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別荘での出来事と刑事との出会い

 四月中旬、まだ寒い日が続く中でも暖かな日差しが届くようになり、丈一郎はアルバイトにも真面目に取り組みつつも、趣味は忘れない。年間釣り許可券(年券)を購入し、釣り場開拓を進めた。四月十九日と二十日には吾妻川でヤマメやマスの特別放流があり、普段見られない多くの釣り客がいたが、丈一郎は残念ながら貸別荘の清掃のアルバイトが入っており仲間入りが出来なかった。休日明けの月曜日の釣り客の少ない日に生き残った渓流魚と遊ぶこととした。でも、四月下旬、やはりまだ朝と夜は寒さが残るが昼は暖かい日が続くようになり、雪も溶けた近隣の山歩きも始めた。自分の別荘の改善活動としては、まず手始めは自宅では鉢植えにしていたツツジ科の低木と南天を別荘の庭に移し替えた。

 次にプライオリティとしては猫より下だが、自宅で飼っている二匹のミドリ亀達の移住に向けて、亀の居住空間である水槽と汚水を流すプール作りをした。一メートル五十センチ四方で、深さが一メートル二十センチ以上ある穴を掘り、穴の底には掘るときに無数に出て来た火山岩の大きめの石を置き、その上にはホームセンターで購入した砂利を敷き詰め排水性を高め、その上にさらにレンガを二枚ずつ四方にセットした。その上に農業用だがしっかりとした底に水抜きのある桶を水槽代わりに設置し、虫除け、獣除けに程よい網をかけ、自転車の荷台用のロープで縁の部分で取り外せるようにしっかり止めた。これで完成だ。この亀達は次女が生まれた時から飼っており、二匹とも元気で二十八歳となる。正式名称はミシッピーアカミミガメで、手に持つとずっしりと重いサイズで自宅の水槽では手狭となっており、真夏の日差しのもと可哀想な環境で暮らしてきており、冬は冬眠させるので自宅に持ち帰るが、春から秋までは別荘で飼育しようと思っていたのだ。亀池が完成したので、次に埼玉某市の家に戻った後に連れて来れると満足していた。


 そして、一般的には待ちに待った五月のゴールデンウイークが始まった。丈一郎の別荘地の草花が一斉に芽吹き、山桜の淡い桃色の花が咲き始め、木蓮やコブシの白い花が咲き乱れ、黄色いレンギョウの花がアクセントになり、石楠花のピンクの花も咲き出し、そこかしこで良い匂いがするとても良い季節だった。しかし、同じ別荘地のしかも、彼の別荘から三十メートルほどの距離しかない隣の別荘で大変な事が起きるのだ。そこには男性が一人で住んでおり、丈一郎も一、二度挨拶はしたことがあるが、六十代と思しき精気のない感じの太った男で、近くのコンビニで見かけた時も声をかけそびれた程に近寄りがたい暗さを持った男だった。


 ある気持ちの良い朝、その男の別荘からは数百メートル離れた同じ別荘地内の住民である落合さんが、朝八時ごろ朝食や家事を終え、いつものようにスタスタと、七十歳を越えた女性としては非常に若々しいスピードで散歩をしていた。そして散歩コースであるその男の別荘の前で、彼女は少し疲れを感じ立ち止まり、何気なくその別荘を眺めるように見た際に、その別荘の扉が開いていることに気がついた。少し気になってその別荘に少し近づくと、不審な光景が目に入ったのだった。まるで人が倒れているように見えた。驚いて玄関のすぐ近くまで近づいた時に、明らかにそこに人がうつ伏せに倒れていることに気がついた。思わず「うわあ」と叫び腰を抜かしたが、なんとか深呼吸をして少し落ち着きを取り戻し、慌てて別荘の管理人の携帯電話に連絡した。彼女が警察ではなく管理人の携帯に電話をした理由は、それが死体だとは思わなかったからだそうだ。管理人に現場に来てもらい、救急車を呼んでもらおうとしたためだった。管理人は携帯電話にすぐに応答し、


「どうしましたか?落合さん」と落ち着いた口調で答えた。女性は

「今散歩をしていて、うーんと・・」女性はなんと説明したら良いのか適切な言葉が浮かばず、少し躊躇していると

「はいはい、いつものことですよね」

「そうじゃなくて、あの、あの、前に話をしたゴミが散在している家の前にいるんだけど、玄関に倒れているのよ!」と、切迫した口調に管理人も異変を察知し少し上擦った声で

「えっ、何が?何がですか?」と質問口調になった。

「人よ人!とにかく早く来てよ!」と女性は少し苛立った声を出した。

「えっ、わ、わかりました。すぐに行きます」と言って管理人は携帯の通話を切り、かなり動揺しながらも、いつものように軽トラックのエンジンを慌ててかけて現場に向かった。管理人は現場に二分ほどでついたが、その運転の間に

「やはりあの家か!あの人は不健康そうだったし、もしかして死んでいるのでは?死んでいなければすぐに救急車を呼ばないと。死んでいた場合は警察に連絡しないといけない」と、できる限りの考えを巡らした。そして、現場に着くと別荘の玄関前に座り込んでいる女性を見つけた。すぐに車を降り、女性の近くに歩み寄ってまだ上擦った調子で声をかけた。


「落合さん、人が倒れているのはどこですか?」管理人は自分の質問に落合さんが答えないうちに、別荘の玄関が扉が開いていることに気がついた。落合さんがこちらを向き、玄関を指さしたので玄関まで歩み寄った。シワだらけのベージュ色のスラックスを履き、グレーのセーターを着た人が俯せに倒れていた。管理人は勇気を振り絞って、その人に近づき背中を摩り、

「どうしましたか?大丈夫ですか?」と自分でも間抜けな感じのする問いかけをした。そして、異様な匂いに気がついた。いわゆる死臭だった。彼は彼の父の孤独死にも遭遇し、その匂いを嫌でも覚えていた。吐き気を催したが、なんとかこらえ、後ろで怯えている落合さんに

「とりあえず救急車を呼ぼう」と言って、119番をダイヤルして救急車の要請をした。


「事故ですか?火事ですか?」のお決まりの質問にはとりあえず、「事故です」と答え、人が倒れているので救急車に来て欲しいと要請した。そして、自分の素性と場所の説明と倒れている人の状態を伝えると、エマージェンシーコール(救急指令)の担当者から

「まだ呼吸や脈があるかを確かめて欲しいのですが?出来ますか?」言われ、

「はい、やってみます」と管理人としての責任感から答え、勇気を振り絞り倒れている人の鼻先に手を入れて確認したが、息はしていなかった。首筋に触り脈を見ようとしたが、ひんやりとした感触で既に死後相当の時間が経っているように感じ、

「息もしていないし、脈もないようで、冷たくなっています」と、担当者に伝えた。そして、倒れている人から数メートル離れた場所で救急車の到着を待った。その時には彼も少し平静さを取り戻し、連絡をくれた女性を労る気持ちになっていた。


「落合さん、前にゴミが散在している相談を受けた時から気にはしていたけど、こんなことになろうとはね?驚いたでしょう」

「驚いてまだ腰が抜けてるわよ。死んでいるんでしょう?」と落合さんは答えたが、管理人は

「多分・・」としか言えなかった。この高原の四月の夜は零度近くになるので、外にいれば凍える寒さだった。


 そして、二人にとって長い長い十五分が経過し救急車が現場についた。管理人は別荘の玄関まで救急隊員を案内し、近くで様子を見守った。救急隊員は慣れた感じで倒れた人の体を触り、本部に連絡していた。その後心臓マッサージをする様子も無く、二十分ほどして警察のパトカーがサイレンを鳴らして到着した。


 丈一郎も普段は同じような時間に散歩に出かけるので、彼女とは良く顔を合わせるのだが、その日丈一郎は少し朝寝坊をしていた。八時ごろに目を覚まして、スマホアプリで『JーWAVE』を聞きながらまだばんやりしていた。外気温は十度をやっと越えたぐらいで、セーターを着ないと寒い季節だったので、ゆっくり着替えをしていると、救急車とそれに続くパトカーのサイレンの物々しい雰囲気で驚いてはっきりと目を覚ました。いつもは静かな別荘地にはパトカーや救急車両が急遽訪れ、騒然となっていた。彼は慌ててウインドブレーカーを着て玄関から音のする方へ向かったが、歩き始めて一分もかからずに現場の別荘に着いた。管理人と第一発見者の落合さんは別々のパトカーの中で事情聴取のような事を受けていた。丈一郎は既に集まっている数人の別荘住民の中で、良く挨拶をし合う人を見つけ


「何かあったんですか?」と尋ねるとその人は

「今、管理人から聞いたんだけど、その家の人が死体で見つかったらしい」と答えてくれて、

「えっ、本当ですか?」と絶句した。実際にはこの時点では死亡が確認されていたわけではないが、驚いて顔を見合わせていると、顔見知りの同じ別荘地の早田が急いで駆けつけた様子で、丈一郎に

「何が起きたんですか?」と尋ねるので、同じ回答をしたのだった。ざわざわする気持ちでしばらく遠巻きに現場をみていると、担架に乗せられたその隣人が救急車に運び込まれた。チラリと顔が見えたが、青ざめたと言うより灰色の明らかに死人の顔だった。数分後には救急車はサイレンを鳴らし、その場から離れて行った。そして、さらに数分後、彼らの輪に管理人と第一発見者の落合さんが、警察からの聴取を終えたらしく加わった。


 既に十人ほどに増えた別荘住人から管理人は矢継ぎ早に質問がされたが、管理人がそれに答え始めた時には、若い制服警官と私服のいかにも刑事っぽい感じのスーツ姿の強面の男が割り込んで、皆を観察するような視線で見渡して

「皆さんはご近所の方ですね?」 と割と冷静で優しい感じの声で尋ねるので、皆が口々に「はい」とか「そうです」と答えるのをみて、その刑事らしい強面の男が

「少しお話を聞かせていただいてよろしいですか?」と話し、若い警官に「全員のお名前を聞いてくれ」と指示を出していた。

「これは事件ではないと思いますので、ほんの参考といいますか、あくまでも何かご存じのことがあればと言う程度ですので、もしご都合が悪いようでしたら、今は結構ですのでお名前だけ教えて下さい」と言いながらも

「まず、一番近くにお住まいの方はどなたですか?」と尋ねるので、丈一郎が

「多分、私です」と手を挙げて答えると

「これは事件の事情聴取のようなものではないので、少しお話し聞かせていただいてよろしいですか?」と言われ

「はい、大丈夫です」と答えると、パトカーの後部座席に乗るように丁寧に案内されたので、内心ドキドキしていた。外は寒いのでそうしているのだと思うが、パトカーに乗せられての事情聴取のような雰囲気に少し面食らった。


 そして、後部座席の横には強面の怖い感じの刑事が席に座るとすぐに、助手席に座った警官に何か合図したように見えた。ひょっとして録音か記録か分らなかったが何かの指示の後に、後部座席の刑事は意外に優しい口調で丈一郎に

「あなたのお名前を教えて下さい?」と聞くので、丈一郎はまず自分から名乗るべきだろうと思ったが、なるべく冷静に

「肥後丈一郎です」と答えると強面の刑事は突然びっくりしたように

「ええっ、あなたが肥後さんですか? 失礼しました。私、牧野と言います。私の兄は牧野巌まきのいわおです。この別荘地に親友が引っ越してきたと言ってました。肥後さんのお名前ももちろん聞いてます」とまるで違う表情を見せて、首を嬉しそうに頷くように振って会釈をしてきた。運転席に座った別の警官も何故か驚いた様子だった。きっと、彼はいつもはもっと怖いか、冷たい感じの男なのだろうかと思いながら、丈一郎も友人の牧野の弟が刑事をしていることをもちろん知っていたので、

「ああ、そうですか。あなたが牧野の弟さんですか、初めまして、」と答え一瞬で緊張が解けたのだった。

「そう言えば、よく似ていますね」と丈一郎は刑事の顔を見ながら話した。

「ええ。顔だけはよく似ていると言われます。中身は全く似てなくて、私は兄貴のように秀才ではないので」と照れくさそうにしていたので、丈一郎は益々リラックスした。丈一郎はそうはいっても彼は刑事であり、事件性の判断をする必要があるのではと思い、

「それで、どんな事を話せば良いのかな?」と丈一郎の方から切り出した。

「はい、それでは少しばかりお聞きします。事件の事情聴取では無いので、あまり遠慮なされずにお答えください。肥後さんはあの倒れていた方と面識はありますか?」

「ええ、一、二回挨拶はした事がある程度ですが、顔は知っていました」

「そうですか、別荘の場合はお近くでもあまりお付き合いはないようですからねえ」と丈一郎に相づちを打つようにその刑事は話し、丈一郎も率直に

「ええ、そうなんです。あの人は特に外出をしない感じでしたね」

「分かりました。次にお伺いしたいのは、昨晩何かいつもと違う物音とか、人の声はしませんでしたか?」と事件性の有無につながるような事実の確認をしてきた。

「いいや、特に気づきませんでした。夕方の五時過ぎには家に帰って、夜九時過ぎにはテレビも消して寝てしまったんですが、トイレで十二時過ぎに起きた時もいつものように静かな夜でした」

「そうですか。この辺の別荘地では夜はほとんど真っ暗なんですよね?」

「そうなんです。夜は『獣』の時間帯ですから、出歩くことはほぼありません」

「分りました。これで結構です。ご協力ありがとうございました。兄には肥後さんにお会いしたことを伝えておきます」とにっこり笑って、挨拶してくれた。丈一郎の面談はそれで終了し、次に顔見知りの別荘住人の早田がいかにも刑事っぽい若い男に別のパトカーに呼ばれた。丈一郎は早田の番が終わるのを待ったが、丈一郎よりも長い感じで十分ほどだったような気がした。早田の番が終わり、丈一郎はすぐに彼のそばによって、

「お疲れ様です。大変な事になりましたね」と話しかけたが、早田の表情は今一つ冴えなかった。

「昨晩、何をしていたのかを随分聞かれたんですよ」 と早田が不満げに言うので、

「私も変わった物音とかしなかったか?と聞かれましたよ」と丈一郎は同じですよと言うつもりで言うと、早田はさらに不満そうに、

「そんな感じじゃないですよね、何かちょっと疑われているような気がしたんですよね。『何か変わった事はありませんでしたか?』と聞かれたので、『あの家は結構汚い感じだったので気になっていた』と言ったら。『そんなに酷かったのですか?』なんて聞かれたので、『ええ、そうですど、それが何か?』って言うと、じろりと睨まれましたよ。『変わったことはありませんでしたか?』と聞かれたので、そう言っただけなのに・・警察は疑うことが仕事なのでしょうけど・・」と結構腹を立てている様だった。

「気のせいでしょう。早田さんが疑われる理由も根拠もないじゃないですか!」

「そうなのですがね。ちょっと腹が立ちましたので、『何でそんな言い方をされるですか!』と若い偉そうな感じの刑事に言ってしまいましたよ!まあ、とりあえず家に戻りますよ」といつも穏やかな彼がやや怒った感じで言って、自分の別荘の方に向かってスタスタと歩き去った。まだ、住民からのヒアリングは続いているようなので、丈一郎も自分の別荘に戻った。


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