三話「悪役令嬢の親友ですが、どうみても聖女が厄災で」
「……そうね」
ローズは立ち上がることさえせず、静かに口を開いた。
「まずは、その『祈り』を捧げている間に餓死する人間の死体処理費用を、誰が負担するのかを話し合うべきではないかしら」
「え……?」
「そうだ。まずは、この教室内で『不要な人間』を間引くことから始めるべきではないかしら。私としてはこれが最優先課題だとはおもうのだけど。あなた一人分の命で、一人の命が救えるの。素敵ではないかしら?」
リリアの笑顔が固まる。教授が慌てて割って入った。
「ローズ様、滅多なことを。聖女様は精神的な連帯を……」
「教授。精神的な連帯で、小麦の収穫量が増えるという論文がこの国の書庫にあるのかしら?時間があれば、提示していただきたいわ。まぁ、できもしないでしょうが」
ローズの冷徹な視線が教授を射抜く。
その眼は、確かに教授の口を閉じさせた。
「分け合うという言葉は響きが良いけれど……リリア。それは、緩やかな心中を全員に強要しているだけよ」
「心中を強要っ……!!?なんてことを……!私はそんなことなどっ」
「限られた資源を全員で等しく分ければ、結局は全員が等しく餓死するだけ。……この国に必要なのは、無意味な博愛ではなく、優先順位の確定よ。そんなこともわからないの?」
『誰を生かし、誰を切り捨てるか』という冷酷な選別。
それは、この国においての最終ライン。
だが、そのリミットまで刻一刻と迫っている。
それがこの国の【現実】だ。
「いやっ……そ、そんなの残酷すぎるわ! ローズ様、命は平等なのですよ!? 愛があれば……」
「愛で胃袋は膨らまないわ、リリア。それに、あなたが言う『分け合い』が最も効果を発揮する場所があるわ」
「な、なんでしょう」
「……例えば、この国で最も多くの資産を保有しながら、祈祷以外に何の生産性も持たない【聖教会】の備蓄庫をすべて解放してはどうかしら?」
「!!!?」
それは、多くの者が触れることのできないタブーであった。
貴族と同等の力を持ち、同等の資産を持つ【教会】。
彼女はそれに喜々として踏み込んだ。
「幸福を民に分け与えるのでしょう? あなたから率先して、裸一貫になるべきだわ」
「それは……その、教会は神の代理として……多くの者に教えを広げるため……」
彼女の顔が真っ青になっていく。
今にも泣きそうだ。
それに対応するだけの知性と論理を彼女は所持していなかった。
「ならば、消費する側を減らすのが最も効率的かつ、唯一の『構造的解決』。例えば……そうね」
彼女が三本の指をあげる。
「この国の予算を浪費しているだけの、無能な貴族の三男坊たち。あるいは、現実を見ずに理想論を垂れ流す、管理能力のない……そんな誰かさんに似た聖職者。そして厄介事ばかり増やすこの国の重鎮達。彼らを明日の処刑台に送れば、その分、民に回るパンは増えるでしょう?」
リリアが言葉に詰まる。
ローズの言葉は、聖女が守ろうとしている【夢】や【夢想】。
それらを一貫した論理という刃で容赦なく切り裂いていく。
教授の顔は、段々と真っ赤になっていく。
「ローズ様! 聖女様への不敬ですぞ!」
そう声を荒らげた。
ローズはその怒声さえも心地よい音楽を聴くような顔で受け流す。
この程度の言葉、彼女には小鳥のさえずりなのだろう。
「不敬? 事実を指摘されることが不敬にあたるなら、この国の学問はとっくに死んでいるわね。……ねえ、先生。あなたは先ほど私の論理を聞いた時否定もしなかったわ。できなかったんでしょう? 」
「ぐ……っ」
「それは、あなたの知性が、私の正論を認めているからではないかしら?」
「ぃ……」
教授が言葉を失い、教室を支配した。
それは、リリアへの同情ではなかった。
ローズへの圧倒的な「恐怖」だった。
彼女の知性は、美しさと同じくらいに鋭い。
そして救いようがないほどに正しい。
だがその正論は、抵抗にあった。
「……っ、ローズ様、それはあまりに暴論です!」
リリアは顔を真っ赤にし、震える声で叫んだ。
それは論理的な反撃ではなく、ただの拒絶だった。
「教会が蓄えているのは、万が一の時に神の奇跡を具現化するための聖なる資産です!それを奪えだなんて!?あなたは、民から神への信仰まで奪うつもりですか? そんな血も涙もない考え、私は認めません!」
彼女は周囲の生徒たちを見渡し、助けを求めるように声を張り上げる。
「皆さん、騙されないで! 正論のように聞こえても、それはただの選別です。切り捨てられる側になるかもしれないのに、そんな恐ろしい言葉を信じるのですか!?」
「たしかに……」
「俺も……」
教室内がざわつく。
ローズの「理屈」に納得しかけていた生徒たちが、リリアの「感情」に引き戻されていく。
その様子を見て、リリアは少しだけ胸を張る。
勝利を確信したような瞳でローズを睨みつけた。
「愛のない言葉に、人はついていきません。ローズ様、あなたがどれだけ賢くても、心がないのならそれは全くの無意味なのです!」
「……あは」
ローズの口から、乾いた笑いがこぼれる。
それは、先ほどまでの優雅な微笑みとは明らかに異質。
『説明しても無価値だ』。
そう確信した人間が漏らす、絶望的な蔑みの笑みだった。
私の背中にぞわりとする寒気が走った。
「……ねえ、エミリー」
ローズが、机の下で私の手を握った。
ひんやりとした彼女の指先が、私の肌をなぞる。
「私の言ったこと、『正しい』と思わない?」
「そ、れは……」
彼女の手は震えていた。
「嘘でもいいから、『正しい』と言って。この教室にいる誰よりも、あなたの言葉が欲しいの……それで充分だから」
「……」
「お願い」
彼女の瞳は、聖職者を追い詰めたときのような冷たさはなかった。
むしろ、壊れやすいガラス細工を差し出すような切実な熱が宿っている。
私は、彼女の指の冷たさに震えた。
だが彼女の目を逸らすことができなかった。
この人は、正論で世界を壊しているのではない。
正論という武器を振り回さなければ、この壊れゆく世界で正気を保てない。
それほど純粋すぎるのだ。
「……はい、ローズ。貴方の言う通りだと思います。残酷なのは、きっと貴方ではなく、この現実の方です。間違っているのも貴方ではなく現実。このくだらない理想論の末路」
私の答えを聞いた瞬間、ローズの唇が、満足げな弧を描いた。
窓から差し込む陽光が、彼女の赤髪を縁取る。
その姿はリリアよりもずっと、残酷なほどに神々しかった。
エミリーの言葉を聞いたリリアが目を見開き震える。
「おかしいっ……」
ふらっと、リリアの体が揺れる。
今にも倒れそうだった。
「聖女様!!!」
教授が、リリアに駆け寄った。
教授はその細くしわがれた声で大声をあげる。
「本日の授業は、自習とします。休止ということで!」
聖女の護衛が、忙しそうに教室の中に入り込んだ。
やさしい声で、騎士は聖女を心配する。
「……いまはこの場所から離れたいの……」
「ええ、勿論です」
聖女は教室からでていった。
「……呆れた。あれで聖女だなんて、この国の神様はよほど目が霞んでいるのかしら」
教室の扉が閉まった瞬間、ローズの口から漏れた。
それは先ほどまでの澄んだ声とは似ても似つきない。
低く、冷え切った呟きだった。
「ローズ?」
「……話にならないわ。向こうが提示しているのは議論ではなく、ただの願望。おはじきもできないこどもと数学の話をしている気分よ。反吐が出るわね」
彼女は顔には出さない。
眉一つ動かさず、完璧な令嬢の仮面を被ったままだ。
けれど、その瞳の奥には、煮え繰り返るような「苛立ち」が渦巻いている。
彼女にとって、リリアの存在は「悪」というより、もっと救いようのない「理解不能なバグ」なのだ。
「ねえ、エミリー。あんな言葉の通じない生き物が、この国の【希望】なんですって。笑えない冗談だと思わない?」
彼女が私を振り返る。
その瞬間だけ、仮面が少しだけ剥がれた。
一人の少女としての猛烈な不機嫌が覗いた。
「ふふっ」
私は、その毒の混じった声に、不思議と安堵してしまった。
「どうしたの?エミリー?エミリーが笑うなら私も嬉しいわ?」
完璧な神様などではない。
彼女もまた、この国の詰んでいる現実に。
吐き気を催すほど苛立っている、ただの人間なのだと。
三話楽しんでいただけたでしょうか。
ローズとエミリーの道のりをどうか優しく見守ってください
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