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第14話 偽りの聖女はくじけない

 エリーゼと1歳違いで容姿もそっくりなセレンは、正面で向き合うと鏡を見ているような錯覚に陥る。悪女のような微笑みを除いては。


「久しぶりね、お姉様。デヴィール国から亡命してきた女性を保護したって聞いたけど、まさかお姉様とは驚いたわ」


 エリーゼは動揺を隠しながらも、セレンの言葉から状況を理解しようと思考を働かせる。

 どうやらセレンはカインが浮気している事には気付いていない。そして聖女の能力が目的であり、セレンとは愛のない婚約だという事も。


(カイン様は最強の聖女の姉妹を二人とも手に入れようとしていたのね……最低だわ)


 その答えに辿り着いたエリーゼは不快に顔を歪める。この国では一夫多妻が可能なのだろうか。カインにとって聖女とは戦力の象徴でしかない。多ければ多いほど己の強さとなり、国の強さとなる。

 エリーゼの不快の表情が自分に向けられたと思ったセレンから笑顔が消える。


「役立たずの恥知らずと言いたいけど、どうせ虐待から逃げてきたんでしょ、同情はしてあげる」

「ちがう。フェーリス家よりは、ずっと幸せな場所よ」

「……お姉様、随分と口調が変わったのね」


 エリーゼの皮肉を込めた強気な口調にセレンは少し驚いた。

 フェーリス家にいた頃のエリーゼは不遇な扱いをされても大人しく従順だったが、前世の記憶を取り戻してからは強気なツンデレに変わった。いや、聖国の女王であった前世の性格に戻った。


「聖女でもないくせに、アゼル様から逃げてカイン様に乗り換えようだなんて、お姉様は本当に大胆不敵で恥知らずね」


 勝手な解釈ではあるが、セレンは自分からカインを奪おうとするエリーゼが許せない。地位を手に入れたいだけのセレンとフェーリス公爵家にとって、強国の王子からの求婚は願ってもいない縁談であり愛なんて関係ない。

 カインは姉妹の修羅場に関わりたくないのか、いつの間にか立ち去っている。堂々と立つセレンは胸を張って腰に手を当てる。


「まぁ、いいわ。今日から私、このお城に住むの。だからお姉様はどうするか選ばせてあげる」

「……私をどうするつもりなの?」

「選択肢は二つ。一生この牢獄で暮らすか、私の専属メイドになるか」


 どちらを選んでも城に監禁は変わらない。だが地下牢にいるよりは地上にいた方が自由に動けるし逃げ出すチャンスがある。

 セレンの専属メイドとは言うが、奴隷に近い下働きをさせられるのは予想できる。しかし、それならフェーリス家にいた時と変わらないので慣れている。


「……メイドになるわ」


 エリーゼは凛とした強い青の瞳で真っ直ぐにセレンを見据えて答えた。その瞳に悲観的な色はない。

 セレンはつまらなそうな顔をして背を向ける。


「そう。なら仕事はメイド長のレミアルに教わってね。じゃあね」


 セレンが立ち去ると、入れ替わるようにしてレミアルが鉄格子の前に現れた。暗がりで見えなかったが後方に控えていたらしい。

 レミアルは手に持っていた鍵を使って牢屋の扉を開けると、申し訳なさそうに頭を下げる。


「エリーゼ様、このような事になってしまい申し訳ありません」

「レミアルさんが謝る事じゃないわ。それよりもレミアルさんってメイド長だったの!?」

「はい、恐れながら」


 今のレミアルはメイド服でも甲冑でもなく黒のスーツを着ている。メイドというよりは、やはり執事に見えてしまう。将軍でありメイド長でもあるレミアルの万能さには驚く。

 レミアルはエリーゼの味方なのが救い。エリーゼはメイドの扱いとなっても、この城から逃げ出す方法を考え始めていた。




 妃候補からメイドの扱いに変わった日からエリーゼの生活は一変した。

 寝泊まりする部屋は城の裏側の地下牢の近くにある小さな物置小屋に移動させられた。室内にはベッドがあるだけで隙間風も吹いていて常に寒い。

 だが、そんな暮らしにも慣れているのでエリーゼは苦痛に思わない。メイド服に着替えて小屋の外に出ると、中庭にメイド仲間たちの姿があった。


「おはよう。今日も頑張ろうね」


 エリーゼが笑顔で挨拶をしても、メイドたちはエリーゼを避けるようにして無言で立ち去っていく。あんなに仲良くなったのに、今では会話も交わしてくれない。


(まぁ、仕方ないわよね……)


 カインと、その婚約者に嫌われているエリーゼに関わりたくない気持ちは分かる。特に落ち込む事はなく、掃除をするために水を張ったバケツを持って城のエントランスに入る。

 壁際にバケツを置いてモップを取りに行こうとすると、どこからかセレンが近寄ってきてバケツを蹴って倒した。


「やだ、こんな所にバケツなんか置いて! 床が水浸しじゃない!」


 セレンはわざとらしく声を張り上げるが、壁際に置いたバケツを不注意で蹴り飛ばすはずがない。これは嫌がらせだとエリーゼは分かっている。だから反論しない。


「床の掃除しといてよ。あと地下牢もね。終わるまで食事はあげないから」


 使用していない地下牢の掃除なんて不必要なはずだが、一人で掃除したら一日かかっても終わらない。嫌がらせなんて苦痛ではないが、このままでは飢え死にするかもしれない。

 そう思った時、エリーゼはアゼルとの食事風景を思い出した。あの時のアゼルの表情と言葉が鮮明に意識の中で再生される。


『エリーゼは家でステーキ肉を食べた事がないのか』


 そう言ってエリーゼを哀れむように、慈しむように見ていたアゼルの赤い瞳が懐かしい。いや、恋しいのかもしれない。

 そう気付いた瞬間に、強気だったエリーゼの心と瞳に熱いものが込み上げてくる。


(アゼル……会いたい……)


 気付けば、エリーゼの青い瞳から次々と涙の雫が零れ落ちて床に落ちていく。辛いとか悲しいとか悔しいとかの涙ではない。エリーゼは『寂しい』という耐えきれない感情に襲われて心が負けてしまった。

 その時、セレンの後方からカインが歩み寄ってきた。


「セレン、こんな所に……あれ? エリーゼ様、なんで泣いてるの?」

「カイン様、何でもないわ。お姉様は慣れない仕事で失敗しただけよ」

「ふぅん、メイドも大変だね。それよりも朝食を食べに行こうよ。今日はいい天気だから中庭でさ」


 カインはエリーゼに対して嫌がらせはしないものの、全く興味を示さなくなった。元々、聖女の能力にしか興味がないのだから当然であった。

 カインはセレンの肩を抱きながら一緒に歩いて城の中へと入っていく。

 エントランスに取り残されたエリーゼは、床に倒れたバケツを見つめながら唇を噛みしめる。同時にメイド服のスカートをぎゅっと両手で握りしめる。


(どうして私はアゼルから逃れようなんて思ったの……)


 世界のために、なんて考えは捨ててしまえば良かった。エリーゼは『自分が』幸せになるにはアゼルが必要なのだとようやく気付いた。それが呪いの効果であるかなんて関係ない。思うままに求めるままに生きていきたい。そう決意した。


(アゼルのためなら、私は世界征服にだって手を貸す)


 ようやく出せた、生きることの答え。吹っ切れた思いを胸に抱くと気持ちは楽になった。その瞳に最強の聖女として生きた前世の力強さが蘇る。

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