四話「悪役令嬢の親友ですが、どうみても王子が傀儡でして」
「ローズ。私こんなとこいていいの?」
国の重鎮。
貴族でも上位の者たち。
錚々たる面々が顔を並べる。
ここは、国として重要性が高いものを扱う会議であった。
「この前のお礼よ?脚本がどう書かれているか。知りたいでしょう?」
「脚本って……」
王子が姿を現した瞬間、場の空気だけがわずかに変わった。
彫刻のように整った顔立ちの第一王子が立っていた。
彼こそが、王位継承者一位。
エドワード王太子だ。
彼は完璧な微笑みを湛えているが、その瞳はどこも映していない。
座るように促すと、彼は一言も発さず、機械のように椅子に腰を下ろした。
まさに、美しい空箱。
振っても降ってもその中身からは音はしない。
飾ることしかできない綺麗な空箱。
「ふふっ……」
神が最高級の大理石で、人間を模して作り上げた失敗作。
遠目にはどの聖者よりも神々しい。
だがどれほど近づいても、その瞳には光の反射以外の意思が宿っていない。
ローズは、そう彼を表現していた。
私には、全く意味がわからなかった。
だが相対してよくわかった。
「えっ……?」
周囲の様子がおかしい。
変わった“ように見えた……だけなのだ。
誰もが礼を取り、視線を下げる。
それは敬意というより、反射に近い動きだった。
王子だから。
あくまでその行動をしている。
そういったものを感じる。
だが王子はそれに対して何も感情を起こさない。
不愉快も、歓喜といった気持ちも。
ただなにもないのだ。
「皆、顔を上げよ」
声は確かに王族のものだった。
人を魅了させる周波数。
この人を信じたいと思わせるような美声。
空洞を抜けてくるような、澄んだ響き。
それは、まさに舞台を思わせるようなカリスマ性であった。
「役者として生まれていたらきっと幸せだったのに……」
だが、そこに芯がない。
場に響くその言葉は、命令というより“台本の読み上げ”に近い。
王子はゆっくりと周囲を見下ろした。
そして、少し間を置いてから口を開く。
「この者の罪は明白である。ゆえに……処することが妥当であると……私は判断した?」
判断した?
その一言に、私は違和感を覚えた。
それはまるで、誰かの意見をなぞっただけの言葉だったからだ。
隣で、ローズが小さく息を吐く。
「……それでも遅いわね」
その呟きは、王子に向けられたものではなかった。
この国の意思決定そのものに向けられたものだった。
彼女は、その処刑の決定になにか違和を感じ取っていた。
「誰かが介入した?それにしても……」
ローズは、その会議に介入しようと席をたとうとする。
そのとき。
「殿下」
貴族の一人が慌てて声を上げる。
その貴族は、ローズの性格を理解していた。
「それは既に、評議会で決定された事項であります」
「そうか」
王子はすぐに頷いた。
まるで安心したように。
王子がチラリと後ろの側近を見る。
次に何を言えばいいか確認するように。
それは、まるで親の顔色をうかがう幼児であった。
「では、それで問題ないな……?ん?ローズ嬢。どうしたんだい?」
ローズの呟きは、もはや怒りですらなかった。
医師が手遅れの患者を眺めるような、静かな諦観。
エドワード王子は、手元の書類をなぞるように視線を動かす。
その指先は震えもせず、迷いもない。
「……なんでもありませんわ」
そこで初めて、私は理解した。
この人は決めていない。
ただ、決まったことを言っているだけだ。
「ローズ……エドワード様って」
「うん、エミリーに見せたかったものはこれ。私の将来の婚約者。とても滑稽でくだらないでしょう?」
ローズの言葉通り、この会議は酷く腐敗しているように感じた。
王子の言葉には「今、この場の命」を救おうとする熱も、奪おうとする意志もなかった。
事務的な処理。
与えられた役割しか最低限できない。
ただ、古びた時計の針が刻む音のように、無機質な義務感が漂っている。
ただそれを行っているのだ。
自ら考える意志もなく、その行動を延々と築いていく。
それでは、無意味なガラクタだ。
私はそれを見て、背筋に冷たい氷を差し込まれたような感覚に陥った。
「そんなの……っこれって」
ローズが私に見せたかったもの。
それは、悪意に満ちた暴君ではない。
「善意という名の自動人形」が国を壊していく光景だったのだ。
「大丈夫よ、エミリー」
ローズの指が私の手に触れる。
その冷たさが、今の私には唯一の現実だった。
「殿下、民衆は納得しておりません! どうか、真実の調査を!明らかに不要な処刑が多すぎます。このままではっ!貴方様の信用は……!」
誰かが叫んだ。
一縷の望みをかけた悲痛な声。
だが、王子は困ったように眉を下げる。
完璧な微笑みのまま首を傾げた。
「そうか。だが……『納得していない』という報告は、私の手元には届いていないのだよ。だから、今の私の認識では、皆は納得しているはずなのだが……?」
「……はっ……?」
「座り給えよ、君」
「王太子殿下がこうおっしゃっているんだ……別に君からでもいいんだぞ?」
「それはどういう!!!」
「つれていけ」
背筋がさらに凍った。
どんどん体の熱が冷えていく。
彼は嘘をついているのではない。
目の前の光景よりも、紙に書かれた報告書という「形」の方を信じているのだ。
「……あはっ」
ローズが笑った。
それは乾いている。
けれどどこか楽しげな、絶望の笑み。
エミリーに優しく微笑みかける。
「エミリー、見て。あれが私たちの『太陽』よ」
太陽なんて、随分皮肉な言い方だ。
このままでは、その理想に照らされて全てが、干乾びるという意味ではあっているのだろう。
「空っぽの頭に、誰かが書き込んだ台本だけを詰めて、燦然と輝いているわ。馬鹿みたい。皮肉だと思わない? 国を滅ぼすのは、悪意ではなく、ああいう『善良で無能な空虚』なのよ」
多分、彼女の言葉の続きは、『誰かさんにそっくりね』だろうか。
ローズの瞳に宿る知性は、今や王子の空っぽな瞳を焼き殺さんばかりに鋭かった。
そのときカッカカと、部屋の外で石畳を蹴る音が響く。
廊下から響くその無遠慮な足音が、扉の前で止まったかと思うと。
静寂を切り裂くような衝撃音とともに、扉が壁に叩きつけられた。




