二話「悪役令嬢の親友ですが、悪役令嬢はこわいです」
連続三話投稿です
「ごきげんよう、エミリー」
彼女は微笑んでいた。完璧な角度で、完璧な声音で。
存在そのものが、神々しいとはまさにこのことをいうのだろうか。
顔が真っ赤になりそうになる。
「おはよう、ローズ」
何とか返答した。
正直眼福だ。
私自身、ローズの姿をみることは幸福だとも感じている。
もはや推しに近いだろう。
ただひとつ問題があるとすれば。
「今日は良い日ね。処刑日和、とでも言うべきかしら」
その言葉だろうか。
一瞬、耳を疑った。
けれど周囲の誰も、その言葉に違和感を持っていない。
まるで、それが当然の評価であるかのように。
「……」
「目を合わせるな」
「薔薇姫だ」
むしろ彼女の顔を誰も見ることができていなかった。
ああ、ここも同じだ。
先日の処刑の時と同じ感覚が宿る。
「な、なにそれ?」
「私も冗談というものを使えるのよ?私の冗談面白かったかしら?」
「う、うん。面白いと思うけど……」
「けど?」
うん、怖い。
一言でも間違えたら首でも落とされそうだ。
「ローズならもっとかわいい冗談が似合うかなーって」
「あら?そうかしら……?」
ローズは、優雅に首を傾げた。
彼女の問いは唐突だった。
歌う鳥を優しく見つめ、舞う花を愛でるように。
その言葉は不意に出た。
「ねえエミリー。あの人、罪を犯したと思う?」
その声は、酷く冷酷で寒さを纏っていた。
「あの人って……?」
処刑の光景が、脳裏に浮かぶ。
あの静寂を、私は一生忘れることができないだろう。
いや、それが正常なのだ。
正常であると心に言い聞かせた。
私の問いに、ローズは不思議そうな顔をした。
「……?聞かなくてもわかるでしょう?一緒にみたじゃない」
「そうだけど……貴方はわかっているでしょう……?」
なぜいまさらそんなことを聞くのか、意味がわからなかった。
どのような意図があるのだろうか。
私は、少し戸惑った。
彼女は、先日の処刑を見世物として楽しんでいた側だ。
いや楽しんでいたは間違いだろう。
三流としての【演出】に、退屈して呆れ切っていた。
「ふふ、エミリーは流石ね。私にここまで言えるのは貴方だけよ」
褒められているのだろうか。
喜んでいいのかよくわからない。
「罪を犯したか。思っているかどうかは関係ないわ」
彼女は静かにいった。
断言に近しい表現だった。
「必要だから、そう扱われている。それだけのことよ」
「そ、そうですね」
「貴方の言う通り……確かにこの国はもう詰んでいるのかもしれないわね」
さらりと、彼女は言った。
「でも、それは問題じゃないの」
私は息を呑む。
「詰んでいる国でも、最適解は存在するもの。正しいかどうかなんて、どうでもいいのよ」
ローズは静かに続けた。
ローズの声は水のように澄み切っていた。
そこに偽りなどなく、心の底からそう思っているように。
「生き残る構造を作れるかどうか。それだけが価値基準よ」
「……」
その言葉に息を呑む。
彼女の言葉には、強さがあり。
なによりも曲げることのできない知性と信念があった。
彼女は心の奥底からそう思っている。
それが私には理解できた。
「彼はね。その構造をつくることができなかったの」
そして、彼女は穏やかに微笑んだまま、私の目をまっすぐに見つめた。
「貴方も同じ?エミリー?」
その眼は、深淵だった。
私程度には洞察できないような深い暗闇。
でもその眼にはどこか色情があった。
艶めかしい表情で、私の顔を舐めるように私の顔をみつめる。
このまま何も返答せずに、彼女の顔を見つめたらどうなるだろうか。
そのことを考えると思わず言葉はでていた。
「ううん、違うよ」
「うん、私のエミリーは違うわよね?」
ローズは私の頰に指をそっと這わせ、甘く囁いた。
「私の可愛いエミリー。今日も一緒についてきてくれる?」
教室の空気は、外の広場よりもさらに歪んでいた。
教壇に立っているのは、歴史学を教える老教授ではない。
度は強いが指紋で曇った眼鏡。
洗濯を繰り返して痩せたシャツの襟元。
世捨て人のような枯れた老人だった。
重い本を持ち上げた拍子に漏れる、微かなため息のような吐息が教室にきこえる。
となりには、眩いほど真っ白な白い衣を纏った女性が立っていた。
「みなさん、今日は素晴らしいゲストをお迎えしています。聖女リリア様です」
教授の浮かれた声に導かれ、教室内がパッと明るくなったような錯覚に陥る。
聖女リリア。
不作に喘ぐ民衆に「祈り」と「分け合い」を説き、さらなる混乱を招いている人物。
この国の「希望」という名の厄災だ。
彼女は壇上で、慈愛に満ちた微笑みを振りまいていた。
「みなさん、ごきげんよう。今日は皆さんと、苦しんでいる民たちのために『愛ある統治』について考えたいと思います」
リリアが提示したのは、あまりにも無垢で、それゆえに毒性の強い理想論だった。
少なくとも、私でも『うげぇ』といいたくなるようなものだ。
「現在、食料不足で多くの方が悲しんでいます。でも、私たちが少しずつ自分のパンを分け合い、祈りを捧げれば、きっと奇跡は起きるはず。富める者がその手を差し伸べること……それこそが、神が望まれる救いなのです」
教室内からは「素晴らしい」「さすが聖女様だ」という、感嘆の声が漏れる。
嘘だろ、おい。
既に、教室にまで腐敗は届いていた。
「神は私たちのことを愛しております。この苦難は、まさに神の試練。いまこそ力を合わせ乗り越えるべきなのです」
教授までもが目尻を拭う。
「愛こそが国を救う、まさに真理ですな」と深く頷いていた。
なんと滑稽な人形劇だ。
劇場でやったらさぞかし大金が取れるだろう。
この世界でも全米が泣いた的な表現はあるのだろうか。
私は寒気を覚えながら、隣に座るローズを見た。
「はぁ……」
ローズは、一度も拍手をしなかった。
ただ退屈そうに、頬杖をついて窓の外を眺めている。
彼女にとってこの授業は、脳内で汚物を超えた表現が往復していることだろう。
「ローズ様はどう思われますか?」
けれど、リリアがわざわざ毒を煽るような笑顔で水を向けた。
そのとき教室内が凍りついた。
私は、ローズの怒りが爆発する瞬間を予期した。




