3 小6×高2 〜夏休み〜
あの日、弟は無事に生まれてきた。名前は雅史だ。ママも無事に退院して、私たちは忙しい日々を送っていた。翔祐君は前と変わらず家に来てくれるし、オムツ替えも一緒にした。雅史は翔祐君を気に入ったようで、翔祐君が家に来るとよく笑う。
幸せなのだけれど、忙しい日々の中で翔祐君はあの日のことを有耶無耶にしているように見えた。私が淋しい気持ちで眠った夜…。起きたらソファではなくベッドにいた。翔祐君はすでに着替えていて、私を呼びに来た。
「由紀奈、病院に行こう。生まれたみたいだから。」
翔祐君の第一声はそれだった。私が1人淋しく眠ったことに対しては謝ってくれなかった。弟が生まれてそれどころではなかったのもあるけど、結局何日たっても引きずる羽目になってしまった。
「ねえママ…。」
思い切ってあの日のことをママに打ち明けることにした。もちろん翔祐君がいない時。
「ママの出産の日ね、翔祐君と一緒に寝れると思ってたの。でも嫌がられちゃって、翔祐君とは別の部屋になっちゃった…。」
するとママは安心した表情になった。
「そうなの…それは嫌だったんじゃなくて、由紀奈のことを大事にしてるからよ。」
「なんで一緒に寝ないのが大事なの?私、すごく淋しかったよ。」
今度は困った顔になった。
「えーと…これはもう少し成長しないと分からないのよ。勉強して分かることじゃないの。」
翔祐君と同じ答えだ。
「あと何年くらい先になるの?このままだとずっとモヤモヤしちゃう…。」
「…たぶんこれからはもっとモヤモヤすることが多くなると思うの。でも、それを乗り越えないと結婚なんて絶対に無理よ。」
そんな状態で付き合い続けられるのだろうか。
「結婚する前に嫌になって別れちゃったらどうしよう…。」
「由紀奈…その時はもう諦めるしかないのよ。結婚なんて一生ものだからね。少しのことで気持ちが離れたら一緒に生活なんて無理だよ。」
「嫌だよ!ずっと一緒にいたいもん!」
「それなら翔祐君のことを信じなさい。彼は何も悪くないんだから。」
そうは言っても一体どうやって心の整理を付けたらいいのか…。
数日後に礼子ちゃんに会った。鈴木君と付き合ってる礼子ちゃんなら何か分かるかもと思ったのだ。
「せっかく泊まったのに一緒に寝なかったの?それはショックだね。」
「だよね?私、あれから淋しくて仕方無いの。」
やっぱり同い年じゃないと分かり合えないんだな…。
「翔祐君とはそのこと話したの?」
「全然だよ。弟が生まれたから、忙しさで避けられてる感じがする…。」
「そっかぁ…。」
「礼子ちゃんは鈴木君とどう?」
「一緒に宿題したり、ちょっとお出かけもしてるよ。この前はお菓子一緒に作ったの!」
お菓子作りか…。私、お菓子は作れないからな…。
「でも、同い年だとお泊りなんてまだ無理だから由紀奈が羨ましい。」
泊まったところで何もないけど。
「ちょっとぉ、恋バナが大人すぎない?」
礼子ちゃんのお姉ちゃんがお菓子、ジュースを持って入ってきた。高校生だけど、翔祐君とは別の高校に通っている。
「お姉ちゃん、聞き耳立てないでよ!大事な話なのよ!」
「いやでもさ、小学生じゃたぶん分からないんじゃない?年上の彼氏がお泊りしたのに一緒に寝てくれなかった、なんて高校生の悩みだよ?なんで彼氏が一緒に寝なかったか、私ならわかるよ。」
「なんでなの?」
「由紀奈ちゃんが大事だからよ。」
それはママにも言われたんだけどな…。
「いくら好きだからといっても、眠ってる間に彼氏が由紀奈ちゃんの体をあちこち触ってショックを受けたら嫌だから、一緒に寝れなかったのよ。」
「あちこちって…。もう私たちハグはしてるんだけど。」
「例えば胸を彼氏の手で触られたら?」
む、胸?思わずハッとなった。
「思い切り胸を掴まれる。どう?いいの?」
「そ、それはちょっと…。」
「お姉ちゃんやめてよ!由紀奈、あの漫画で鼻血出しちゃう子なんだから!」
うっ…。去年読んだあれか…。
「でも、これくらい説明しないと由紀奈ちゃんは分からないでしょ?彼氏は由紀奈ちゃんを守りたかったのよ。」
そっか…そういうことなのか…。いくら妊娠の方法を勉強しても、そこまで細かく言われなかったから気づかなかった。
「それにしても、高校生でちゃんと抑えられるなんて大した男だね。大事にするんだよ。」
「うん、ありがとう。」
こういうお姉ちゃんがいるから、礼子ちゃんって大人びて見えるのかなぁ。お姉ちゃんがいるって羨ましい。
その後は礼子ちゃんと一緒に宿題をしてから家に帰った。夏休みの宿題はいつもギリギリになるけど、今回は早めに終わりそう。雅史もいるし、あまりダラダラしていられない。
「ただいまー…。」
「あ、由紀奈おかえり。」
「翔祐君!」
私がいないのに来てたのか…。
「ママは?」
「夕飯の買い物に行ったよ。雅史も連れて出かけようとしてたから、俺が家で一緒にいるからって言ったんだ。」
あれから2人で話す時間はなかったが、今なら話せるかも。雅史は今は昼寝をしている。
「ねえ翔祐君…。あの日の話しない?」
「あの日?」
「ママの出産の日。」
翔祐君は目を反らした。
「その…あの日はごめん。由紀奈のことが嫌だったわけじゃないんだよ。」
「うん、わかってるよ。」
え?と翔祐君は驚いた。
「翔祐君、私が好きで大事だから別々で寝たんだよね。」
「うん、そうだけど…。」
急に理解を示した私に、翔祐君はただただ驚いている。
「どうした?礼子ちゃん家で何か聞いたのか?」
「うん、ちょっとね。だからもう大丈夫!」
「それならいいけど…。」
翔祐君はちょっと安心した笑顔になった。そして、私の頭を撫でた。
「俺、ちょっと不安になってたんだ。これで由紀奈が離れたらどうしようかって。」
「離れたりしないよ。だって結婚するんだもん。」
すると、そのタイミングで雅史が泣き始めた。
「どうしたの?オムツ?」
オムツを確認すると、おしっこラインが出ていた。ミルクだったら困るけど、オムツならなんとかなる。
翔祐君と一緒にオムツ替えをした。
「もし俺たちに子供ができても大丈夫そうだね。今から未来が楽しみだよ。」
翔祐君はそう言いながら雅史を抱っこした。翔祐君が本当に父親のように見えた。
それから数日後、私達は花火大会へ2人で行くことになった。今までは家族で行っていたから私服だったけど、せっかくのデートだから浴衣を着ることにした。
ママに着せてもらって、頭には髪飾りも付けた。
「お!いいじゃん!」
翔祐君に褒めてもらって、準備した甲斐があったなと思った。翔祐君は甚兵衛を着ていて、渋くてかっこよく見えた。
「人混みでこけないようにね。」
パパ、ママに見送られたが、2人とも最近は何時までに帰ってきてねと言わなくなった。夏休みだからかもしれないけど、一番は翔祐君を信用してるからだと思う。
「由紀奈、ちょっと背が伸びたんじゃない?」
「そうかな?」
「伸びたよ。前まで俺の肩より下だったのに、今は肩より上だし。」
「あ、確かに!この前ズボン履いたら違和感あったんだよね。身長が伸びたからかぁ。」
前までデートしてたら周りの人に見られてたけど、最近そういうことがなくなったのは私達の差が埋まってきてるからかもしれない。
花火が始まるまでには時間があったので、かき氷やポテトを食べたりした。楽しくて夢中になってたが、途中でトイレに行きたくなった。今からは確実に混むからその前に済ませておこうと思ったが、既にトイレは混んでいた。翔祐君を待たせているので早く済ませたいのにと思っていると、前に並んでいる女の人たちの話が聞こえた。
「そういえばさあ、カップルでここの花火を見ると別れるって噂なかった?」
「うん。聞いたことあるよ。私の友達、本当に別れたし。」
え…?別れちゃうの?
「花火を見ると…ってことは花火の前までなら大丈夫なのかな?」
「さあ、細かいことは分かんない。でも別れる奴ってどこ行ったって別れるよね。」
最後の方は笑いながら話していたが、私には「一緒に見たら別れる」というところしか頭に入らなかった。
今まで気にしたことがなかったからそんな噂があるなんて知らなかった…。どうしよう。花火の前に帰らなくちゃ…。
「翔祐君、お待たせ。」
ようやくトイレから出られて翔祐君のところに戻れたが、あまり元気が出なかった。既に外は暗くなってきているので表情が分かりづらかったのか、翔祐君は何も気にしていなかった。
「由紀奈、もうすぐ花火打ち上がるって。」
「え?もう?」
どうしよう…。
「ねえ、翔祐君。早めに帰らない?」
「うん、全部は見れないけど早めに帰るつもりだよ。お母さん達心配するだろ?」
ってことは途中までは見れてしまう。すると、一発目が上がるアナウンスが流れ始めた…。
バーーーン!
嘘!?見ちゃった…。私は怖くなって走って逃げた。
「え!?由紀奈、どうした!?」
周りの人たちにチラチラと見られたが、みんな花火に夢中になっているのでそこまで気にされなかったし、私も気にしていられなかった。とにかく、見てしまうと別れるというのが怖かった。
「由紀奈!」
後ろから翔祐君の声が聞こえたが、私は構わず走った。でも、さすがに浴衣ではそこまで速く走れないし、どんどん疲れてきて止まってしまった。背後からは遠慮なく花火の打ち上がる音が聞こえる。
「由紀奈、どうしたんだよ!花火楽しみにしてたじゃん!」
気付いたら人気の無いところまで走っていた。息が整ってから私は説明した。
「あのね…この花火をカップルで見ちゃうと別れる噂があるらしいの…。さっきトイレで聞こえちゃって。」
「は?なんだ、そんなことか…。」
「そんなことって!別れちゃったら私はもう生きていけないよ…。」
涙を流す私に対して翔祐君はいつもみたいに頭を撫でてくれた。
「由紀奈、若い男女だったら別れるやつのほうが大半だろ?だからそんな噂になっただけだよ。別れる奴なんかどこでデートしたって別れるよ。」
「若い男女って…。私達だってまだ若いじゃん。」
「大丈夫だよ。それに、そんな噂があるなら俺たちが最後に結婚して噂をひっくり返せばいいじゃん。」
「翔祐君…。」
翔祐君は本当にかっこいいし強い。こんな素敵な人と別れるわけない。思わずハグをした。しばらくそのままだったが、ずっと一緒にいるという誓いのために、私は自分から翔祐君の口にキスした。翔祐君は一瞬驚いて顔を離したけど、もう一度強くキスしてくれた。
「ずっと一緒だよ。」
これからは、噂よりも翔祐君を信じよう。
お盆が過ぎ、夏休みは残り10日ほどになった頃にクラスの子から電話があった。明後日にみんなでドッジボールをして遊ぶから参加しないかという内容だった。学校のグラウンドに集まってやるらしい。
雅史が心配なのでママに言ったが、せっかく夏休みなのだから行ってきなさいと言われた。一応、翔祐君にも話そう。
「ドッジボールか。俺も小学生の時によくやったなぁ。」
「今はやらないの?」
「高校生はほとんどやらないよ。体育の授業でやるくらいだよ。そのドッジボールは達也も参加するの?」
「うん、達也君が言い出しっぺらしいの。」
「さすがだね。俺とは正反対だよ。みんな一緒なら何もないだろうし楽しんでこいよ。」
「うん、ありがとう!」
夏休みにみんなに会えることはなかなか無いから今から楽しみだ。
ドッジボールの当日、私は自転車で学校へ向かった。人数はかなり集まっていて、佑梨ちゃんと礼子ちゃんも来ていた。
「由紀奈、久しぶりだね。あれから翔祐君とどう?」
礼子ちゃんに聞かれた。
「花火大会に一緒に行ったんだけどね…キスしたの。」
「え!?そうなの?」
礼子ちゃんがかなり驚いたためみんながこちらに振り返った。
「どうしたのー?」
「ごめん、何でもないよ。」
キスなんてもう何度かしてるけど、花火大会の日は本当にちゃんとしたキスだったなと思う。
「そういえばさあ、相沢、花火大会来てたよね?」
「うん、行ったよ。」
この間、翔祐君に対して文句を言った男の子、徹平君に聞かれた。
「翔祐といたよね?逃げ回ってたけど、喧嘩したの?」
う……見られてたのか。
「喧嘩はしてないよ。花火を見たら別れるって噂に惑わされちゃったから逃げてたの。ちゃんと仲直りはしたよ。」
「ふーん…。」
そう言って徹平君は達也君のところへ歩いていった。やっぱりあんなに人がいたら同じ学校の人がいても仕方無いかぁ。
その後すぐにドッジボールが始まったが、自分で取って投げるのが苦手なのでボールを避けるだけになってしまった。最後の方まで残ってたがとうとう当てられた。3試合ほどしてから休憩することになった。
女子で集まってお喋りしようとしたのだが、達也君に呼ばれた。
「ちょっとだけ話せないか?」
一瞬、翔祐君が頭に浮かんだけど、みんなの前で呼ばれて無視するわけにはいかなかった。
私達は中庭に移動した。場所からして言いたいことは何となくわかった。
「俺、本当に由紀奈のこと好きなんだよ。やっぱり俺だと駄目なのか?」
達也君は今までにないくらいに真剣な表情だった。ここまで真剣に来られると断るのが辛いけど、私は翔祐君がいるから揺れるわけにいかない。
「達也君…私、翔祐君と結婚の約束してるの。だから達也君とは一緒にいられないの。本当にごめん…ごめんなさい。」
正直なところ、何故達也君が私を好きなのかはわからなかった。でも、それを掘り下げてしまうと私だって何故翔祐君なのかは分からない。
「相沢!」
すると、男樹君や徹平君など男子たちが数人出てきた。隠れて聞いていたようだ。
「高校生はやっぱり危ないよ!達也の方が絶対いいって!」
「危ないって…何が危ないの?」
「この前ニュース見たんだよ!小学生の女が高校生の男に妊娠させられてたやつ。そんな風になったらどうすんだよ!」
そんなニュースがあったなんて…。翔祐君みたいに、相手の女の子を悲しませてでも別の部屋で眠らなかった男がいたってことか…。
「翔祐君はそんな人じゃないもん!ちゃんと自分を抑えられる人だよ!それに私だって危ない目に遭わないようにママと勉強してるもん!」
「勉強?」
何の勉強?などと話し始めたが構っていられなかった。
「私、翔祐君と結婚するんだもん!みんなに邪魔されたくないの!お願いだから翔祐君のこと悪く言わないで!」
泣きながら訴えると、達也君が口を開いた。
「みんな、もういいから。俺はちゃんと言えただけで充分だから。」
「達也…。」
「由紀奈、ごめん。俺が1人だと勇気が出ないからみんなに見てもらってただけだから。由紀奈1人にさせてごめん。翔祐とのことは応援してるから。」
「達也君…ごめんね。本当にごめん。」
達也君は男子たちを連れてグラウンドへ戻った。達也君、こんな時には1人だと勇気が出なかったなんて意外だ…。
「由紀奈、大丈夫なの?」
いつの間にか佑梨ちゃんと礼子ちゃんが来ていた。
「泣き止むまで一緒に待つよ。せっかくドッジボール楽しんでたのにね。」
「女の子1人に男子数人なんて最悪だね。翔祐君に言いつけようよ。」
「やめて!大丈夫だから。嫌なことをされたわけじゃないから!」
私ではなく、男子に翔祐君の悪口を言われたのが嫌だった。翔祐君を守れるのは私しかいない。むやみに翔祐君に頼ったら駄目だ。
「なんだか由紀奈、大人っぽくなったね。翔祐君が放したがらない理由が分かる。」
「本当だよね。達也君が惚れたのも仕方ないよ。」
私…大人になれてるんだね。翔祐君以外から言われると安心する。
その後はまたドッジボールに戻った。みんな久しぶりに集まれて楽しかったみたいで、最後は笑顔で解散した。




