存分に反応を楽しむとエリーゼの体を反転させて、強引に向かい合う体勢にしてしまう。
エリーゼの照れ顔が曝されて羞恥心を煽られる。アゼルはここまでドSな魔王だっただろうか。
「愛してるぞ、エリーゼ。今日からまた共に世界征服の道を歩もうな」
「わ、私は……」
「約束だ。オレに従え」
有無を言わせずにアゼルは自らの唇でエリーゼの口を塞いでしまう。昨晩から何度も与えられるキスなのに、その度に神経が麻痺する。
前世の時から全くブレないアゼルの野望にエリーゼの胸は痛む。
(私、世界征服に協力するって言っちゃったのよね……でも……)
ここまで苦しいほどに胸が痛むのは、エリーゼの正気は半分残っているから。半分だけ呪い返しした分、呪いの効果はアゼルと半々で共有している。
前世のエリーゼは溺愛の呪いによって完全に正気を失っていた。だからこそ前世ではアゼルの悪事に手を貸しても罪悪感など生まれなかった。
今思えば、世界平和も葛藤も背負わない前世の方が幸せだったのかもしれない。
(でも、今世は私のやり方で幸せを掴む。従うのはあんたの方よ、アゼル!!)
口付けの最中にエリーゼは両手の手の平をアゼルの胸板に重ねて当てる。驚いたアゼルが唇を解放して自分の胸元を見て確認する。
「貴様……何をした?」
「ふふ。今、アゼルに溺愛の呪いをかけたわ」
「溺愛の呪い……だと!?」
「そう。これで、あんたは私の愛の奴隷。私に服従するしかないのよ」
これは嘘で、エリーゼは呪いなんて使えない。それどころか、嫉妬が消えてからは再び聖女の能力が使えなくなってしまった。
それでもエリーゼは、これだけでアゼルが自分に服従すると確信している。
(甘いわね、アゼル。あなたは私に勝てない。なぜなら、あなたはバカだから)
心で勝ち誇って胸を張るエリーゼだが、全裸だという事を忘れている。
案の定、信じきっているアゼルは慌てて上半身を起こすと、自分の逞しい胸に手を当てて動揺している。
「おぉぉ……胸が熱い、体が熱いぞ……これが呪いの効果なのか……!?」
(そうよアゼル、それでいいのよ。それでこそバカよ)
ほくそ笑むエリーゼの思惑通り、アゼルは呪いにかかったという自己暗示で勝手に溺愛モードを増幅させている。
しかもアゼルは未だにエリーゼが最強の聖女だと思い込んでいるので、その能力を少しも疑わない。
「そう。私の溺愛の呪いは決して解けないのよ。さぁアゼル、私に服従するのよ」
アゼルを服従させてしまえば世界征服を阻止する事なんて簡単だ。前世ではアゼルに服従していた立場から、今世では立場逆転を狙う。
これで全てが思い通りに行くはず……だった。
「エリーゼ、愛してる、愛してるぞぉぉ!! 我慢できん、抱いてやるぞぉぉ!!」
「え、え、きゃああっ!?」
アゼルは再びエリーゼの元へとダイブすると、あっという間にシーツの上で組み伏せてしまった。
ギラギラと鈍く光るアゼルの悪魔の瞳を見上げてエリーゼは後悔する。
(バカは私だった! 溺愛の呪いじゃなくて服従の呪いにすべきだった!!)
時すでに遅し。ただでさえハードモードなアゼルの溺愛を増幅させてしまって、結果的には自滅した。
しかもエリーゼ自身の溺愛の呪いの効果も相まって、心も身体も素直に悦んでしまっているのが悲しい。
(あぁ、ダメよ……でも嬉しい、愛しい、幸せ……)
ひとときの幸せと引き換えに、今日は確実に腰が立たなくなる事を覚悟した。
1時間後、二人はようやく着替えて部屋の外に出る。しかしエリーゼの足取りは不安定で真っ直ぐに歩けない。
「クク……腰が立たないエリーゼも可愛いな。また夜に抱いてやるぞ、嬉しいだろう」
「う、嬉しくなんか、ないんだから……」
「本当は?」
(ぐぅぅ……誰が『嬉しい』なんて言ってやるもんですか……!)
廊下を少し進んだところで、前方の壁側に見えるドアが開いてアーサーとレミアルが一緒に出てきた。
それに気付いたエリーゼとアゼルは同時に足を止めて息を潜める。
アーサーは普段通りの黒い軍服で、レミアルも普段通りのメイド服。廊下を歩く二人の後ろ姿は肩が触れそうなほどに距離が近い。
「え? あそこの部屋って……」
「アーサーの部屋だな。そうか、あいつらもか」
前世からの恋人であったアーサーとレミアルは、今世でようやく結ばれたのであった。




