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第15話 偽りの聖女は逃亡を企む

 地下牢の掃除を言い渡されたエリーゼは涙を拭うと、まずは水浸しになったエントランスの床を掃除する。

 それが終わるとバケツとモップを手に持って外に出て、城の裏側にある地下牢を目指して歩く。


(地下牢……都合がいいわ)


 すっかり涙が乾いたエリーゼの瞳と心は苦境でさえ前向きに捉える。

 城の裏側の薄暗い場所にある地下へと続く階段。そこを下ると、さらに薄暗い地下牢がある。朝なのに、そこだけは常に夜の闇に包まれていて時間の感覚すらない。

 一人で黙々とホウキで床の埃をかき集めて数分すると、地下牢に誰かがやってきた。エリーゼは足音だけで誰が来たか分かる。


「エリーゼ様、私もご一緒に掃除します」


 それは将軍兼メイド長のレミアル。黒のスーツにホウキは似合わないが、優しい声色と笑顔にエリーゼの心は癒される。

 しかし一緒に掃除というのは建前で、二人きりで話をしたい時は暗黙の了解で必ずこの場所に来る。


「エリーゼ様のお食事は私が内密に手配してお持ちしますので、ご心配いりません」

「ありがとう、レミアルさん。あのね、いい案を思いついたの」


 密かに協力関係にある二人は掃除をしながらも『作戦』について話し合う。

 それはエリーゼがデヴィール国に帰り、レミアルが運命の相手であるアーサーと繋がるという、二人の願いを同時に叶えるための策。

 レミアルだけはエリーゼが本物の聖女であると信じている。レミアルが見た前世の夢の内容が、エリーゼの語る前世の風景と完全に一致するので疑う余地はない。


「レミアルさんって、デヴィール国に書簡は出せるのよね?」

「はい。軍事関連の通達は私の名で出します」


 以前、デヴィール国からウィリアム国に出した手紙はアーサーが担当していた。それを受け取って読んだレミアルが宣戦布告と勘違いしたという流れから、軍事関連の手紙のやり取りは軍の長に一任されているとエリーゼは見抜いた。


「それなら極秘でデヴィール国に手紙を送ってほしいの。今から私が言う内容で」


 その内容は助けを求めるものではない。エリーゼが人質とされている以上、どんな内容であってもアゼルが動けない事は分かっている。

 そうしてエリーゼから告げられた内容をレミアルが書き記した書簡を作成し、文の最後にエリーゼの直筆のサインを入れた。無事であるという証と、手紙の内容を信用させるためであった。


 そうして、その書簡が極秘でデヴィール国のアゼル宛てに送られた。

 数日後、その返事の書簡がウィリアム国のレミアル宛てに届き、その内容が波乱を起こす事になる。




 ある日の昼過ぎ、レミアルは一通の手紙を持ってカインの執務室へと入る。

 軍事機密なので事前に人払いは頼んでおいた。部屋の中央の席にカインが座っていて、神妙な面持ちでレミアルを迎えた。


「レミアル将軍。極秘で大事な話って何だい?」


 将軍と呼ばれたレミアルだが今は黒のスーツ姿であり、兵士というよりは側近の役割に近い。メイド長でもある彼女はウィリアム国での肩書きが多い。


「はい。デヴィール国から軍事的な通達がありました。こちらの書簡です」


 レミアルは手に持っていた小さな白い封筒をカインの机の上に置く。カインはウィリアム国の軍事の頂点に立つ存在であり、王と同等の権限がある。

 カインは封筒を手に持つと裏返す。そこに記された差出人の名を見て余裕の笑みを浮かべる。


「ふぅん、アゼル様からだね。降伏して僕の支配下にでもなるのかな」

「はい。どうやら、その通りのようです」

「なんだって?」


 思いがけない返答にカインは驚くが、レミアルはすでに手紙の内容を読んで確認している。いや、読まなくても内容は分かっていた。これはエリーゼとアゼルが仕組んだ『作戦』なのだから。

 カインは急いで封筒から手紙を取り出して内容を確認する。間違いなくアゼルからの正式な文書であり、その意外な内容に銀色の瞳を見開く。


「エリーゼ様を返す交換条件として、デヴィール国はウィリアム国の支配下に置かれる条約を結ぶ……本当かな」


 つまり、これはアゼルによる人質の交渉であった。しかし、好戦的なアゼルがこうも簡単に服従するのかとカインは疑う。

 すかさずエリーゼの作戦の共謀者であるレミアルがカインを信じさせる方向へと誘導していく。


「アゼル様はエリーゼ様を溺愛していると聞きます。条約を結んだ後にエリーゼ様をお返しすれば問題ないかと」

「まぁ、そうだよね。どうせエリーゼ様は聖女じゃないし」


 エリーゼを返したところでアゼルの戦力にはならない。そこまで溺愛しているなら、本物の聖女ではないと分かっても他の聖女と再婚なんて考えないだろう。

 カインとしてはデヴィール国の支配権さえ握ってしまえば、アゼルなどすぐに失脚させられる。


「条約の調印の場所と日時まで書かれているね。いいよ、行ってあげよう。出兵の準備しておいて」

「承知しました」


 アゼルも敵国に赴くほど無鉄砲ではないので、条約の調印はウィリアム国の国境の前で行う。先日に両国の軍隊が対峙した場所だ。

 そしてカインも丸腰で行くほど無防備ではない。国境には人質のエリーゼだけではなく軍隊も連れて行く。そこはアゼルも同じ考えだと予想できる。


 カインに報告を終えたレミアルは城の外へと出て中庭を通り抜けて裏側へと回る。城壁の隅の地面に地下牢へと続く階段がある。

 階段を下ると、そこではメイド服のエリーゼが掃除をしながらレミアルを待っていた。


「……どうだった?」

「はい、上手くいきました。エリーゼ様は私たちと共に国境へと向かう事になります」


 エリーゼは手に持っていたホウキを抱きしめるようにして、ほっと肩の力を抜く。


(これでアゼルに会える……アゼル、信じてるわよ)


 この作戦はアゼルの力量にかかっている。当然、アゼルは降伏の調印なんてする気はない。人質となってもアゼルに会えば、必ず上手く助けてくれると信じている。

 そして同時にレミアルもアーサーに会える機会となる。レミアルは前世の運命の人であるアーサーと繋がりたい。それはまさしく純愛であった。

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