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第199話 銀を砕け

「管理者権限を行使するわ。可能な限りの余剰リソースを今、ここに集結させる」


 メアリーは指揮者の如く右手を上げる。

 すると、空に黄金のひび割れが入ったかのように、惑星と魔力のラインが繋がり、この場に少なくないエネルギーが終結する。


「ニュクス、例の物を」

『くふふ、あれほどの怪物の血液――さぁて、どれだけ美味いのやら』


 次いで、ヨハンがニュクスに指示を出す。

 それはこの状況に、予め超越者たちが備えていたという証明。

 故に、ニュクスの手元には真っ赤な液体――トーマの血液が入ったガラス瓶がある。

 ニュクスはそれを躊躇いなく飲み干し、トーマとの繋がりを高めた。


「皆、頼むわ」


 この場に集まったエネルギーを用いて、メアリーはまず自分の仲間たちを強化した。

 固有魔法を用いて、超越者に近い力量へと変じさせる。


『ワタシがケッカイのザヒョウになる』


 マレは分身を、これから行う魔術に合わせた座標に送り込む。

 魔術の発動と維持をより確実にするため、巨大なるギンカを囲むほどの範囲で設置する。


『オレが座標を繋げる』


 デンスケはマレの分身との間に、電流でラインを作り上げる。

 広大な範囲の結界になるが、それでもデンスケの電流でのラインは途切れることなく繋がった。


『ゆくぞ、夜の神』

『よいぞ、【原初の赤】』


 そして、イグニスはニュクスと共に、トーマとギンカを取り込む結界を発動させる。

 煌々と燃え上がる火をイグニスが灯して。

 その影から、ニュクスが果ての無い闇を作り出し、トーマとギンカを取り込む。


『私が大人しく取り込まれるとでも――』

『そうさせないための俺だよ、馬鹿が』


 当然、ギンカは構築しかけの結界を崩そうとするが、トーマがそれを許さない。

 銀光を塗り潰すようなトーマのラッシュが、ギンカの妨害を防いだ。


「完成、弱体化結界」

「まぁ、長くは持たないから、後は頑張ってくれ」


 メアリーとヨハンは、互いの顔に滝のような汗を流しながらも魔術の発動を完遂する。

 それは闇の結界。

 それは弱体化の結界。

 超越者以上の力に至った二体を封じ込め、一時的にその力を極限まで抑え込む結界。


「なるほど。私の作戦は想定済みでしたか」

「お前の性格の悪さを考慮した結果だ」


 光が一切差し込まない闇の中、弱体化した二人は向かい合う。

 闇に隠れてその全貌は見えないが、ギンカの質量は結界内に取り込まれてから明らかに減っていた。

 長大な肉体を持つ怪物から、一人の少女の分まで。

 対して、トーマの強さによる空間の崩壊も収まっていた。

 それだけではなく、自ら血液をニュクスに提供した甲斐もあって、今、トーマの強さは極限まで弱まっていた。

 そう、それこそ超越者と呼べないほどに。


「「…………」」


 ギンカとトーマは互いに気配を探って向き合う。

 闇の中であっても、二人にとっては視界の有無程度など戦いに影響しない。

 極限にまで弱体化した状態であっても、二人の戦闘センスが暗闇での戦闘を可能とさせているのだ。


「この弱体化は一時的。私を倒したところで、貴方の強さは止まらない。それでも、戦おうとするの?」

「愚問だ。俺をあまり舐めるなよ、銀の悪竜。俺はお前を倒して、自分の存在もきっちりと抑え込む。それぐらい、出来ないわけが無い」

「…………他の奴なら強がりに聞こえるけど、他ならぬ貴方の言葉だものね」

「はっ、よくわかっているじゃねーか」


 ギンカとトーマは僅かな間、ささやかに笑い合って。


「銀光よ」

「砕く」


 次の瞬間、全身全霊で殺し合いを始めた。


「貴方を殺す。貴方を滅ぼす。貴方を絶望させる。そうしなければ、立ち行かない」


 銀の光は、闇を切り裂いてトーマに迫る。

 弱体化の結界の中にありながらも、その威力は惑星崩壊級。

 たとえ、超越者二体が力を合わせていようとも、今のギンカを完全に抑えきることは出来ない。ましてや、闇の結界など、銀の光を司るギンカにとっては『多少面倒』程度の代物でしかない。

 一撃。

 まず、一撃をトーマに入れて、その隙を見計らって結界を破り捨てる。

 そうすれば、その時点でギンカの勝利は確定する。

 追い詰められたように見えて、実はこの戦いはギンカの圧倒的優勢なのだ。


「いいや、それは不可能だ」


 しかし、だというのにギンカは、己の砕ける音を聞いた。

 煌めく銀の光が弾かれる瞬間を見た。

 己の口から、まるで普通の生物のように、生暖かい血液が吐き出される感覚を知った。


「お前が俺の対策をしていたように。俺もまた、お前の対策をしていたんだからな」


 それは因果を超越する拳。

 あらゆる工程を超越し、当たったという結果を相手に押し付ける反則技。

 力では無く、魔術という技術を用いて作り上げた、銀の悪竜用の必殺である。


「…………ああ、まったく」


 ギンカは自らから流れ出る生命から、死を悟った。

 これが弱体化の影響を受けてさえいなければ、まだ再生できたかもしれない。

 単なる死程度では止まらなかったかもしれない。

 トーマもそれを懸念していたからこそ、あの戦いではこの必殺を使わなかったのだ。

 だが、今のギンカは弱体化を受けた状態。

 殺されたのならば普通に死んで、その魂は輪廻へ還る。

 否、端末に過ぎないギンカは、完全に消滅するだろう。


「これ、だから、トーマ・アオギリという、存在は……忌まわしくて、苛立たしくて…………でも、それが…………」


 ギンカは闇の中、誰にも見せない表情を作って消滅した。

 最後の最後、銀光を放つ粒子を零して。

 一つの世界に巣食っていた悪は、何も遺せずに消え去った。



●●●



 ギンカの消滅を確認した後、トーマは大きく息を吐いた。

 無論、警戒を怠るような愚を犯してはいない。

 相手は銀の悪竜――その端末だ。

 しかも、トーマを殺すために用意された特別な個体だ。世界全てをリソースにしてトーマを殺そうとした相手だ。

 完全に消滅してなお、何かあるかもしれない。

 トーマは残心を忘れず、けれども一区切りは付いたと息を吐いたのだ。


「これで終わりになればいいんだがな」


 暗闇の中、一人呟くトーマの声は、誰にも届かない。

 誰に届かせるわけでもなく、トーマの小さな懸念は暗闇の中に消えて行った。

 そして、ギンカの消滅を確認したのか、闇の結界の解除が始まる。

 一寸先も見通せない闇が徐々に解け、光が入ってくる。


「ん? ああ、そうか。使った分が戻ることは無いだろうが。それでも、残った分は元に戻るってわけか」


 すると、結界の内側から無数の光が空へと昇って行く。

 それは今まで、ギンカのリソースとなっていた異世界そのものだった。

 使い潰される前にギンカが消滅したことで、その分のリソースが元の世界へと戻ろうとしているらしい。


「とりあえず、虐殺者の称号は背負わずに済みそうだ。まぁ、結果的にはギンカの奴が全てやらかしたわけだけど…………ああ、それでも、竜銀の浄化はやっておかないとな」


 上って行く光を見送りながら、トーマは今後について考える。

 終わった戦いのこと。

 外側で待つ仲間のこと。

 何より、強すぎる領域にまで踏み込んでしまった自分自身のこと。


「だけど、その前に――――やってみるか、自己封印」


 結界が解除されるにつれて、トーマの弱体化は消え去る。

 それは即ち、トーマの強さが再び、世界を壊し始めるということ。

 だが、ギンカとの戦いの最中でさえなければ、トーマにもやり様がある。

 強すぎる自分の力を封印し、わざと弱くなることによって、存在しているだけで世界を壊すような領域から、その一歩手前まで戻ろうとしているのだ。


「…………出来たな。案外普通に」


 自己封印は驚くほど簡単に可能となった。

 トーマ自身が、肩透かしを感じてしまうほどに。


「最悪の場合、滅んだ世界を回りながら時間を稼ぎながら練習するはずだったが、まぁ、うん。我ながら強さに関することなら、大体何とでもなるもんだなぁ」


 強くなるだけではなく、自己封印によって弱くなることも可能。

 トーマは超越者の戦士でありながら、極まった魔術師でもある。

 この二面性のおかげで、自己封印が可能となったのだろう。

 もっとも、これはトーマ自身だから可能であるだけであり、仮にトーマよりも腕のいい魔術師が現れたところで、トーマの世界すら壊す強さは封印不可能。自分自身だからこそ可能だった、かなりギリギリのところの封印なのである。

 故に、トーマはかなり厳重に封印を重ねた。

 間違っても、何かの拍子で勝手に封印が解けないように。


「やったわね、トーマ」


 解除された結界の向こう側に居る、大切な幼馴染を傷つけないように。

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