第200話 銀を砕いたその後に
ギンカが討伐された後、元に戻った異世界だったが、全てが炎に包まれることになった。
けれども、これは世界を滅ぼすための炎ではない。
「竜銀が残っている限り、リスポーンとかありえそうだからねー」
シラサワが準備した魔術による、竜銀の焼却。
たとえ、竜銀を基軸とした文明であっても容赦は無し。
世界衝突現象を回避するためにも、浄化の炎は異世界側の事情など一切合切考慮せずに、ありとあらゆるクリスタルを焼却する。
当然、その中には、誰かの命を担保するためのリソースとして使っている物も含まれていて。
「折角、トーマが勝利したんだもの。最後の最後、ケチが付くような真似はしないわ」
その命を失わせないために、メアリーが管理者権限を発揮した。
異なる世界へと、竜銀の代わりとなるリソースを提供する。惑星の未開拓のリソースを魔力として凝縮し、結晶化したものでギリギリ間に合わせる。
「さぁ、チートの時間よ」
そして、間に合わせた時間で、メアリーは異世界側のシステムをハッキング。
惑星の根幹に位置する場所を掌握し、竜銀の活用によって本来使われるべきリソースが死蔵しているのを発見。
その死蔵されたリソースを汲み出し、竜銀の代わりとなる物質として生成。
無論、銀の悪竜が作り出したものよりも低効率の物質となるが、それでも文明が多少衰退する程度で、今すぐ誰かが死ぬような事態にならなかったのは奇跡の結果と呼んでも差支えが無い。
「…………ふぅ。後はあっち側の努力次第ね」
メアリーの干渉が終わった頃、ちょうど異世界の光景が空から薄れていく。
竜銀が消え去ったため、異世界が元の位相へと戻ろうとしているのだ。
互いの存在を認知したため、これからは『門』による転移は可能だろうが、もう衝突寸前の位相まで互いが近づくことは無いだろう。
そう、世界衝突現象は回避されたのだ。
三人の超越者の尽力によって。
「さて、と。僕らはここら辺で退散するとしようか」
『余はストロベリーパフェが食べたい』
「はいはい」
世界を救った超越者の一人、ヨハンは世界衝突現象の回避を見届けると、静かにその場から転移して消え去った。
空気を読んだのだ。
罪人だから、これから始まるお祝いの空気には不相応だろうと遠慮して。
何より、二人の超越者――トーマとメアリーの間に流れる雰囲気を察知して。
「お疲れ、メアリー」
「ふふん」
一仕事終えた顔つきのメアリーを、トーマが柔らかな微笑で迎える。
「俺にはその手のことは難しいから、メアリーがやってくれて助かった」
「まぁ、これでも竜王に認められたテイマーだもの」
「ああ、本当に今回はメアリーが居てくれてよかった、そう思うよ」
「ふふん!」
トーマからの賞賛に、メアリーの機嫌は有頂天まで突き抜けた。
今までずっと欲しかった言葉が、欲しかったタイミングで貰えたのだ。それはもう、比喩では無く軽く無意識に宙に浮くぐらいに浮かれても仕方がないだろう。
「私はトーマほど強くないけれども。でも、こうして貴方の役に立てるぐらいには凄くなったのよ?」
無意識な魔力の発露で、ふわふわと浮きながら胸を張るメアリー。
その様子は、超越者であることなんて嘘のように、褒められたがりの子供のようにしか見えない。
「…………役に立つとかじゃなくてさ。俺はいつも、お前のおかげで戦えているよ、メアリー。お前が居てくれるから、俺は強くなれたんだよ」
「んにゃ!?」
だからなのか、思っていたのとは違う角度からの言葉に、メアリーは思わず奇声を上げてしまうほど動揺してしまう。
いつもはデレが少なく、素っ気ない対応が多いトーマ。
そんなトーマが、赤面しながらも自分の気持ちを言葉にしてくれたのだ。
――――これはもう、告白しかない。
今まで、何度も告白染みた台詞を言っておきながら、メアリーは改めてトーマに告白する覚悟を決めた。
●●●
対等に成りたい。
それは、メアリーが幼少の頃からトーマに抱く感情だ。
最強の幼馴染。
どんな強敵を相手にしても、最終的には勝利を収める。
苦難を踏み砕き、理不尽を超越する、超越者の権化。
そんな、どうしようもないほどに強すぎる相手と、メアリーは対等になりたかったのである。
ただ、守られるだけの関係を良しとするほど、メアリーはお姫様ではなかったのだ。
今まで助けてくれた分、今度は自分が助けたい。
今まで頼った分、今度は自分が頼られたい。
――――トーマを不安に思わせないほどに強くなりたい。
対等になればもう、『力に怯えているのでは?』という不安は抱かないだろう。
認められればもう、『傷つけてしまうのでは?』という悲しみは抱かないだろう。
だから、メアリーは強くなった。
数多の試練を乗り越え、自身の才能を遺憾なく発揮して、今、超越者としてトーマの隣に居る。隣に居ることがおかしくない立場にある。
だからこそ、メアリーは満を持して想いを告げる。
「トーマ」
名前を呼ぶ。
ただそれだけのことで、メアリーは胸から自分の気持ちが溢れそうになるが、それを必死に抑え込んで言葉を続ける。
「私も、私もね? トーマが居てくれたから、ちゃんとした自分に成れたんだと思う」
ふわふわと地に足を付けないまま、視界を揺らしながらも、想いを言葉に変える。
「トーマが居なかったら私、きっとろくでもない奴になってた。才能に驕って、本当の強さを知らず、自分の欲望のために魔物を支配する『魔王』になっていたかもしれない」
メアリーが語る『もしも』は、本当にありえた未来だ。
身近にトーマという強者が居なければ、メアリーは自分の才能に溺れていただろう。
「トーマが居なったら私、こんな気持ちを知らずに生きていたかもしれない」
他者を愛することの意味を知らず、周囲を見下して生きていただろう。
「トーマが居てくれたから、今の私があるの」
言葉を紡いだ後、メアリーは一拍置いた。
呼吸を整える。
ぐっと目に力を込める。
赤面を隠さず、瞳を揺らしながらも、しっかりとメアリーを見つめてくれるトーマへ、一歩踏み出す。
「だから、今更だけど…………なんかもう、何度も言っちゃっている気がするけど、改めて言うわね」
互いの呼吸がわかるほどの近さで、メアリーはトーマに告げる。
「トーマ、貴方のことが好き」
陳腐で幼稚な告白。
付き合って、と言うでもなく、単に自分の想いを吐き出しただけの自己満足。
けれども、トーマとメアリーの間ではそれだけで十分だった。
「ああ、俺もお前のことが好きだよ、メアリー」
トーマはメアリーの告白に応じた。
赤面したまま、頬を緩めて。
世界を壊せる超越者なんて嘘のように、一人の少年として返答した。
好きだと言われたから、好きだと返す。
そんな、おままごとみたいな告白の結末に、けれども二人は満足していた。
何故ならば、これはあくまでも意思確認に過ぎないからだ。
「だから、私が最強のテイマーになって貴方を恋人にしてあげる」
「いいや、俺が最強のテイマーに成り上がって、お前を恋人にする」
二人の決戦――――その結末がどんな形になろうとも、互いの想いは変わらないのだと。
もう、何も心配することなど無く、手を取り合えるのだと、互いに確認しただけなのだから。
「ふふっ」
「くくくっ」
真剣な告白を終えた二人は、どこか気恥ずかしさを持て余し、互いに苦笑した。
世界を救った後だというのに、こんな思春期の少年少女みたいなやり取りをして、何を馬鹿なことをしているんだと、正気に戻ったのかもしれない。
二人はなんとなく気まずい気持ちを分かち合いながら、それでも共に歩いて行こうとどちらともなく手を差し伸べて。
「――――ごほっ」
メアリーの手が、トーマの心臓を貫いた。
「あ、え?」
あまりにも唐突な出来事に、メアリー自身もわけが分からないように目を丸めて。
「え、あ? あ、あぁ、あ、はっ あははははははははっ!!」
その両目から血の涙を流しながら、けたけたと哄笑を始めた。
まるで、世界全てを足蹴にし、蹂躙するかのような悪意の哄笑だった。
「やっと貴方に勝てたわ、トーマ・アオギリ」
そして、メアリーの口から、銀の悪竜の声が聞こえた。
端末ではなく、正真正銘、本体である銀の悪竜の声が。




