第29話 真実の愛が生み出す奇跡
エリーゼがアゼルの数歩前にまで近くと、あっという間に胸の中に収められてしまう。
まるで磁力のように……いや単純にアゼルが両手を伸ばしてエリーゼを引き寄せたのだった。
「あぁ、愛しのエリーゼよ、待ってたぞ。貴様もオレを待っていたのだろう?」
「……別に、あんたなんか待って……」
「本当は?」
アゼルの腕が腰に回されて、その強さと温もりだけでもエリーゼの全身は快感の熱で満たされてしまう。
上を向くと、アゼルの悪魔のような赤い瞳と目が合う。それは呪い以上の魔力が宿った魅惑の瞳で、エリーゼの心を曝け出させてしまう。
「ずっと待ってたわ。全部許すから、もう離さないで」
前世の過ちも、溺愛の呪いも、世界征服すらも。エリーゼはアゼルの全てを許して受け入れる。それこそが今世の覚悟であり愛の証。
今だからこそエリーゼは思う。呪いの効果で正気を失っていたとはいえ、アゼルと愛し合った前世は幸せな人生だったと。
(呪いでも何でも構わない。私は今世もアゼルと共に生きたい)
エリーゼは少し背伸びをするとアゼルの首の後ろに両腕を回して引き寄せる。まだ、ぎりぎり言葉が発せるくらいの唇の距離で囁く。
「アゼル、愛してる」
初めてエリーゼから素直な愛の言葉を贈られたアゼルは、もう止まらない。
互いの溺愛は最高潮に高められて、エリーゼの息継ぎも許さないほどに強く深く唇を合わせる。
そんなエリーゼとアゼルの横を走り抜けていくセレンはカインの胸へと飛び込む。
「カイン様っ……!!」
「セレン……! よく頑張ったね」
カインはセレンの背中に手を添えて優しく抱き返す。その時カインは、いつも強気なセレンの背中が震えている事に気付いた。
セレンはカインの胸に顔を沈めて泣いている。すすり泣くというレベルではない。息を荒げて声を出して号泣している。
「私、本当に、怖かった……!! 私のせいで、カイン様を、殺しちゃうんじゃ、ないかって……!」
息継ぎもままならない状態で言葉を繋げるセレンだが、カインが心を打たれたのはセレンの恐怖の『理由』だった。
それはセレンの保身ではなく、カインを失う事に対しての恐怖。そしてアゼルの脅迫に屈しない強さ。そこには確かにセレンの愛があった。
セレンの行動理念は『嫉妬』という歪んだ愛の形ではない。誰よりも真っ直ぐな『純愛』だった。
「セレン、ありがとう。僕を大事に思ってくれて」
「大事よ、婚約者だもの……! 私、カイン様を愛してるから……!!」
「…………!!」
一瞬にしてカインの頬が赤く染まる。セレンの涙の上目遣いで放たれた愛の言葉は、ピュアなカインの心を撃ち落とすには充分すぎる。
カインは前世の夢を見る事はあっても、それが前世の記憶だとは気付いていない。だからこそ新しい愛を受け入れられる。
前世の因縁を断ち切ればアゼルへの憎しみも消える。セレンの聖女としての能力よりも、人としての強さにカインは惹かれていく。
「ありがとう、セレン。愛してるよ」
銀色の髪を風に揺らして微笑みを浮かべるカインは正真正銘の王子様。
セレンに愛を伝えるのは初めてではない。キスだって初めてではないが、こんなに愛しいと思うのは初めてだった。
涙に濡れたセレンの碧い瞳の目尻に唇で触れて拭うと、次は迷う事なく唇に重ね合わせる。
同時に愛の口付けを交わすエリーゼとアゼル、セレンとカイン。その時、今まで交わる事のなかった姉妹の心が同じ願いとなって重なる。
(もう、こんな戦いは終わらせましょう)
エリーゼとセレンの心の声が重なると、二人の体が黄金の光に包まれる。
最強の聖女の名に相応しい聖力は、ドーム状に大きさを増して周囲で見守る両軍の兵士たちを包み込み、レミアルとアーサーのいる場所にまで広がる。
レミアルの上半身を抱き起こしているアーサーは突然、温かい光に包まれた事に驚いて上空を見上げる。
「なんだ……この光は? エリーゼ様の力か?」
アーサーはその時、負傷しているはずの自分の体の痛みが消えている事に気付いた。これは紛れもなく聖女の『治癒』の能力だった。
視線を下ろして腕に抱いているレミアルを見ると、胸の傷は塞がって出血も止まっている。それどころか血痕さえ綺麗に消え去っている。
「アーサー殿? 私は……これは……?」
レミアルはブラウンの瞳をいっぱいに開いてアーサーの顔を、そして黄金色に染まった空を見上げる。
エリーゼとセレンの心が重なる事によって発動した聖女の能力、それは『浄化』と『治癒』が融合した奇跡の力。
癒されたのは体だけではない。心までもが穏やかになって、戦場の兵士たちの心さえも真っ白に洗い流す。
「我々は、なんで戦っていたのだろう……?」
兵士たちは口を揃えて呟くと自らの意思で武器を下ろした。エリーゼとセレンの願いが光となって戦場に立つ者の身も心にも降り注ぐ。
やがて光が空気に浸透するように消えていくと、周囲に争いの音はなく静まり返っている。それは戦の終わりを告げる静寂だった。
気付くと上半身を起こしたレミアルの肩をアーサーが抱いていて、二人は寄り添いながら空を見上げていた。
「レミアル、ありがとう。私は前世からお前に守られてばかりだ」
「……当然だ。私はあなたに愛と忠誠を誓ったのだから」
アーサーは立ち上がるとレミアルに片手を伸ばして差し出す。その目は軍人ではなく、愛しい人に手を差し伸べる一人の男性だった。
「立てるか?」
レミアルが頬を赤らめながら手を取って立ち上がると、次の瞬間に突進するように抱きついてきたのはロイアルだった。
「レミ姉~!! よかったぁ!!」
「う、わっ?」
ロイアルの勢いに押されたレミアルはバランスを崩して後ろに倒れそうになる。相変わらず空気を読まない男だ。
何よりも驚いたのは、ロイアルはなぜか泣いていた。これにはアーサーも引いてしまう。
「オレ、寂しかったんだよ! レミ姉がいなくなって、あんな奴に取られたと思って!」
「……ロイアル。お前は子供だな。私は国を裏切っても、お前を裏切ったりはしない」
レミアルはロイアルの頭を優しく撫でながらあやす。これでも20歳と19歳の姉弟である。
実はロイアルはレミアルを溺愛していた。『隠れ戦バカ』で『隠れシスコン』のロイアルは癖が強すぎる。
その癖の強さもあるが、ロイアルは姉を立てるために一歩引いて、ずっと副将軍の位置に甘んじていた。
エリーゼとアゼル、セレンとカイン、レミアルとアーサー、レミアルとロイアル。
全ての愛が繋がった時に生まれた奇跡の力が、混沌とした戦いを終結させた。




