第205話 悪竜を討つのは
「珍しく気を利かせようと思ったら、この出戻りだ!」
『余は今、ストロベリーパフェ食べてたんだけどぉ!?』
この場に集った仲間たちの中、最初に動いたのがヨハンとニュクスだ。
「僕たちは守勢に集中! 攻撃はあの黄金の炎に任せて!」
『了承したぁ!』
ヨハンはニュクスを最大強化。
ニュクスは闇をシールド状に展開し、トーマたちの盾となる。
「さぁ、行くよぉ、お前たち!」
「「「おうっ!!!」」」
集まった仲間たちの中には、アラディアを筆頭としたS級のテイマーやウィザードの姿があった。
彼らは魔術による結界を発動。
銀の悪竜を中心に展開し、攻撃の余波で惑星が壊れないように戦いの舞台を作り上げた。
「まったく、水臭いってば!」
「友達なんだろう!? だったら、少しは頼れ!」
「復讐に付き合ってくれた礼、この場でさせてもらう!」
ナナ、ヴォイド、ジークを筆頭とした学園の友達は、トーマへ魔力を渡し始める。
より関係性が深く、縁が太い人間だからこそ、第二固有魔法を発動させたトーマにとっては、絶好の魔力供給源となるのだ。
「まぁ、お前が死ぬと本格的に世界がやばいらしいし」
「ここはひとつ、力をお前に集めるってことで!」
「あははははっ! 王道少年漫画みたーい!」
その他、トーマと一度戦ったことがある者から、さほど関係性が深くない者まで、多くの人間たちがこの場に集っていた。
それぞれ、様々な理由はあれども、全ては黄金の炎が導くままに。
「一応、この場に来た人間には事前に確認を取っているからね、マスター」
シラサワが世界中に放った黄金の炎を利用して、作り上げていた転移用の『門』を介して。
今、銀の悪竜の脅威に対抗するため、多くの者たちがこの場に集まっていた。
「――――つくづく、有象無象」
しかし、そんな集まったトーマの仲間たちを、銀の悪竜は呆れた声で見下す。
「塵芥が集まったところで、私たちをどうにかできるとでも?」
銀の悪竜は、躊躇いなく己の存在を燃料にして銀の光を生み出す。
破滅の光を作り上げる。
この場に集まって、多くの人間を即死させることが可能な攻撃を放つ。
速度はもちろん、光速。
リソースは全盛期に比べれば矮小であるが、攻撃出力だけは、今の銀の悪竜は全盛期とも変わらない。
容易く、惑星を砕ける一撃を、通常攻撃のような感覚で重ねて来るのだ。
当然、この場に集った者たちは数人を除いて、銀の悪竜の攻撃に対応できない。
どれだけ人が集まろうとも、銀の悪竜と戦える領域に達していなければ、たった一撃で消し飛ばされてしまうのだ。
「塵芥? 案外、お前は見る目がねぇよな、銀の悪竜」
しかし、その銀の光はかき消される。
ニュクスによる闇の防御だけではない。
破壊の権能によって、甚大なダメージを負っていたトーマたちが立ち上がり、銀の悪竜の攻撃が仲間に及ぶ前に消し去ったのだ。
「こいつらのおかげで今、俺はこうやって立っていられるんだからよ」
瀕死の体のまま、トーマは立ち上がる。
回復魔術は使わない。
その分のリソースを全て、拳に込める。
「なるほど。貴方の固有魔法から考えるに、縁が繋がった者が居る限り不死なのね。でも、対処法は簡単よ。貴方も含めて、一切合切の全てを消し去れば、貴方は復活できない」
渾身の一撃の気配を察知して、銀の悪竜は警戒を高めた。
黄金の炎と、トーマの拳のみが厄介。それ以外は無視しても構わない。
有象無象どもでは、銀の悪竜に傷を付けられない。
ヨハンという超越者だけは油断できないが、メアリーが一度勝利した相手だ。多少手間はかかるものの、処理の方法は分かっている。
「さぁ、今度こそ私たちの物語を終わりにしましょう」
故に、銀の悪竜が選んだのは短期決戦。
元々、自身の情報をリソースとして使っているのだ。限界は近い。
だからこそ、その限界が来る前にまずトーマを倒す。その次に、息つく暇も無く、惑星を砕く。世界を滅ぼす。何も問題は無い。
「ああ、終わりにするぜ」
銀の悪竜とトーマは、互いに集中力をぶつけ合うように睨み合う。
他の者たちは動けない。
宿敵同士の二人がぶつけ合う、威圧の凄まじさに動けない。
「「――――」」
そして、雌雄を決するように互いは示し合わせるまでも無く、同時に動いた。
同時に、互いの姿が見えなくなるほどの速度で動いた。
「銀の光よ!」
銀の悪竜が放つのは、銀の光。
トーマを貫き、結界すらも貫通して、惑星を滅ぼす一撃。
一方、トーマが行ったのは拳による迎撃――――ではない。
「馬鹿が、俺はテイマーだって言ったつもりだがな?」
トーマは拳による迎撃では無く、魔術の発動を選んだ。
己の渾身を込めた、強化魔術の発動を。
「我が【黒】は、全てを飲み込む」
アゼルは神器を振るい、銀の光を受け止める。
「魔弾転換」
イオリは銀の光を受け止めた【黒】を加工し、一発の弾丸へと変える。
「イグニッション」
レオンハルトは弾丸に着火し、全てが曙光に染まるような黄金の炎を生み出す。
「第二固有魔法流用――――因果応報」
シラサワの術式が、黄金の炎をあるべき場所へと導く。
トーマと最も縁深く。
黄金の炎が、最も焼くべき場所へと。
銀の悪竜が同化している、メアリーの魂へと。
「っつ! させるか――」
「それはこちらの台詞だ」
『元最強の意地を張らせてもらおう』
銀の悪竜は黄金の炎に抗わんと、再度の銀光を放とうとする。
だが、ヨハンとニュクスが発動させた闇が妨害した。
銀の悪竜の手足に、鎖の如く巻き付いた闇が、一瞬だけ銀の悪竜の自由を奪う。
けれども、その一瞬だけで全ては事足りた。
「さぁ、退場の時間だ。銀の悪竜」
銀を焼き尽くす黄金が今、救うべき少女の魂を包み込んだ。
●●●
絶望は底なし沼の如く。
いくら足掻こうとも無意味。
手足を動かして藻掻こうとも、いずれは疲れて沈むのみ。
そもそも、足掻くことにも希望は必要だ。
怒りでも、悲しみでも、苦しみでも。
何かの感情は必要なのだ。
けれども、その少女は絶望していた。
何もかもにも絶望していた。
自分が銀の悪竜の端末だったことではない。
そんなことなど、些細なものだ。生まれがどうであろうとも、少女は少年を愛している。それだけで、何もかも乗り越えられて行ける。そのはずだったのに。
――――少女は少年を殺してしまった。
言い訳はしないし、したくない。
少女の弱さが、銀の悪竜を呼び込み、少年を殺してしまったのだ。
その時点で、少女の心は砕けてしまったのである。
故に、少女は魂の内側の絶望へと沈み、外側に一切の意識を向けずに居たのだ。
「…………?」
曙光の如き黄金の光が、魂の中へ差し込んで来るまでは。
「…………え、は?」
黄金の光は消し飛ばす。
泥沼の絶望を消し飛ばす。
まるで、泣いて蹲る子供を蹴り上げるかのような乱暴さで、少女の精神を引き上げる。
有無も言わせず、強制的に。
「なにを―――」
困惑のまま、少女の意識は浮上する。
銀の悪竜の同化など、浮上の途中で弾き飛ばして。
少女――メアリー・スークリムの意識は覚醒する。
そして。
「…………ぷはっ。やっと起きたか、この寝坊助め」
「…………ほへ?」
メアリーはつい先ほどまで、自分がトーマから長々と口づけを受けていたという事実を知った。
「へ、あ、えぇえええええええ!!?」
『『『いえぇえええええいっ!!!』』』
メアリーが真っ赤な顔で叫ぶのと、何故か集まっている大勢のギャラリーが歓声を上げるのはほぼ同時。
「まったく、とんだサプライズだ」
そんなメアリーの困惑を、トーマは微笑ましく眺めていた。
胸の中に確かに灯る、温かな実感と共に。
●●●
『愛と絆が世界を救うなんて、陳腐極まりない』
メアリーから弾き出された銀の悪竜は、吐き捨てるように呟いた。
既に、銀の悪竜の情報は崩壊寸前。
魂は黄金の炎に焼かれているので、既に消滅は確定している。
ここから足掻ける余地は皆無。
『そう思わない? カティ』
故に、出来ることと言えば、先ほどまで傍観していた己の根源たる少女へ、皮肉交じりの言葉を投げかけるのみ。
「そう? 綺麗ごとで終われるのなら、それが一番だと思うけど?」
銀の悪竜に呼びかけられた少女は、肩を竦めて皮肉を受け流す。
「それと、私はアルだよ。カティという少女は死んだ。あの時、大多数の魂と混ざり合って死んだ。私はただの残滓に過ぎない」
『その残滓が遠因で殺されるのだから、やはり自業自得ってことなのかしら?』
「そうだね。多分、神様の理不尽に抗う時、人間として戦うか、怪物として逆襲するか、その選択肢を間違えたのかもね。まぁ、そのおかげでメアリーちゃんが生まれたんだから、別に悪いことだけじゃないよ」
『邪悪の権化である私に、そんなこと言うのは貴方ぐらいよ』
「そりゃあ、貴方も私も似たようなものだから」
少女は、アルは、あっけらかんと告げる。
その言葉に、銀の悪竜は『あはははっ』とかつて存在していた少女のように笑って。
『そうね。トーマと出会えたのだから、邪悪の死に方としては出来過ぎね』
黄金の炎に焼き尽くされて、情報の一片すら残さずに消え去った。
これが、数多の世界を滅ぼした災厄存在、銀の悪竜の最後だった。




