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第201話 唯一の弱点

 銀の悪竜は、一度目の相対の時には既に、トーマの本質を見抜いていた。

 ――――超越。

 ありとあらゆる困難を乗り越える者。

 理不尽を踏み砕き、逆襲を果たす者。

 過程はどうあれ、最終的には勝利を掴む、絶対的な超越者。

 それこそが、トーマ・アオギリの本質であると見抜いたのである。


 故に、銀の悪竜は早期に力押しでの決着は諦めた。

 一度や二度ならば、様々な創意工夫を重ねてトーマに勝利することは可能だろう。

 けれども、それは一時の勝利に過ぎない。

 勝利したとしても、トーマの存在を消し去ることは出来ずに、逃げられてしまうか、あるいは誰かに助けられてその場を脱するだろう。

 そして、ある程度の時間を経て、リベンジに来たトーマに敗北するのだ。

 さながら、物語の主人公のように。

 トーマには『絶対的な勝利』を掴み取るだけの運命力がある。

 単純に強いだけではなく、運命という目に見えぬ強制力へと働きかける何かがある。

 それがある限り、銀の悪竜はトーマに真の意味で勝利することは不可能であると考えた。


 では、どうするべきか?

 弱体化を狙う?

 愚策だ。弱体化させようとも、トーマの意志が折れぬ限りは、何度でも超越してくる。

 人質を取る?

 論外だ。トーマの固有魔法は、銀の悪竜の魂ですら滅殺することだろう。

 大人しく諦める?

 冗談にもならない。銀の悪竜という悪意は、敗北を認めた瞬間から存在意義を失ってしまう。強者に首を垂れるような余地が残っているような存在ならば、数多の世界を滅ぼす邪悪に成り果てることなどは無いのだ。

 故に、銀の悪竜はその性能を、悪意を存分に働かせて、一つの結論を導き出した。


 ――――そうだ、弱点を狙おう、と。


 トーマには唯一にして絶対の弱点がある。

 メアリー・スークリムという弱点が。

 ただし、その弱点を突くことは容易ではない。

 下手に近づけば、その時点で死ぬ。

 悪意を持って接触すれば、その時点で死ぬ。

 トーマという個人戦力と固有魔法の二段重ねの防壁は、銀の悪竜を持ってしても突破することは容易ではない。

 けれども、接触することさえ出来たのならば、勝機はある。

 何故か?

 それは元々――――メアリー・スークリムは銀の悪竜の端末だからだ。



●●●



「ネタ晴らしをするとね。月の愛し子であるメアリー・スークリムは、私が仕込んだ端末だったの」


 メアリーは――否、銀の悪竜は語る。

 血の涙を流し、引きつった笑みを浮かべながら語る。


「この世界で作り上げようとしていた喜劇の主人公なの」


 胸に風穴を開けられたトーマは、銀の悪竜の足元で倒れている。

 復活はしない。

 いつもならば、心臓が貫かれた程度では即座に回復し、仮に肉体的な死を迎えたとしても、それを超越して復活するというのに、今のトーマにはその気配は無い。


「実は、私は随分前にこの世界を訪れていたのよ? その時に、竜王は既に掌握済み。ほら、星の中核に位置する場所に座しているのに、竜銀に気づかなかったのはその所為。最初から、私が掌握して、竜銀をあそこに仕込んでおいたの。そう、実は、星の中核にあった竜銀は私の本体が散らばった時に入り込んだわけじゃないの。最初からそこに在って、竜王を支配していたの」


 そんなトーマを見下ろしながら、銀の悪竜は三日月の如く笑みを歪める。


「魔物に愛される、テイマーの才能に溢れた素敵な美少女。彼女を主人公として、物語を描こうとしていたの。悪役はあの魔王。貴方が倒しちゃった彼にも、実は傍に私の端末が居てね? 王国を滅ぼすように上手く誘導していたわ」


 銀の悪竜は確信していた。

 トーマの死を。

 勝利を確信していた。


「いえ、そもそもあの魔王の弟を唆したのも実は私の端末なのだけれども、まぁ、それは些事ね。肝心なのは、魔王と主人公の二人が対立して戦うような物語の構造。メアリーという才能に溢れた少女が、色んな魔物や仲間たちと絆を育み、最終的には絶対的な強者である魔王を討ち滅ぼす。そういう物語を作りたかったの」


 だからこそ、悠々と銀の悪竜は語っているのだ。

 銀の悪竜は決してトーマを舐めていない。

 勝利が確定した状況でもなければ、このようなネタ晴らしはしない。


「愛と絆で世界を救って――――その後、豹変した主人公が世界を滅ぼすような、そんな喜劇を作りたかったの」


 自らの悪意の舞台裏を晒したりなどはしない。


「でも、貴方というイレギュラーの所為で、何もかも台無しになったわ。準備段階で端末と接触しようとしたら、その端末を守るナイト気取りの少年が居たんだもの。しかも、本体である私を撃退出来るほどの超越者。ああ、全く、本当に何もかも台無しで…………でも、だからこそ、私は、いいえ、『私たち』は貴方を愛してしまったのでしょう」


 無様極まりない、己の内心を吐露したりなどはしない。


「本当に厄介だったわ、愛というのは。本来、何の苦労も無く乗っ取れるはずの端末も、魂の強度が段違いになっているんだもの。貴方の目を欺き、メアリーに潜伏するためには、自分の本体を全て竜銀としてばら撒くぐらいしなければいけなかった。その所為で力の大半は失ったけれども、全ては些事よ。こうしてメアリーと同化した以上、貴方は私を殺すことなんて出来やしない…………ただ、それでも、貴方に余裕を与えてしまえば、私をメアリーから引き剥がすぐらいはやってのけるでしょう」


 銀の悪竜はしゃがみ込み、そっとトーマの頭に手を乗せる。


「だからこそ、この茶番が必要だったの」


 優しい手つきで、愛おしむようにトーマの頭を撫でて、銀の悪竜は笑う。

 己の中にある愛と憎しみ、その他、数多の感情がドロドロに混ざり合った笑みを浮かべる。


「貴方の強さが世界を潰すほどにまで引き上げて、自らを押し殺し続けなければまともに世界に存在することも出来ない。そんな超越存在に成り果てた貴方が、メアリーの告白を受けて、戦いのことを完全に忘れてしまう……そんな一瞬が必要だったの」


 トーマの頭を撫でる右手とは別に、左手は宙に何かの文様を描いていた。

 銀色の魔力光で、文様とどこかの世界の文字を書き込み、魔術の発動を準備していた。

 ――――魂すら消し去る、虚無を扱う魔術の準備を。


「後は簡単。少しばかり、死の概念を込めた攻撃をするだけ。本来の貴方ならば、この程度では死ぬことも無かったし、死んでもすぐに蘇ることが出来たでしょう。でも、そうしてしまえば、貴方は貴方自身の力によって、今度こそ世界を滅ぼしてしまう。死を超越すれば、今度こそ、貴方の強さに世界が絶えられない。それを知っているからこそ、貴方は大人しく敗北を受け入れている」


 涙は止まらない。

 銀の悪竜の精神は、張り裂けそうな苦痛に満ちている。

 だが、それでも銀の悪竜は止まらないし、止められない。

 その在り方自体が、強き者を打ち倒すことに特化しているが故に。

 トーマという超越者を前にすれば、殺さずにはいられないのだ。


「――――以上、独り言は終わり」


 銀の悪竜は、トーマを撫でる手を止め、魔術を発動させる。


「さようなら、私たちが愛した強き者」


 細胞の一粒すら残さず、肉体を消滅させる。

 残響すら残さず、精神を焼却する。

 輪廻すら許さず、魂を虚無へと飲み込ませる。

 トーマ・アオギリという存在を構成する全てを、一切合切、何もかも無に還す。


「ふ、ふふふっ。ふくくく――くはははっ! あはははははっ!!」


 宿敵を消し去った後、銀の悪竜は狂ったように笑いながら踊った。

 血涙と鼻水に塗れた酷い顔で、くるくると回りながら踊った。

 嬉しいのか、悲しいのか、苦しいのか、自分自身の感情も理解できないままに。




「さて、吾輩たちの出番か」

「出番があるとは思いませんでしたが、備えておくものですね」

「本懐を果たすため、何が何でもマスターには蘇ってもらわなければ」

「はーい。んじゃあ、予定通りにプランBを始めまーす。各自、気合を入れてねぇ」


 トーマが消え去っても、戦いは終わらない。

 何故ならば、トーマは一人だけの戦士ではない。

 仲間を持つテイマーなのだから。


「「「「逆転の始まりだ」」」」


 それ故に、勝負は続く。

 既に決まったはずの結末を覆すために。

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