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第203話 こんなこともあろうかと

 レオンハルトは長きに渡る時間、好機を窺っていた。

 銀の悪竜を滅ぼす機会を伺っていた。

 だが当然、黄金の獅子と銀の悪竜の格差では、そんな機会は訪れることは無い。

 精々が銀の悪竜の悪意から、多少の人間を逃がすことぐらいだ。

 都合よく、銀の悪竜を滅ぼす好機なんで出てこない。

 数千年以上の時間が経ても、そんなことは起こらない。

 故に、レオンハルトは虎視眈々と力を蓄えることにした。

 助けた人々から少しずつ力を貰って、銀の悪竜を追いながらも、コツコツとリソースを己の内に溜め込んでいた。

 いつか、己の本懐を果たす時に、必要になると信じて。


「銀の悪竜よ。我が黄金を受けるがいい」


 そして今、大願成就の機会はやって来た。

 銀の悪竜を倒す、これ以上ない好機がやってきたのだ。

 ならば当然、今まで溜め込んでいたリソースを出し惜しむ必要は無い。

 その総量、世界七つ分に相当する絶大な魔力が、レオンハルトの体から黄金の炎として体外へと放出される。


「術式転用! さぁ、我らがマスターを迎えるための火を焚こうか!」


 その黄金の炎を、シラサワが魔術を持って世界中に広げる。

 過去に二度、竜銀を焼いた術式を転用し、世界中に及ぶ銀化の浸食を焼き払う。


「私の因子よ、世界に響け!」


 そして、滅んだ世界の最終兵器は、己を構成する要素――トーマの戦闘データを媒体として、世界中へと及ぶ魔術を発動させた。

 トーマと契約し、その情報を受け取っていたイオリだからこそ発動可能な魔術。

 トーマが『最悪の場合』を想定して遺した、第二の固有魔法を発動させる。


「さて、残るは吾輩か」


 イオリの魔術は発動した。

 黄金の炎を媒体として、世界中に広がるトーマの第二固有魔法。

 その効果は、今すぐに発揮されるものではない。

 そもそも、本当に想定された通りの効果が出るかも不明。

 万が一の最悪に備えた魔術であるが故に、ぶっつけ本番なのだ。

 だからこそ、【原初の黒】にして、トーマと最初に契約した仲間であるアゼルには、重大な役割が残っている。


「――――あはっ」


 銀の浸食を妨げるような黄金の炎。

 その発生源を突き止めた、銀の悪竜との戦闘である。


「何かと思えば、トーマの『おまけ』が悪あがきをしているのね。まったく、無粋極まりないわ。おかげで、浸っていた気分が台無し」


 銀の悪竜はメアリーの顔で笑い、メアリーの仲間たちを背後に従えている。

 時折、黄金の炎が銀の悪竜たちを飲み込もうとするが、流石に本体は容易く燃えない。黄金の炎を蠅でも払うかのように何度も掻き消して、平然とした様子でアゼルたちと相対している。


「こんなのが到底、私たちに及ぶとは思えない。だけど、折角の終わりを台無しにされたんだもの。きちんと後片付けしないと」


 銀の悪竜が軽く手をあげる。

 それだけで、メアリーの仲間たちが牙を剥いた。

 マレが竜銀を含む、スライム状の体積を広げて。

 デンスケが雷の如き速さで迫る。

 イグニスの炎が、黄金の炎と魔術の発動を阻害しようと迫る。


「神器顕現」


 その全てを、アゼルが【黒】の固有魔法で消し去った。


「守勢は趣味では無いが、これも仲間のためだ。たまには悪くは無い」


 少女の姿を維持したまま、アゼルはその手に神器を顕現させた。

 原初の竜たちは、神器の姿を自在に変えられるが、大抵の場合は、己に性に合った武具へと変わる。

 ただし今回の場合、アゼルは神器を巨大な筆として顕現させた。

 筆の先に己の【黒】を染み込ませ、書でも描くかのように、数多の攻撃を塗り潰すために。


「あら、知らないの? 普段と違うことをするのは、これ以上ないほどに死亡フラグよ?」


 全身全霊で守勢に回るアゼルに、銀の悪竜は容赦なく攻撃を加えていく。

 メアリーの仲間たちを、使い捨てにするような無茶な突撃を繰り返させて。

 その背後から、顕現させた竜銀を弾丸のように撃ち込んでいく。


「ぬ、ぐ、うううううっ!」


 うめき声を上げながら、アゼルは全ての攻撃を【黒】で塗りつぶす。

 時折、【黒】でも捉えきれない攻撃がアゼルを襲うが、それでも守勢を緩めない。

 真体に変化すればあるいは、一時的に耐えきれるかもしれないが、そうなれば仲間たちの魔術の発動を邪魔してしまう。

 故に、アゼルは少女の形のまま戦う。

 その目に強い意志を宿して。


「意外ね、【原初の黒】。メアリーの記憶だと、貴方はトーマに無理やり仲間にされた所為で、モチベーションに欠けるって話だったけれど?」

「――――はっ! いつの話をしているんだか!」


 肉を削られ、血を流し、体の一部を竜銀に浸食されようとも、アゼルの威は全く衰えない。


「吾輩は! 絆で結ばれた人間と魔物が、困難を乗り越えるのが好きなんだ! だから!」


 周囲に暴風を発生させ、【黒】を乗せて疑似的な結界を構築。

 神器を振るうだけでは無く、己の魔力を絞り上げるように【黒】を使い、死守を続ける。


「今! この状況こそが、まさにそれだろうが!!」


 笑みと共に言い放つアゼル。

 その表情には一切の欺瞞が無い。

 そう、アゼルはとっくの昔に、トーマを本当の意味でマスターと認めていたのだ。

 才能が皆無のトーマであったとしても。

 世界の仕組みが関わるレベルで、魔物に嫌われているトーマでも。

 始まりが不本意だったとしても。

 確かに、魔物と絆を交わし合える。

 その証明が、今のアゼルの姿なのだ。


「…………」


 アゼルの奮闘に、銀の悪竜は僅かに眉を顰めた。

 何を不愉快に思ったのか、それは銀の悪竜自身にもわからない。

 ただ、この光景は直ぐに壊さなければならないと、本気を込めた攻撃を仕掛けようとして。


「――――来ました!」


 歓喜に満ちたイオリの声が、銀の悪竜にとってのタイムリミットを告げた。



●●●



 トーマは己のことを無敵の超人だと思っていない。

 むしろ、敗北も挫折も度々起こる人間だと理解している。

 それは魔王を討伐し、世界最強に近い立場になった時でも変わらなかった。

 故に、第二固有魔法を開発したのも、いざという時に備えてのことである。

 敗北しないための魔法では無く、敗北した時に備えての魔法。

 つまりは、今、この時のために用意されたものである。


【縁が繋がる】

【黄金の篝火に照らされ、縁が映し出される】


 既に、アルによって忠告は受けていた。

 自身が敗北に至る可能性を考慮し、銀の悪竜ならばどうするかを考えていた。

 ならば当然、魂が消滅させられるという事態も想定しておくべきである。

 銀の悪竜は並々ならぬ悪意の持ち主。

 万が一にでも復活は許さないだろう。

 つまりは、銀の悪竜の悪意を凌駕するためには、無からの復活を果たさなければならない。

 肉体も、精神も、魂も無いというのに、復活して見せなければならない。

 それも、単なる複製ではない。

 トーマの意識と模造した魂による代替品では、銀の悪竜の度肝を抜くことは出来ない。

 だからこそ、やるべきことは無の否定だ。


【トーマ・アオギリという少年】

【トーマ・アオギリという友達】

【トーマ・アオギリという英雄】

【数多の縁が影の如く伸びて、一つの地点へ収束する】

【より縁が深い相手の眼前へ、トーマが紡いで来た縁が収束する】


 因果を扱う魔術師であるが故に、トーマは知っている。

 人はどれだけ孤独に生きようとも、様々なものと繋がっているということを。

 小さな縁から、大きな縁まで。

 様々な縁に繋がって生きている。

 そして、縁には僅かなりとも力があるものだ。

 人を知る。人と知り合う。絆を築く。それらの行いは決して無意味でもなければ、無力なことでもない。

 人は縁を繋ぐことで、自分自身の情報を他者へと渡すことが出来るのだから。

 ――――そう、情報。

 人間はある種、膨大な情報の集合体だ。

 肉体から精神、魂までも膨大な情報で満ちている。

 ならば、こうは考えられないだろうか?

 たとえ魂さえも滅ぼされたとしても、この世界にトーマが生きるに足る分だけの情報があるのならば、それは真なる消滅を意味しないのではないかと。

 誰かの胸の中、記憶の中にある限り、トーマは死なないのではないかと。

 そして、縁が繋がり、それらの情報が集まるのならば。

 人が生きるに足る分だけの情報が集まるのならば。


【空間が軋む】

【膨大な情報が、世界の構造を歪ませる】

【縁で繋がった情報の暴力が、世界の法則を否定する】

【即ち、無に還った者が蘇らないという、当たり前のルールを踏み砕く】


 人は無の状態からでも、復活できるのではないか?


【トーマの第二固有魔法】

【その名は『尽きぬ喝采』。幕が下ろされてもなお、続きを望む者たちが居る限り、アンコールの喝采が響く限り、トーマは何度でも蘇る】


 今、それが証明される。


【縁は繋がり、カーテンコールが鳴り響く】




「こんなことも! あろうかとぉ!!!」



 かくして、一人の少年は蘇る。

 数多の人の縁に助けられて。

 無さえも否定し、超越して。

 大切な者を守るために、トーマ・アオギリは再び宿敵の前に立つ。

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