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第204話 悪を滅ぼす者

「は?」


 トーマが蘇った瞬間、銀の悪竜は驚愕した。

 いや、それはもはや驚愕という言葉で言い表せる衝撃では無かった。

 何せ、初めてだったのだ。

 銀の悪竜が活動を始めてから、数千年以上の時が過ぎて、数えきれないほどの異世界を滅ぼしてなお、無を否定して蘇った者など居なかったのだから。


「………………???」


 銀の悪竜は目を凝らす。

 けれども、どれだけ注意深く観察しようとも、眼前のトーマは本物だ。

 肉体も、精神も、魂すらも紛れも無く本物だ。

 本物に近い複製ですらない。

 どんな贋作師だって作れない、正真正銘のトーマ・アオギリだった。


「油断が過ぎるぜ、銀の悪竜」


 そして、銀の悪竜の驚愕は、トーマにとっては絶好の隙だった。


「再演しろ」


 トーマは何気なく指を鳴らす。

 すると、トーマと仲間たち、銀の悪竜を包み込むように闇の結界が敷かれる。


「生憎、俺一人だけの力だと結界の維持と『外側への被害防止』ぐらいしかできないが。それでも、俺たちとお前が遠慮なく戦える舞台には十分だろう?」

「…………っ!」


 銀の悪竜は、闇の結界に取り込まれたことでようやく正気を取り戻したのか、即座に竜銀を周囲にばら撒く。

 竜銀から発する光で、闇の結界を少しでも自分の領域へと変えるために。


「いや、いやいやいや…………そう、そうね! 貴方は復活した。無を否定した。超越した。認めがたいけれども、そこは事実として受け止めましょう――――だけど!」


 そして、光によって周囲を照らしたからこそわかることがある。


「復活のために支払った対価は決して安くは無いようね!」


 正気を取り戻したが故に、銀の悪竜は正しくトーマを観察できた。

 もう、正真正銘の本物であることは疑わない。

 だが、本物だとしても、恐るべき超越者だったとしても、流石に無からの復活に何の対価も支払っていないわけが無い。


「随分と、弱くなったわね?」

「ふん。まぁ、流石にわかるか」


 にやり、とメアリーの顔で邪悪に笑う銀の悪竜。

 その指摘に、トーマは飄然と肩を竦めた。


「わかるわ。今の貴方は精々が、S級最上位の魔物と同程度の強さしか持たない。もちろん、それでも十分にこの世界の人間にとっては脅威だろうけども――――貴方本来の強さからは程遠い! 超越者としての力は使えない!」


 メアリーの推察は正しい。

 今のトーマは弱い。

 存在しているだけで、世界が滅ぶような強さはおろか、超越者としての力も持ち合わせていない。

 無論、弱くとも、相手を打倒して勝利を掴む意志力と運命力は健在だろうが、状況は圧倒的に銀の悪竜の優位だ。


「何より、貴方は『私たち』を殺せない!」


 何故ならば、トーマはメアリーを殺せない。倒せない。

 愛しい相手を傷つけることなんて出来ない。

 守るために気絶させることや、体の一部を吹き飛ばすことは辛うじて可能だろう。

 だが、愛する者を殺すことは出来ない。

 たとえ、殺さなければ世界が滅ぶとしても、トーマにメアリーは殺せない。

 これは、この世界の真理よりも確かなことだ。


「私が、『私たち』である限り、貴方は勝てない!」


 銀の悪竜は、愉悦の笑みを浮かべながら竜銀を放つ。

 相手の血肉を穿ち、浸食する己の一部を放つ。

 今のトーマよりも、銀の悪竜の方が強い。

 その上、メアリーと同化している限り、トーマは下手に手出しできない。


「だから! 貴方が復活しなくなるまで、私も何度でも殺してあげる!」


 故に、放たれた銀の一撃は、トーマを再び消滅させる。


「「「甘い」」」


 そのはずだった。

 【黒】が、銃弾が、黄金の炎が、放たれた竜銀を消し飛ばさなければ。


「おいおい、銀の悪竜。まさか、吾輩たちを忘れていたのか?」

「貴方にとっては有象無象の塵以下かもしれませんが、生憎、私たちはマスターの仲間ですので、ええ」

「その通り。貴様は些細なことだと見落としていただろうが、当たり前のことを言わせてもらいましょう」



「「「トーマ・アオギリはテイマーだ」」」



 【原初の黒】――アゼル。

 滅んだ世界の最終兵器――イオリ。

 黄金の放浪者――レオンハルト。

 三体の仲間が今、銀の悪竜の攻撃を阻むかのように、トーマの前に立つ。

 まるで、どこにでもあるような、テイマーの魔物たちの在り方のように。


「…………はっ」


 仲間たちの言葉に、献身に、トーマは涙が滲みそうになり――そんな自分を笑い飛ばした。

 最強のテイマーだったら、こんな時どうする?

 呑気に涙を流して感動する?

 ――――それは違うだろ。


「行くぞ、お前らぁ! 今度こそ、あの悪竜を倒す!」

「「「おうっ!!!」」」


 トーマが吠え猛り、三体の仲間がそれに応えた。


「だから! できないと言っているのよ!」


 銀の悪竜の顔に笑みは無い。

 余裕は無い。

 トーマは弱くなった。

 周りに居るのは有象無象。

 だというのに――――銀の悪竜の勘は『油断するな』と警鐘を鳴らしている。


「アゼル! イオリ!」

「神器顕現」

「魔弾装填」


 名前を呼ぶだけのトーマの指示。

 けれども、トーマは腐ってもS級テイマー。

 契約のラインが繋がった仲間に、具体的な指示を送る程度、名前を呼ぶ程度の簡単な動作で可能となる。


「完全に同化していようがぁ!」

「その同化には、魔力を使っているのですよね!?」


 アゼルの固有魔法である【黒】が装填されたイオリの魔弾。

 それが、銀の悪竜へと殺到する。

 直撃すれば、あらゆる魔術を消し去る【黒】の魔弾が。


「易々と当たるとでも!?」


 しかし、その弾丸は竜銀の壁に阻まれる。

 いかに魔力を塗り潰す【黒】とはいえ、その総量には限度が存在するのだ。

 黒の絵の具だろうが、大量の水の前では押し流されるのみ。


『ガウッ!!』


 されど、防がれた魔弾の嵐は、一時でもレオンハルトを銀の悪竜の視界から隠すための誘導に過ぎない。

 本命の攻撃を携えたのは、黄金の獅子へと姿を変えたレオンハルトだ。

 そう、竜銀の特攻となる黄金の炎を持つ、浅からぬ因縁の持ち主だ。


「温いわ!」

『ギャンッ!?』


 されど、それでも届かない。

 銀の悪竜は一瞬、メアリーの右手を竜のものへと変化させて、レオンハルトを殴り飛ばした。


「……ちっ」


 その対価として、いくらか殴った腕が焼けてしまったが、即座に斬り落として再生。

 今の銀の悪竜にとって、肉体的欠損など、かすり傷程度の痛痒にもならない。


「忌々しいわね、黄金の獅子」


 けれども、黄金の炎に関しては別だ。

 あの炎は当たった瞬間に、銀の悪竜の魂を焼こうとしていた。

 メアリーの分もまとめてでは無く、銀の悪竜の部分だけを。


「やはり、有効か。レオンハルトを中心にフォーメーションを組む。恐らく、一撃でもまともに黄金の炎が入れば、後は俺が引き剥がせる」


 当然、トーマたちもそれを認識している。

 黄金の炎が、銀の悪竜にとっての有効打であることを。

 だからこそ、トーマたちはS級にまで上り詰めた技量を全て注ぎ込んで、銀の悪竜を追い詰めようとして。


「仕方がないわ、これをすると私自身の存在も危うくなるけれども……まぁ、それで勝てるのならば誤差ね――――月下超越」


 追い詰められた銀の悪竜は、容易く禁じ手を使った。

 銀の悪竜という己の情報をリソースとして使い、メアリーの肉体を強化。

 足りぬ力を補い、疑似的にかつての権能の一部を再現する。


「滅びなさい」


 通常攻撃で、容易く惑星一つを滅ぼす、理不尽極まりない破壊の権能を。


「ぐっ!?」


 トーマたちは最善の行動を取った。

 考え得る限り、最高のタイミングで破壊の権能の威力を相殺し、闇の結界の効果も合わせて、惑星が滅ばないように行動した。

 けれども、その代償は軽くない。

 闇の結界は砕け、破壊の権能を相殺した余波で、トーマたちは一瞬にして瀕死寸前まで追い込まれる。


「あはっ! あははははは! 私! ワタシ!? アタシ!? 自分!? オレ!? いいえ、どうでもいいわ! 数秒後に、私自身の存在が消え去ろうとも! 今、この時、トーマに勝利することが全て!」


 銀の悪竜は、自身の情報が自壊していく苦痛に耐えながら、空から降り注ぐ陽光を浴びた。

 もう既に、戦いの衝撃を遮断する結界は無い。

 今の銀の悪竜が本気で戦えば、その余波だけで惑星は滅ぶ。

 トーマたちがそれを防がなければならないことを考えれば、地の利は銀の悪竜にある。


「何もかも滅びなさい!」


 けれども、今の銀の悪竜にとっては些事だ。

 渾身と共に放つは、破滅が約束された銀の光。

 己自身すら焼き払う、渾身の力を込めて、銀の悪竜はトーマたちを滅ぼそうとして。


「私の存在を忘れていたようだねぇ!」


 闇の結界が発動した時点で、姿を消していたシラサワの声が響き渡った。

 直後、銀の悪竜が放った銀光は、己自身の影から湧き上がった闇に飲み込まれる。


「私はこれでも研究者だからねぇ。マスターに先を越されてしまったが、私も言わせてもらおう。満を持して――――こんなこともあろうかと!」


 そして、銀の悪竜は見た。

 シラサワの背後に並ぶ、強者たちの姿を。


「知らなかったら教えてあげよう、銀の悪竜。私たちのマスターはね? 御覧の通り、意外と知り合いが多いんだよー」


 トーマと確かな縁で繋がった、この世界で生きる者たちの姿を。

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