最終話 テイマーの才能が皆無でも、トップテイマーになった少年の物語
とある少女の話をしよう。
少女の母親はナナ・アーズ。
S級テイマーの中でも、三強に数えられる偉大なる強者だ。
少女の父親はヴォイド・アーズ。
S級テイマーの中でも、もっとも人気のある開拓者だ。
どちらも、王国の歴史に名を残すほどの優秀なテイマーである。
知人、友人の中には王族やトップテイマーの名前もあるほど。
そんな二人が愛し合った結果生まれたのが、この少女である。
――――テイマーとしての才能が皆無の少女である。
ただ、全ての魔物から嫌われているわけでは無い。
母と父の仲間である魔物たちからから、少女は良くしてもらっていた記憶がある。
普通に触れ合えたし、家族としての絆を育んだし、好かれているという確信もある。
だが、それはあくまでも『マスターの娘』として。
少女の実力や素質が認められたわけでは無い。
故に、少女は求めた。
自分だけの仲間を。
自分に従ってくれる魔物を。
自分をテイマーにしてくれる相棒を。
「んんんー! ダメダメ! 危険ですぅ! 八歳の子供が魔物が住んでいる森に行くなんて危険だから駄目ですぅ! あの子たちを連れて行っても駄目ですぅ!」
「子供の頃に近所の森に単身で乗り込んだ馬鹿の台詞とは思えない……まぁ、最初は普通にレンタル魔物でいいんじゃないか? テイマーとしての実力を高めてからのスカウトでも遅くは無いだろ?」
母と父からは年齢を理由に反対された。
まだ早い。未熟。もう少し勉強してから、と。
けれども、少女は我慢しきれなかった。
何せ、両親の武勇伝をたっぷりと聞かされてきた少女である。自分も早くそうなりたい。両親の子供として、相応しい結果を出したいと考えたのだ。
「あいつらの子供が随分とお転婆に育ったものだ……いや、あいつらの子供だから、か」
だから、少女は信頼できる人へと頼み込んだ。
ジーク・オーガスタ。
S級テイマーの中でも、常に過酷な戦場を歩き渡り、弱者救済を掲げる聖人。
両親の知り合いの中でも、最も優しく、最も厳しい相手へと頼み込んだのだ。
魔物をスカウトに行くから、見守っていて欲しい、と。
「最低限、お前が傷つかないようにはする。だが、それ以上の手助けはしない。お前が望むものは、お前だけの力で手に入れなければ意味は無いからだ」
少女の予想通り、ジークは優しくも厳しかった。
連れて行く場所は、最下級の魔物しか存在しない草原地帯。
少女の服には予め、S級魔物でも貫けない加護を付与する護符を縫い込み済み。
万が一の時も、ジークが直ぐに対応できる距離で待ち構えている。
これからテイマーを志す者にとって、これ以上なく安全な方法で、少女は初めてのスカウトに挑んだのだった。
『ピチチチ? ピチチチチィ!』
『グルルルゥ!!』
『フシャア!』
『いや、生理的に無理』
そして、初めてのスカウトの結果は散々だった。
少女は合計百八体の魔物に声を掛けて、その悉くから拒絶されたのである。
予め魔物生態をきちんと調べ、その魔物に適したスカウト方法を実施したというのに。
むしろ、ちょっと分不相応な品を取引の材料として差し出そうとしたというのに。
最下級の魔物たちですら、少女のスカウトに一切応じなかったのだ。
「これはまるであいつの…………これは、お前の両親と相談しなければならないな」
少女の結果を見て、ジークはいつになく真面目な表情で呟いた。
その呟きを、少女は確かに聞き取っていた。
両親に内緒で魔物のスカウトに来たはずなのに裏切られた――――などと、少女は思っていない。それよりも最悪の事実が、少女を打ちのめしていたからである。
――――テイマーとしての才能が無い。
両親の仲間とは普通に会話が出来たというのに。
野生の魔物たちに話しかけたら、途端に塩対応。
威嚇されるのはまだいい方。悪ければ、殺意を持って襲い掛かってくる。
スカウト? 交渉? それ以前の問題だ。
少女はあまりにも、魔物というカテゴリーに属するものと相性が悪かったのである。
「ジーク! あの子を私たちに黙って森に連れて行くなんて!」
「落ち着け、ナナ。過保護になり過ぎるな。本当にあの子がテイマーを志しているのならば、必要な時間だった。それに、今はそのことよりも…………本当なのか? あの子が異様に魔物に嫌われていたって」
「ああ、残念ながら本当だ。あくまで俺個人の主観だが、その有様はあいつの性質と近かったように思える」
「そうか…………なら、時間がある時に、あいつと――」
草原から帰った後、ジークと両親の会話はほとんど少女の頭に入ってこなかった。
けれども、少女はなんとなく予想していた。
この後、自分が何を言われるかを予想していた。
だって、少女は馬鹿ではない。
魔物に嫌われる人間が、テイマーを志すのが愚か極まりないことぐらいわかっているのだ。
「――――う、うぅううう」
だが、わかっていてもなお、少女は自分の行動を制御できなかった。
こっそりと隠し持っていた隠密用の魔道具を起動。
両親とジークの目を掻い潜り、家から飛び出した。
目的地は森ではない。
近場の森ではない。安全圏ではない。
もっと遠く。魔導バスに乗って三十分。自宅から遠く離れた、人類の居住区の端の端。
B級からA級の魔物が多く住む、危険な山岳地帯に足を踏み入れたのだ。
「ちがう、ちがう、私はできる……できるもん……だって、お父さんとお母さんの娘だから」
少女は博識だった。
だから、知っていたのだ。
低級魔物から嫌われる体質であったとしても、一部の魔物――危険度の高い魔物には好まれる場合もあることを。
そういう体質を持ったテイマーが居ることを。
だから、少女はそれを証明しようと一人で危険地帯へ踏み込んだのだ。
「私にも才能はあるんだから!」
少女は馬鹿ではない。
では、何故、こんな自殺行為に等しい愚行に出てしまったのか?
それは偏に、家族に対する愛と、周囲からの期待によるものだろう。
両親が共にS級テイマー。知り合いも凄い人間ばかり。
故に、誰もが口に出さずとも無意識に少女へ期待を向けてしまっていたのだ。
『あれだけ凄い両親の子供なのだから、きっとあの子供も才能に溢れた人間なのだろう』と。
身勝手な期待を向けてしまっていたのだ。
無論、それは悪いことばかりではない。
誰にも、家族にも期待されない人生というのは虚しいものだ。
期待を向けられて初めて、自己肯定審が育つ人間も居る。
ただ、周囲の環境と己の才覚が上手く噛み合っている場合はそれでよくとも、空回りが始まると、途端に悲劇の幕を引くことに繋がれるのだ。
『グルルルル……』
「ひっ!?」
今回の場合のように。
「み、ミストドラゴン……A級の魔物……」
少女の前に現れたのは、不定形の白い霧だ。
だが、白い霧の中には、がぢん、がちん、と響く歯噛みの音が響く。
その特徴的な音、肌が泡立つような魔力の波動。
それを感知することで、少女は眼前の魔物の正体を的確に暴いたのだ。
「…………っ!」
常人ならば、腰を抜かして気絶するようなA級魔物の威圧を前に、けれども少女は立ち向かう。一歩踏み出し、ミストドラゴンへと近づいていく。
日頃、高位の魔物たちと触れ合う機会があったおかげか。
S級魔物でも貫けない加護に守られているという安心があったおかげか。
少女は踏み出し、ミストドラゴンへと声を掛ける。
「ね、ねぇ、貴方! 私の――」
『ガァアアアアアアアッ!!』
その不遜が気に食わなかったのか――否、違う。
ミストドラゴンは、少女の体質を嫌悪し、拒絶するために咆哮した。
真っ白な霧を集め、氷雪が混じったドラゴンブレスを放つ準備を始めた。
無論、少女には加護があるため、ミストドラゴンの攻撃は通じない。
「…………あ、あ」
だが、肉体の傷が付かないからと言って、精神に傷が付かないわけでは無い。
野生の魔物からの本物の殺意。
A級魔物による殺意を込めた攻撃は、たとえ、少女の肉体にかすり傷すら付けられなくとも、少女のこれからの人生を台無しにするようなトラウマとなるだろう。
「わ、私、私は」
――――ドォオオオオオオンッ!!
『ガァアアア!?』
「えっ?」
もっとも、この場には、それを良しとしない者が居たのだが。
「消し飛ばせ、アゼル」
『朝飯前だ、トーマ』
嵐を凝縮したようなドラゴンブレスが、ミストドラゴンを吹き飛ばした。
魔力を込めた暴風は、実態を持たないミストドラゴンだろうとも消し飛ばし、一瞬にして絶命させるほどの威力を持つ。
「わ、わぁ!?」
なおかつ、近くに居た少女には傷一つ付けない。
前髪を揺らす程度の余波に留める当たり、かなり力の操作に長けたドラゴンブレスだった。
「やれやれ、とんだお転婆だ」
少女が見上げると、そこには黒龍と、それに乗る一人の男が居た。
黒龍は、強い魔物に慣れているはずの少女が、思わず圧倒されるほどの巨体と威圧感を持っており、男は顔に傷がある以外は平凡な容貌だったが、威圧感は黒龍以上だった。
「――――あ」
そして、少女はこの男の正体を知っていた。
「トーマおじちゃん!」
「まったく、無鉄砲なところは誰に似たんだか」
男――トーマは黒龍から降りて、平然と少女の隣の地面に立つ。
結構な高度からの着地だというのに、一切の衝撃を出さずに。
「帰るぞ、お転婆娘。お前の両親が待っている。最低一時間の説教は覚悟しておけ」
「う、ううっ……」
少女は呻いて拒否感を示すが、トーマはそんな少女に取り合わず、あっさりとその肩に少女を担いで見せた。
「お、おろしてー! 私はまだやらないといけないことがあるの!」
「はぁーあ、やれやれ」
担がれてもじたばたと抵抗する少女に、トーマは露骨にため息を吐く。
「私、私は! 才能があるって、お父さんとお母さんに、言えるようにしないと――」
「阿呆」
「あうっ」
べしん、とかなり手加減されたトーマのデコピンが、少女の額を弾いた。
「だったら猶更、両親に手伝ってもらえ。一人の力でたかが知れてる」
「う、ううう…………トーマおじちゃんは強いから……すごいからそんなこと言えるんだ……でも、私は才能が無くて……魔物にも、ぜんぜんお話を聞いてもらえなくて――」
「なんだ、俺と同じか」
「えっ?」
少女を抱えたまま、トーマは何でもないように言う。
「俺も、魔物から嫌われる体質だったんだよ」
「……う、っそだぁ! だって! だって! トーマおじちゃんは! 今まで何度も、トップテイマーになったすごい人で!」
「そう、俺は凄い。現役トップテイマーだ、そりゃ凄い。だからな?」
少女にその顔を見せぬまま、苦笑と共に告げる。
「才能が皆無でも、トップテイマーになれるんだよ」
少女はその言葉を素直には受け取れなかった。
何を言おうとも、トーマの台詞は成功者の戯言に過ぎないからだ。
ただ、それでも。
「じゃあ、じゃあさ! トーマおじちゃんが、私を一人前のテイマーにしてよ!」
愛する両親に誇れる自分でありたい。
その気持ちは紛れもなく本物で、たとえ幼くとも、覚悟を決めてトーマへ言葉を返した。
「はっ。いいぜ、お前が両親から許可を取れたなら、うちの子供とまとめて立派なテイマーに育ててやるよ」
少女は知らない。
これから先、トーマによる地獄の特訓が待っていることを。
破天荒を地で行くような同世代の子供と出会い、長く友情を築き上げることを。
このやり取りが、将来のテイマー業界に君臨する強者たちの始まりであることを。
「さぁて、それじゃあ、お前が両親に叱られている間に、俺も嫁さんからお叱りを受けるとするかね」
「え? トーマおじちゃん、何か悪いことしたの?」
「友達の緊急コールに即座に対応した所為で、貴重な休日デートを切り上げた」
「…………メアリーおばちゃん、怒るとすごくこわいよね?」
「うん、怖い」
かくして物語の幕は閉じる。
才能が皆無だった少年は頂点へと辿り着いて、今度は自分と同じ場所で躓く誰かの手を取り始める。
自分が見た光景を、次の誰かに託すために。




