第206話 最強を目指して
銀の悪竜が消滅したからと言って、世界中の問題が一気に解決するわけではない。
竜銀に浸食された魔物たちは、竜銀を取り除いた後でも力に溺れた代償を支払うことになる場合もある。
竜銀に浸食された結果、拭いきれないトラウマを負った人間も居る。
銀の悪竜による世界浸食を受けて、亡くなった者たちも少なからず存在する。
あるいは、銀の悪竜の世界浸食が終わったとしても、『大きな騒動が終わった後の間隙』を狙った悪党が跳梁跋扈することで、混乱に陥る場所もあるかもしれない。
「行くぞ、騎士団! 悪党どもは皆殺しだ!」
「「「イエスマム!」」」
もっとも、そんな混乱を鎮めるために秩序に属する者たちは居るのだ。
「A級以上の悪党には私が対応する! 各員はまず、確実に火事場泥棒を仕掛ける馬鹿どもを削れ!」
騎士見習いから、正式に騎士団の所属となったセラは、大いに活躍した。
聖剣を振るい、銀の悪竜の脅威から解放されてハイになっていた悪党どもを斬っては捨て、時には捕縛して、王国の治安を守り続けたのである。
「…………師匠、私に出来ることはこれぐらいです」
自らの師匠であるトーマが帰ってくる場所を守るために、騎士団の中の誰よりも奮闘して見せたのだった。
「やってくれたか、トーマ!」
竜銀の浸食が完全に消え去ったことを確認すると、アルスは安堵よりも先に声を張り上げた。
「被害状況を確認しろ! 転移魔術と回復魔術が使える者は見回りに加われ! 死者が居たならば、最優先で儀式場へと回せ! 可能な限り蘇生させろ!」
世界を救ってくれた友に対する感謝はもちろんある。
だが、今は感謝の言葉よりも先に、王としての言葉を紡ぐ時間だ。
「世界中に及んだ竜銀の浸食の所為で、今後何が起こるかわからない! 王都の結界は最優先で復旧させる! トーマの応援に向かったS級ウィザードたちもすぐに戻ってくる! ここが踏ん張りどころだぞ!」
アルスは部下を奮起させるための言葉を紡ぐ。
アルスは民を安心させるための言葉を叫ぶ。
全ては、王としての責務を全うするために。
友の活躍に報いるために。
亡くなった家族の役割を遂げるために。
若い王としての経験不足を気力で補い、アルスは奮闘する。
「世界が救われた後に死ぬな! 死なせるな! 我が民よ、世界が救われた後の明日を生きるため、今に全力を尽くせ!」
喉から絞り出すように声を張り上げるその姿は、誰もが王と認めるに相応しいものだった。
世界が救われた後でも、この世界の住民たちは油断しない。
つまらない油断で、命を取りこぼすような真似はしない。
元々、魔物という脅威が身近にある生活を送っている者たちだ。
一人一人、世界規模の災害から帰還したという実感を噛みしめながら、己の日常へと戻って行く。
たとえ、トーマのような超越的な強さが無くとも、人々は今日という困難を乗り越え、明日へと進んで行くのだ。
●●●
銀の悪竜との戦いが終わった後、トーマは超越者としての力を失っていた。
「んんー、流石に無からの復活には重い対価が必要なのかもー? 私の研究結果を用いれば、以前の強さを取り戻すことも不可能ではないけど、どうする? マスター」
「…………いいや、必要ない」
「その心は?」
「俺はテイマーだ。俺が弱くても、仲間に頼るさ」
「マスター…………でも、一般的に、S級最上位の魔物を殴り倒せる人間は、超越者ではなくとも弱者とは呼べないよー?」
シラサワの研究を用いれば、あるいは元に戻れたのかもしれないが、トーマはそれを良しとするつもりは無かった。
何故ならば、既に知っているからだ。
強さの果てに待つのは、存在しているだけで世界を滅ぼす災厄と成ることなのだと。
自身が強くなくとも、テイマーとして仲間を強くできるのならば、銀の悪竜を倒すことも出来るのだと。
――――自分一人で戦わなくとも、助けてくれる仲間が居るのだと。
「あ、だけどマスター。これは私の予測だけど、対価を支払ったことは、悪い結果ばかりではないと思うよー?」
「うん? どういうことだ?」
「ふふふー、それは試してみてからのお楽しみ」
何より、弱体化はトーマにとって損となることばかりでは無かったのである。
『ぴぴっ? 強そうな人間が、雑魚のオレっちに何の用っすか?』
「ば、馬鹿な! 最弱ランクの魔物が、俺が話しかけても逃げ出さない!?」
トーマは他と隔絶した超越性を失った。
だが、それはつまり、今までトーマを忌避していた魔物たちと、触れ合える余地が生まれたということである。
強さが孤独を生むのならば、弱さは時に仲間を生むことに繋がるが故に
「な、仲間に! 俺の仲間にならないか!? 一緒に、トップテイマーを目指そう!」
『オレっちは弱いから、無理無理っすー。他を探してー』
「大丈夫! 最下級の魔物でも、改造を重ねれば強くなるから!」
『倫理観が無いマスターはごめんっすー。んじゃあ、さようなら』
「待って!!?」
もっとも、問答無用で契約を断られることが無くなったとはいえ、今までろくに魔物と契約を結べてないトーマが、まともに新規の魔物スカウトできるわけもなく。
「う、うううっ……初めてまともに会話できた、最下級の魔物が……」
未だ、トーマがテイマーとして真っ当にスカウトを成功させるのは難しいようだった。
●●●
少しの時が過ぎた。
銀の悪竜の被害は大きく、完全に復興するまでは今しばらくの時間がかかるだろう。
だが、それでも人は明日を生きて行かなければならない。
悲しみと振り返ってばかりでは、前には進めない。
故に、王国は完全に復興していない状況でなお、S級トーナメントを開催した。
S級テイマーたちの戦いが、その強さが、新たに生まれるトップテイマーの姿が、国民の明日への希望になると信じたからである。
「やっぱり、メアリー・スークリムだろ」
「ヨハンが消えたなら、メアリー以外はあり得ない」
「でも、ダークホースも居るんじゃないか? ほら、あの」
「ああ、英雄の?」
人々は各々好き勝手に予想を口にしながら、王都のスタジアムへと集まる。
純粋に楽しみにしている者。
悲しみを乗り越えるために来た者。
将来の野望を見据える者。
様々な者たちが、S級テイマー同士の戦いを楽しみに集まって行く。
「トーマ、私の指のサイズを測っておいた方が良いわ。私に負けた場合、貴方はそのまま即座に入籍するのだから」
「まだ結婚可能な年齢じゃねーよ」
自信満々に告げるメアリーに、トーマは呆れたように答えた。
場所はS級トーナメントの控室。
観客席からの騒めきも聞こえない、静寂の空間だ。
「世界を救った特権として、そこら辺の法律を変えて貰ったら?」
「生憎、その特権はもう情報隠蔽で使い果たしているんだよ」
「なるほど、私のためね?」
「そうだよ」
「でも、トーマの功績を考えたのなら、情報隠蔽程度では――」
「とことん、メアリーと銀の悪竜が関わる情報を消し去った。信用のおけない相手に対しては、強制的な記憶処置も含めて、だ。割と無理を通したんだから、俺の特権が尽きるのは当然のことだろうが」
「…………ごめんね?」
「別に、お前が謝ることでもないだろ」
控室には、互いの仲間は居ない。
仲間は既に、スタジアムの魔物用控室にて管理されている。
もっとも、S級トーナメントに出場する魔物たちの管理など、テイマーに対する信用が無ければ無意味と化す程度には、無理難題ではあるのだが。
ともあれ、今はトーマとメアリーの二人きりである。
「メアリー、お前は何も悪くない。絶対に何も悪くない。悪いのは全部、銀の悪竜だ」
「でも、そうやって開き直れる人のことを、トーマは好きじゃないわよね?」
「ああ。でも、お前の場合は特別扱いだ」
「いいの? 英雄が贔屓しても」
「俺は、英雄である前に、メアリーの幼馴染だからな」
「………………ふふっ。今日はやたらと優しい言葉をかけてくれるのね?」
「ああ。この後、容赦なくお前を倒す予定だからな。機嫌を損ねないように、今の内にたっぷりと優しくしているんだ」
にやり、と不敵な笑みと共に告げたトーマの言葉。
それに応じるように、メアリーもまた、不敵に笑った。
「それはありがとう。でも、勝つのは私よ? だって、弱体化したでしょ? 貴方」
「それはメアリーも同じだろ?」
「さて、それはどうかしら?」
「じゃあ、試すか?」
「いいわね、試しましょう――――決勝戦で」
笑みを交わし合い、二人はどちらともなく共に立ち上がる。
「さぁ、行きましょうか」
「おうよ、皆が待っている」
幼馴染二人は今、競い合うライバルとして、同じ舞台へと進んで行く。
トーマ・アオギリとメアリー・スークリム。
これから、幾度もトップテイマーの座を争うことになる二人のテイマーの、最初の戦いが始まろうとしていた。




