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「俺は王国騎士団に所属する、ロイド・ターナーという者です」
男性は馬を降り、私の前で丁寧にお辞儀をした。
「もし?」
「……あっ! は、はい。おっしゃる通り、私がアトレイアですわ」
何が何だか分からないが取り敢えず、腰を落としてこちらもお辞儀を返す。
「同僚から聞いたのです。この町にはアトレイア殿という、かなり腕の良い画家がいると。
今日ここへやって来たのも、貴女に依頼したい絵があるからです」
男性はそう言って、私のことをじっと見つめてくる。
「そ、そうだったのですね……恐れ入ります。どのような絵をご所望なのでしょう?」
「我が主君の肖像画を描いていただきたいのです」
「肖像画、ですか? 貴方の主様の?」
身なりから見て、こちらの男性は騎士団の中でもかなり位が高いはず。その主君ともなれば専属の画家の一人や二人、雇っていそうなものだけれど。
「この依頼、受けてくれますか?」
「……ええ、もちろんです。私でよければ是非」
だが、人とは色々な事情を抱えているもの。私は深く追求しないことにした。
「お母さん! やっぱりここにいた!」
するとその時、聞き知った愛おしい声が聞こえて来た。どうやらミカエルがやって来たらしい。
「わっ、馬……?! ええっと、あなたは誰です? 母に何か用ですか?」
ミカエルは私の側に来ると、何故だか男性の前に立ちはだかった。私は慌てて息子の手を引く。
「ミカエル、この方はお客様よ。ほら、ご挨拶して」
「お客様? ……こんにちは」
「……君がアトレイア殿の、小さな騎士か」
男性が少し、目を丸くする。
「驚かせてすまなかった。実は君の母上に、俺の主の肖像画を描いて欲しくてな。頼んでいたところなんだ」
「……そうでしたか。でもそれって、そのアルジとか言う人の家に通わなくちゃいけない感じですよね? 申し訳ないですけど、そんなよく知らない人の所に母一人を行かせられません!」
「ちょ、ちょっとミカエル?! お客様に失礼よ!」
「お母さんは黙ってて!」
怪訝な面持ちのミカエルが、私の手をぎゅっと握りしめてくる。
すると、そんな私たちを見ていた男性が柔く微笑んだ。
「良かったら君も一緒に来てくれるか? アトレイア殿もその方が安心だろう」
「……それならまあ、いいですけど」
ミカエルは少し唇を尖らせながらもコクリと頷いた。そして男性の隣にいる馬へとチラリと目を向ける。
「君は馬が好きか? 良ければ触ってみるか?」
「えっ?」
「こいつは首もとを撫でてやると喜ぶぞ」
男性にそう言葉をかけられ、パッと表情を明るくするミカエル。そんな彼を見て、私は安堵の息をつく。
「心配症の息子で申し訳ありません」
「いや。貴女のことを大切に想う、とても優しい子ですよ」
「……ありがとうございます。それで、主様のお屋敷にはいつお伺いすればよろしいでしょうか?」
「五日後の午後はどうでしょう?」
「大丈夫ですわ」
洗濯屋の仕事も午前中には終わる。
「では五日後、貴女の家までお迎えに上がります」
「お手数をおかけします。えっと家は……」
「知っています」
「えっ……?」
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五日後。私とミカエルを迎えに来たのはロイドと、よくお忍びで下町に来ていたシオンだった。二人ともかなり重厚な甲冑を纏っている。
ロイドによると、このハゼル町から彼らの主の屋敷までは結構距離があるそう。馬を走らせても半日はかかるらしい。
そのため私たち母子はしばらくの間、屋敷に滞在させてもらうことになった。
彼らがものすごく立派な馬車を引き連れ、私たちを迎えに来てくれたことにも驚いたのだが、
「其方がアトレイアか。余が依頼主のルイ=ペイントリティ三世だ。今日からよろしく頼む」
もっと慄いたのは、到着した先が、まさかの王宮だったということ。
ロイドの主は、国王その人だったのだ。
(ちょっと待って……! 私、もしかして陛下の肖像画を描かせていただくの?!)
さすがに身体が震えてくる。だが。
「お母さん、お母さん大丈夫だよ! お母さんはおばあちゃんと同じくらい、すっごく絵が上手なんだから。ハゼル町の人たちや、あそこに遊びに来る貴族の方たちだってとっても褒めてくれるでしょ?
お母さんが描いた絵って、まるで命が吹き込まれてるみたいに感じるんだ。
今にも動き出しそうというか、自分の人生を歩いていくぞって、第一歩を踏み出そうとしてるっていうか。見てるこっちがワクワクするくらい!
この花が綺麗なのは、きっと色々な人に優しい言葉をかけてもらってるからなのかな、とか、この女の人は誰に向かって微笑んでるのかな、とか。想像するのもすっごく楽しいんだ!」
ミカエルが私の手を取り、こんな言葉をくれた。
……彼は本当に八歳? まるで絵画評論家のようだ。しかも私の絵を絶賛してくれている。
(感性がすごく豊かで、柔軟な子)
生まれたばかりの頃は小さくて儚くて、私が守らなければと強く思ったものだ。
でも、今はどうだ。彼に心を守られてきたのは、むしろ私の方だったと感じる。
「……ありがとう、ミカエル。あなたがこんなにもお母さんの絵を好きでいてくれるんだもの、もっと自信を持たなくちゃね。
陛下に喜んでいただけるように、お母さん頑張るわ!」
「うん! その意気その意気!」
ミカエルと私が笑い合っていると、
「ミカエル。アトレイア殿が陛下の絵を描いている間は俺と乗馬でもどうだ? この前、馬に興味を持っていただろう」
「えっ、で、でも……」
柔い笑みを浮かべたロイドが、そのように声をかけてくれた。すると、すかさずミカエルがこちらをチラリと見やってくる。
「是非行ってらっしゃい。何事も経験よ」
「う、うん……!」
「よし、決まりだな」
ロイドが私に向き直る。
「では、また後ほど。ミカエルのことは俺が責任を持ってお預かりします」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「お任せを。では行こうか、ミカエル」
ロイドは私に会釈すると、ミカエルをひょいと抱き上げ、肩車をする。そして二人で楽しげに厩舎へと向かって行った。
「素直な良い子だ。其方の教育の賜物であるな」
「……そう言っていただけてとても嬉しく存じます。父親がおらず、寂しい思いもたくさんさせてきましたので」
私は腰を折って国王へと拝礼した。顔を上げると、彼はとても穏やかに優しく微笑んでくれていた。
「……似ているな」
「え?」
「いや、こちらの話だ。どれ、早速描いてもらうとしようか」
「……? はい、どうぞよろしくお願いいたします」
国王の様子に少し違和感を覚えたがすぐに切り替え、私は画材道具の入ったバッグをぎゅっと抱きしめた。
失敗は許されない。
ミカエルとの今後の生活を守るためにも、この試練を何としてでも乗り越えなければならない。




