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第27話 愛と嫉妬と因縁の大決戦

 エリーゼの能力によって強化されたカインを見たアゼルは慄く訳ではないが、複雑な感情で心が痛み始める。


(エリーゼ、なぜ寝返った? 呪いが解けたのか? なぜオレを愛さずにカインに力を貸す?)


 前世の時からエリーゼは自分を溺愛して側にいるのが当然の事になっていた。エリーゼには溺愛の呪いをかけたのだから当然だ。

 それなのに、その『当然』を覆された時の屈辱と苦痛は何よりも堪え難い。


(いいだろう、エリーゼ。カインに勝って分からせてやる。貴様はオレにこそ相応しい聖女だとな)


 その考えは今のエリーゼと全く同じ。相思相愛なのに敵対するという拗れた状況になっている。

 結局はアゼルにかけられた溺愛の呪いが封印されても変わらない。アゼルは今もエリーゼを無意識に溺愛している。

 だが今はそんな事を考えている場合ではない。普通に戦ってもエリーゼの力で強化されたカインには勝てない。


「セレンよ、来い!! オレを強化しろ!!」


 アゼルは振り返ると背後のセレンを呼び寄せるが、セレンは俯いたままで動こうとしない。


「どうした、セレン!?」

「……できないわ」


 純白のドレスのスカートを握りしめるセレンの両手は震えている。ようやく意を決して顔を上げるが、その瞳には涙が溢れている。


「私はカイン様を殺す戦いに手を貸すなんて、できない!」


 これがセレンの覚悟だった。エリーゼとは違い、呪いにかかっていないセレンの強さ。それこそが『拒絶』だった。

 動かないアゼルとセレンの後方から自軍の騎兵たちが次々と敵軍に向かっていく。アーサーが突撃命令を出したのだ。

 カインの後方に控えていた馬上のロイアルは、片手で鞘から白銀の長剣を引き抜く。もう片手では手綱を握りしめて馬を前進させる。


「さぁて。だるいけど、そろそろ仕事しないとね。突撃!!」


 穏やかだったロイアルの瞳は、人格が変わったかのように鋭く冷酷な色に変わる。突撃命令と同時にウィリアム国軍の騎兵も動き出す。

 白馬に乗ったロイアルが突き進む先はアゼルでもエリーゼでもなく、黒馬に乗るアーサー。敵将どうしの一騎打ちに持ち込む。


 一方、カインはアゼルに向かって突き進むと長剣を振りかざす。エリーゼの聖力を纏った剣は轟音と爆風を巻き起こし、周囲に砂埃を撒き散らす。

 アゼルは黒い長剣を構えて受け身の体勢を取るが、どう見ても防ぎきれない。カインの後ろには不敵に笑うエリーゼがいるのが恐ろしい。


(エリーゼのあの目、マジか)


 魔王をも震撼させる聖力と威圧。それがエリーゼの嫉妬という名の溺愛だとは思いもしない。


「セレン、オレを強化しろ! でないとオレも貴様も死ぬぞ!!」

「え、い、いやぁぁ!!」


 アゼルに協力したくない、でも死にたくないセレンは、衝動的に両手に聖力を込めて前に突き出す。

 セレンの手の平から放たれた聖力は、ドーム状に広がりながらアゼルの周囲を包み込む。これは聖女の能力『結界』。セレンは咄嗟に攻撃ではなく防御に転じた。

 カインの剣先は黄金の結界に触れた途端に弾き返されてアゼルに届く事はなかった。


「くっ、セレンの結界か……!」


 大聖女であるセレンの結界は簡単には突破できない。再び剣を構えるカインを押し退けて、エリーゼが堂々と前に出てきた。


「どきなさい」

「エリーゼ様、前に出たら危険だよ!」

「結界とは小賢しい真似を。セレンもアゼルも本当に愚かでバカな奴らよ。私の力を思い知るがいい!!」


 信じられない口調だが、これはエリーゼのセリフだ。これではどっちが魔王なのか分からない。


「結界なんて、ぶっ壊してやるわ!!」


 エリーゼは片手を前に突き出すと結界に手の平を当てる。セレンとエリーゼの聖力が反発しあい、衝撃波となって周囲の空気を激しく振動させる。

 やがてエリーゼの聖力に押された結界はひび割れてガラスのように弾け飛ぶ。驚愕したセレンは数歩下がってアゼルの背後に隠れる。


「うそ……これがお姉様の力……!」


 もはや無双状態のエリーゼは、剣を持つアゼルの正面に立っても臆する事はない。最初にアゼルの後ろにいるセレンに言葉を投げる。


「甘いわねセレン。あなたの覚悟は、その程度ってことよ」

「え、覚悟……?」

「私はアゼルのためなら世界征服にだって手を貸す。それがアゼルへの愛の差よ」


 エリーゼはセレンがアゼルと浮気していると勘違いしている。だからこそ真の怒りの矛先は容赦無くアゼルに向けられる。


「さぁて、アゼル。私を放って浮気して戦争だなんて、バカにも程があるわ。覚悟はできてるでしょうね」


 拳を鳴らして喧嘩腰で迫るエリーゼに対してアゼルは身動きすら取れない。その修羅場を目撃した周囲の兵士らも震え上がる。

 気付けば戦いは一時休戦となり、両国の兵士たちはエリーゼとアゼルたちを取り囲むようにして成り行きを見守っている。

 アゼルは先ほどから動きもせずに言葉も発しない。様子がおかしい事に気付いたセレンは背後から少し近付くと、アゼルの背中に目を凝らしてみる。


(え? アゼル様の呪いの封印が解けてる)


 アゼルの魂を覆って呪いを封印しているはずのセレンの結界が消えている。という事は、今のアゼルには『溺愛の呪い』が再び発動している。

 先ほどエリーゼは、セレンの結界を破壊するために聖力を放った。それが強力すぎてアゼルの魂の結界まで一緒に吹き飛ばしてしまった。

 アゼルの手から剣が落ちて地面の上で跳ねる。それは降伏の意味ではない。空いた両手はエリーゼを求めて大きく開かれる。


「我が愛する妻、エリーゼよ。貴様の愛、確かに受け取ったぞ。共に世界征服という愛の道を歩もうではないか」


 エリーゼの愛の言葉で高揚したアゼルの溺愛モードは、聞いていて恥ずかしいほど過剰に加熱して加速していく。


「さぁオレの元へ来い。腰が立たなくなるほどに抱いてやる、愛してやるぞ!!」

「だ、誰が、あんたの元なんかに……!!」


 アゼルの溺愛の強さに共鳴して、エリーゼの『溺愛の呪い』の効力も跳ね上がる。


(どうしたのかしら、胸が熱い……足が勝手に……あぁ、アゼル……アゼル……)


 心の声とは裏腹に、一歩また一歩とエリーゼの足はアゼルの胸の中へと向かって歩を進めていく。

 まるで吸い寄せられるようにしてエリーゼとアゼルとの距離が縮まっていく。



 そんな休戦状態の戦場の裏で唯一、激しい戦いが続いている場所があった。

 剣を弾かれて落馬したアーサーの前でロイアルも馬から降りると、剣先をアーサーの喉元に突きつける。


「なんだ、大将のくせに大した事ないね。さっさと首を持ち帰って昼寝でもしよう」


 アーサーを追い詰めたロイアルは感情のない瞳で口元だけを歪めて笑った。

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