一話『悪役令嬢の親友ですが、処刑が失敗の隠蔽にしか見えません』
悪役令嬢は、初めてですが。どうかよろしくお願いします。
歓声がない処刑は、こんなにも異様なのかと思った。
「……」
「ふぁ……」
本来ここは、怒りや恐怖を共有する場所のはずだ。
見せしめとはそういうものだと、私は教えられてきた。
けれど今、広場にあるのは沈黙だけだった。
誰もが理解している。
「んーーー」
あの男が、責任を負うべき立場ではなかったことを。
だからこそ、声を上げない。
声を上げても意味がないと、もう知っているから。
「……つまらないわね」
隣で、彼女が退屈そうに呟いた。
思わずそちらを見る。
隣に立つ彼女が、小さく声をかけてきた。
顔を向けると、そこにはいつも通りの完璧な微笑みがある。
私の親友。
そして、この物語において【悪役令嬢】と呼ばれるはずの人。
悪役令嬢【ローズ・クローネンベルグ】。
彼女の美しい赤髪が揺れた。
たおやかな香気を振りまいて。
「……つまらない?」
だが、彼女のその言葉の響きは冷酷なものを纏っていた。
「ええ。もう少し、上手くやると思っていたのだけれど……私の思い違いだったみたい」
「上手く」というのが何を指しているのか、聞かなくても分かる。
「脚本は大事ねぇ……どこの劇作家が考えたのかしら」
彼女は肩を小さくすくめ、楽し気に笑った。
「退屈、所詮三流ね」
この処刑の【演出】のことだ。
罪を納得させ、怒りの矛先を逸らし、統治を保つための儀式。
本来なら、それはもっと巧妙であるべきだった。
それすらできていない。
だから彼女は、退屈だと言ったのだ。
「そ、そうなんだ……」
ああ、駄目だ。
この人は、優秀すぎるのだ。
見えないものが見えすぎてしまう。
彼女の目の前には、私には理解しようのない光景が広がっている。
「ええ、そうよ。つまらないわ、エミリー」
そして人の感情に寄り添えない。
合理的で、機械的で。
そしてなによりこの国の壊れ方を、誰よりも深く理解している。
その処刑が、見せしめではなく「失敗の隠蔽」だと気づいたとき。
私は確信した。
この国はもう終わっている。
広場は静かだった。
本来ならば、怒号や嘆きが満ちているはずの公開処刑の場。
だが人々はただ口を閉ざし、目を伏せている。
泣いている者すら、ほとんどいない。
諦めているのだ。
既に抗うだけの力はのこされていなかった。
罪人とされた男は、地方の穀物管理を任されていた官吏だった。
いかにも真面目で人を裏切ることすらできない優男。
彼の顔は絶望に包まれ、頬はこけていた。
その眼には、光など宿っていなくただ冷徹な現実を受け入れている。
「このものは!!!!我らの王を侮辱し、何より人民のものである食料を……!」
帳簿の改ざんと横領。それが罪状として読み上げられる。
けれど……それが嘘であることを、ここにいる誰もが知っている。
今年の不作。
足りない備蓄。
届かない支援。
何もかもが、手遅れだった。
本来ならば責任を負うべきは、もっと上にいる。
それでも処刑されるのは、末端の一人だけ。
「おかしい……」
異常事態だ。
全ての理屈が破綻している。
つまりこれは、罰ではない。
構造の破綻を、個人の罪に押し付けてすりかえるためだけの儀式のように見えた。
「……ねえ」
隣に立つ彼女が、小さく声をかけてきた。
不思議そうに、彼女は首を傾げていつもの笑みを浮かべていた。
「どうしてそんな顔をしているの?」
どうして、か。
「私にはわからないけど、なにか気に入ったの?」
私は一度だけ、処刑台に視線を戻した。
縄が落ちる。
音は、やけに軽かった。
人一人が死ぬ音は、こんな音がするのか。
「……この国、たぶんもう詰んでるから」
思ったままを口にすると、彼女は一瞬だけ目を細めた。
「ふふっ……不思議なことを言うわね。エミリー」
それが、興味なのか、愉悦なのか。
私にはまだ、判別がつかなかった。
ただ、彼女の視線がいつもより少し熱を帯びているような気がした。
私の胸の奥が小さくざわついた。
ローズ・クローネンベルグは、私の髪をじっと見つめている。
昔、彼女が可愛がっていた白銀の犬。
その毛並みの色に、私の髪がよく似ているからだと言っていた。
きっとその眼には、遠い過去の記憶が映っているのだろうか。
「ふふっ」
不思議と、その視線は決して不快ではない。
むしろ、彼女が私を「特別」だと認識してくれている証のように感じてしまう。
私はエミリー・ハワード。
この国で【悪役令嬢】と呼ばれるローズの、唯一の親友だ。
ローズが私を見つめる瞳は、いつもより鋭かった。
まるで私の頭蓋の内側まで、じっくりと舐め回すように。
その眼には、魔性の魅力が宿っていて……私は動けなくなっていた。
「エミリー?」
その呼びかけに、息が止まる。
「……どうしたの?」
彼女の指が、私の髪をゆっくりと梳いた。
白銀に近い私の髪を、まるで昔飼っていた犬の毛並みを愛でるように。
優しく優しく慈しむように。
丁寧に包んでいく。
私は視線を逸らせなかった。
逸らしたら、負けるような気がした。
「なんでも……ないわ」
「ふうん」
ローズは小さく笑った。
その笑みは、目の前で男が吊られた直後の広場には、明らかに場違いだった。
まるでこの空間だけは、隔離されているようで。
「……」
縄が緩み、ずるりと落ちる音がした。
それでも人々は、ほとんど動じない。
死そのものが。
ただの予定調和に成り下がった瞬間。
それを、皆が無言で受け入れている。
「何もかも退屈だけどただひとつ……面白いわね、エミリー」
「……面白い?」
「ええ。この茶番が」
彼女は私の髪を指に巻きつけながら、静かに続けた。
「この国が、こんなにも早く腐り落ちていく過程が」
心臓が、大きく跳ねた。
ローズは、処刑台から目を離さない。
その横顔は、退屈を少しだけ忘れたようにも見えた。
「……ローズ、あなたは」
言葉が喉で詰まる。
彼女はこの国の崩壊を、誰よりも望んでいるのではないか。
いや、望んでいるというより、楽しみにしているのではないか。
享楽として楽しんでいるとしたら。
私はどう受け入れればいい?
「もしも、この国が本当に滅んだら……あなたはどうするの?」
そして、貴方はそれを喜ぶの?
そう言おうとした。
だけど聞いた瞬間、ローズの指が止まった。
「っ……」
きいたことを後悔した。
聞かなければよかった。
そう思った。
「へぇ……?」
一瞬の沈黙の後、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
完璧に整えられた微笑みが、そこにある。
「私は、何も変わらないわ。最初から、この国など私のものではなかったのだから。だから別にいいじゃない?」
その声は、ひどく優しく聞こえた。
けれどその優しさは、氷のように冷たい。
「それに……」
ローズは私の顎に指を添え、軽く上向かせた。
距離が、急に近くなる。
「今はそれより面白いものがあって……ね?」
「そ、それはなに?」
怯えながらも、尋ねる。
「言わなきゃ……わからない?」
残念そうに、彼女は口をとがらせる。
「あなたさえいれば、私は退屈しないもの」
瞳の奥に、仄かな熱が灯った気がした。
それは、所有欲か。
それとも、もっと危険な何かか。
私はなにも答えられなかった。
ただ、彼女の指先が触れた部分が、じんわりと熱を持っていくのを感じた。
胸の奥で小さく、甘く、疼くような違和感を抑えきれなかった。
遠くで兵士たちの足音が響く。
王国は、まだ死にきれていない。
けれどその音は、すでに朽ち果てた棺を叩く、虚しいものにしか聞こえなかった。
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