第26話 添い寝と決意の決戦前夜
同日の夜、ウィリアム国でもデヴィール国からの侵攻に備えての『添い寝』が行われようとしていた。
これは戦力となるエリーゼの聖力を高めるための愛の儀式であった。
(だからって、なんでカイン様と添い寝しなきゃなんないのよ!)
エリーゼは今、不本意ながらもカインと同じベッドにインしている。二人ともしっかりと寝間着は着ている。
今までのカインを見る限りでは今回も純粋な添い寝であり、それ以上の事はしないと思われる。
(添い寝だけよ、添い寝だけだからね!)
そう自分に言い聞かせると、エリーゼはカインに背を向けて強引に瞼を閉じる。
次第に二人で共用する毛布の中が体温で温かくなるが、それだけではない。カインが背中からエリーゼを抱きしめた。
(え? カイン様?)
まさか今日に限ってカインは本気で添い寝以上の事をしようとしているのか。
エリーゼの鼓動の速さは恋愛感情ではなく驚きによるもの。エリーゼの呪われた魂と心臓はアゼル以外には反応しない。
「ねぇ、エリーゼ様は僕を愛してる?」
背中側のカインが、どんな表情でそれを言っているのか分からない。ただ、どこか切なげな声の印象でエリーゼの胸まで苦しくなる。
(ごめんなさい。私が愛しているのはアゼルだけなの)
面と向かってそれを言えばカインを傷付けて壊してしまいそうで、心でしか呟けない。カインの心は本当は弱くて脆い事を知っているから。
おそらく明日あたりにアゼルはウィリアム国に攻め入ってくる。その対抗手段としてカインはエリーゼと愛を深めたい事は分かっている。
前世での罪悪感とカインの純粋な愛情も相俟って、エリーゼの中に複雑な感情を生み出している。
「僕はアゼル様に絶対に負けたくないんだ。だから……」
前世の記憶がないカインには、アゼルへの敵対心や対抗意識には前世が干渉しているという自覚すらない。
ある意味、誰よりも真っ直ぐにピュアに前世からの愛を一途に貫いているのかもしれない。
「キスだけでもしてほしい」
その言葉が耳に届いた瞬間にエリーゼの閉じた瞳が見開かれる。あまりにも切実なカインの願望がエリーゼの胸を痛く打ちつける。
エリーゼはカインの想いに応えられない。それでも前世の罪を償うために、エリーゼはカインを別の幸せの道へと導きたいと思う。
「ごめんなさい、それはできない。でも私はカイン様の味方よ。アゼルとの戦いには協力するから」
それがエリーゼの決意だった。アゼルの侵攻の意図が何であっても止めなくてはならない。
それはアゼルの元へと帰る以前の問題。力ずくで目を覚まさせるために、エリーゼはアゼルと敵対する覚悟で戦う。
(そう。絶対に、こらしめてやるんだから……アゼル)
この戦いに勝って、アゼルの聖女に相応しいのは自分だけだと思い知らせてやりたい。今のエリーゼの行動理念は歪んだ『嫉妬』であった。
アゼルに対して殺意なんてない。完璧に打ち負かして、ひれ伏せさせたいだけ。溺愛の呪いがエリーゼを女王様的なサディスティックに目覚めさせてしまった。
「って……カイン様?」
どうもカインが黙っていると思ったら、規則正しい寝息と呼吸が背中から伝わってくる。カインはエリーゼを抱いたまま眠ってしまっていた。
(もう……本当にバカなんだから)
エリーゼは微笑むと目を閉じて今度こそ眠りに入る。しかし頭の中では色々な事を考えてしまう。
カインは確かに前世からの愛に動かされている。カインがここまでピュアでエリーゼに手が出せないのは、それは今世の本当の愛ではないから。
(本当にキスをしたいのなら強引に奪うはずだもの)
以前にカインとセレンのキスを目撃したが、あれは政略でも偽りでもなかった。あれこそが本当のカインで、本当の愛だったに違いない。
(カイン様は本当は、セレンの事が……)
それに気付いた時、すでにエリーゼは眠りに落ちていた。結局は添い寝という形で『侵攻』前夜に『親交』を深めた二人であった。
次の日の早朝。カイン率いるウィリアム国軍は、隣国サイベリア側の国境前に到着した。
主戦力はカインとエリーゼ、そして将軍ロイアル。念のため他の国境にも兵を配置しているが、それでも数百の騎兵を従えている。
考える事は同じで、それほど待たずして敵軍、アゼル率いるデヴィール国軍の騎兵の姿が遠くに見えてきた。
「ふん、来たわね。いい度胸よ。やってやろうじゃない」
「……エリーゼ様、すごいやる気だね?」
敵軍にではなく、誰よりも最前線に立つ勢いのエリーゼの気迫に対してカインは慄いてしまう。
二人から一歩引いた後方に留まっている馬上のロイアルは、半開きの目で大きなあくびをした。早朝だから眠いのではなく単にやる気がない。
一方、デヴィール国軍の主戦力はアゼルとセレン、そして軍隊長アーサー。さらにレミアルも兵として参戦する。
ウィリアム国軍の軍勢を目にしたアゼルは馬から降りる。続いて後方に止まった馬車からはセレンが降ろされる。
遠目でエリーゼとカインの姿を確認したアゼルとセレンは驚きを隠せなかった。それは衝撃という名のショックに近い。
「先頭にいる聖女はエリーゼか……!?」
「カイン様がお姉様を……?」
しかもエリーゼは人質の盾として拘束されているのではなく、カインの戦力として同行している様子に見えた。
その驚きはエリーゼとカインも同じだった。アゼルが連れている聖女がセレンだと確認したと同時に、二人の心に怒りの炎が燃え上がる。
カインには、セレンの驚きと戸惑いの顔が怯えているように見えた。
「アゼル様はセレンを脅迫して協力させてるんだね……許せない!」
「アゼル……あの浮気者……間違えて連れ帰ったくせにセレンに乗り換えるなんて、許さない!!」
カインの読みは当たっているが、エリーゼに関しては単なる嫉妬である。
溺愛の呪いは嫉妬の呪いに効力を変えて、エリーゼの怒りを魔王レベルにまで昇華させた。
「行くわよカイン様!! アゼルをぶっころ……叩きのめしてやる!!」
「え、エリーゼ様……?」
今、エリーゼが『ぶっ殺す』と言いそうになったのは聞き間違いだろうか。これでもエリーゼは聖女……のはず。
エリーゼがカインの片腕に抱きつくと、二人の体が同時に黄金色に発光する。いとも簡単に聖女の能力『強化』が発動した。
「すごい、すごいよ……これがエリーゼ様の力なのか!」
「ふん、当然よ! さぁカイン様、あのバカをぶっ殺す……ぶっ倒すのよ!!」
……今度は聞き間違いではなかった。それよりもエリーゼは、怒りのあまり無意識に能力を使いこなしている。
アゼルに対しては思うように発動しなかった能力なのに、嫉妬は純愛の力に勝るという事を証明してしまった。




