10 高1×大3
俺は坂田健二。高校に上がって友人が出来るか心配ではあったが、いい奴ばかりで助かった。
「ねえ、みんな彼女とかいる?」
数人で話していると、友人の理来が言った。全然だよ〜と言う奴もいたし、別の高校に彼女がいると言う奴もいた。
「健二は?健二ってモテそうな気がする。」
「そんなことねえよ。」
実をいうと高校に入学してから数人に告白されたのだが、付き合う気にはなれなかった。何故かって言うと好きな女が出来たからだ。
「え?誰々?」
高校生ともなると好きな女の話くらいアッサリと出来てしまう。それを言いふらすような子供っぽい奴もさすがにいない。
「相沢っているだろ?相沢由紀奈。」
「ああ、あの子ね…。」
なんだか理来の反応が悪かった。
「なんだよ?悪い噂でもあるとか?」
「そうじゃないんだけど…相沢さん、彼氏いるらしいんだよね。」
はぁ……そっか。
「この高校?」
「いや、それが大学生の男って聞いたんだよ。高1で大学生と付き合うって危なくないか?」
「そうか?社会人彼氏がいる奴もいるぞ?」
友人の1人がそう言ったのだが、理来はそれでもいい顔をしなかった。
「あのさ、どこまで本当か知らないんだけど小学生の時から付き合ってるとか教会で結婚式をしたとか、変な話ばかり聞くんだよね。」
「結婚式??ただの妄想話なんじゃない?女子ってそういうの好きじゃん。」
他の奴らは笑いながら聞いてた。
「だといいんだけどね…。」
なんだかよく分からないが、余計に興味が湧いてきた。そもそも本当に大学生の彼氏がいるかも怪しい。
接点がないので突っ込んだことを話す機会が無かったが、ある時帰りのバス停でたまたま2人だけになれた。相沢と目が合ったので会釈された。
「相沢。」
普段話さない俺が話しかけたので驚いた顔をしていた。
「あのさぁ、大学生の彼氏がいるって本当?」
もちろん自分が気になったから聞いたのだが、理来があまりいい目で見ていなかったので、理来への説明の為にも聞くことにした。
「うん、いるよ。翔祐君っていうの。5歳年上の幼馴染なの。」
幼馴染か。それなら親も知ってるだろうし、危ないことは無い。
「小学生から付き合ってるって聞いたんだけど、それも本当?」
「うん、そうなの。小学生5年生から付き合い初めて、もうずっと一緒にいるの。」
「へぇ…。なら結婚式は?教会で挙げたって話を聞いたんだけど、どういうこと?妄想話でもしてたとか?」
「そんなんじゃないよ。本当に教会に行ったの。もちろん本番ではないけどね。これはその時の写真。小学校の卒業の記念だったんだけど。」
手帳に挟んでいた写真を見せてもらった。幼い頃の相沢と、その隣で幸せそうな表情の男。たしかにそこは教会だった。男の表情は、妹みたいな幼馴染をお世話しているだけの男には見えなかった。そして運動部の俺からしたらあまり強そうには見えなかった。ヒョロヒョロしていてすぐに倒せそう。
「噂は本当だったのか…。」
「噂?」
「相沢が大学生と付き合ってて結婚式も挙げてるって話。」
「本当だよ。やっぱり驚くよね。小学生の時なんか私の勘違いと思われてたもん。」
俺にはそれよりも気になることがあった。
「嫌にならない?そんなずっと1人の男に縛られて。12歳で教会まで行って結婚式なんて完全に束縛する為だよ。彼氏、病気だよきっと。」
小学生と高校生の時から付き合ってるってことだから俺には受け入れられなかった。
「それなら私の方こそ病気だよ。私だって翔祐君を縛り付けて他の女の人のところに行かないようにしてるし、結婚式だって私から提案したの。場所は翔祐君の希望だったけどね。もう私、翔祐君以外見れないの…。」
俺と話しているのに、翔祐のことしか考えていない様子。ここまで1人のことしか愛せないなんて、まるで洗脳だ。
とてもじゃないけど、今の相沢には他の男が入る隙は微塵もなかった。きっと芸能人の男や金持ちの男が目の前にいたとしても、相沢にはただの1人の人間にしか映らないはずだ。
「相沢の噂は本当だったよ。」
翌日、理来に話した。
「マジかよ?結婚式も本当なのか?」
「うん。でも、ただのごっこだよ。写真も見せてもらった。」
相沢の被っていたベールと花束は明らかに手作りだったし、彼氏の翔祐も制服のジャケットを羽織ってそれっぽく見せていただけだった。でも、相沢の話し方はまるで本番の結婚式を挙げたかのような話し方だった。みんなが変に思うのも仕方ない。
「その彼氏のことさえ無きゃ普通の女子だし、モテそうなのに。勿体ないね。」
きっと本人たちは幸せなのだろうけど、高校生の俺達からしたら自由がない女にも見えた。俺がその不自由さから連れ出すのは無理なのか?
「健二、他に女子なんかいくらでもいるんだから、相沢さんに固執することないよ。」
「それもそうだな。」
理来に合わせてそう答えたが、まだ諦めるのは早いと思った。正直、あの写真の翔祐を見て簡単に奪えると思ってしまった。今現在の写真ではないが、翔祐が高校生の時だからそこまで変化はないはずだ。
俺は相沢に近づく為に、恋愛の相談があると嘘をついた。実は好きな女が年上の人で、相談できる奴が他にいないからあの時に噂の真偽を確かめたと言い訳をした。
「わかる!私も小学生の時はすごい大変だったの。中学でようやく同じような子に出会えて、全部その子に話してたの。」
相沢は本当のことだと思ってくれた。あまりにも素直なので悪い気もしたが、近づくにはこれしかなかった。
「でも、もう高校生だからきっと反対はされないはずだよ。うちは小学生と高校生だったから両親にものすごく反対されちゃって…。」
そりゃそうだろうな。小学生に手を出すなんてただの危ない男にしか見えない。
「でもね、翔祐君は私の両親に土下座までしたのよ。私は両親に彼の良いところを話して、説得し続けたの。」
「え?土下座?」
さすがにそれは引いてしまったが、あの外見だと土下座の光景に簡単に想像がついてしまった。
「それでね、私には小さい弟がいて、その子が生まれてから一緒にお世話をしてくれるようになったの。もう家族同然なんだよ。」
「へ、へえ…。面倒見が良いんだな。」
話を聞けば聞くほど2人の絆の深さが垣間見えてしまう。一体どうしたらいいのか…。
「坂田君はどんな人が好きなの?」
「今は大学生で美容専門学校に通ってるんだよ。姉の友達なんだ。」
実際に姉は美容専門学校に通っているのでその設定でいくことにした。
「へえ、素敵!オシャレさんなんだね。」
それからも架空の好きな女の話で関係を続けた。ある日、学校の中だけだと時間が限られるから何処かの店で話さないかと持ちかけた。
「いいよ。たまに行くカフェがあるからそこに行こうよ。」
相沢はあっさりと受け入れてくれた。何も考えてないのか、本当に俺が悩んでると思ってるかのどっちかだな…。
「坂田君、津和野って行ったことある?」
「津和野?どこだっけ?」
地名は聞いたことはあるが、どこなのかわからなかった。
「実は結婚式を挙げたのは津和野の教会なの。乙女峠って言って、明治時代にキリスト教の信者が迫害されてた場所にあるの。」
迫害って…よくもまあそんな場所で挙げたな。
「でもね、迫害を受けても信仰をやめなかったの。だから私達もそれに習って、みんなに反対されても邪魔をされても一緒にいようねって誓ったの。」
「なるほど、そういう意味なのか…深いな。」
歴史の話は好きだが、キリスト教のことはあまり興味がなかった。「絵踏」という単語だけは覚えているが、授業で習った時にはただの絵なら踏めるだろ、と思いながら聞いた。
「それなら、もし好きな人の写真があったら踏める?私なら踏めないよ。結婚式の写真だって絶対に踏めない。」
「あ…そういうことか。確かに嫌だな。」
家族写真や友達との写真を踏むようなものか…。きっと相沢はこんな風に色んな人の話を聞いてきたんだろうな。
「えー?相沢さんのこと諦めきれてないの?」
休日に理来と遊びに出かけていた時に打ち明けた。理来は未だに相沢のことを変な女だと思っている様子だった。
「変なのは彼氏の翔祐の方だよ。そいつがおかしいんだよ。」
「確かに、高校生で小学生のことなんか本気で好きにならないよね…。なんか裏があるんじゃないか?」
幼馴染で家族同然の仲と言っていたから裏があるとはとても思えなかった。
「理来はいい奴はいないのか?」
「俺は全然だよ。もう今は勉強、部活で手一杯。」
相沢と話した後に理来と話すと、普通の高校生同士の会話だと思った。そもそも宗教の話なんか普段することは無いし、キリスト教なんて国が違うんだから余計に馴染みがない。結婚式を挙げればイメージが変わるのかもしれないが、まだまだ先の話なので教会のことなんか気にしたこともなかった。
デパートのフードコートにいたので、その後は雑貨屋に移動した。理来が母親の誕生日プレゼントを買う為だ。普段入らないので男2人は気が引けたが、先に一組のカップルがいたので俺たちも入りやすかった。
「坂田君?」
そのカップルの女の方に話しかけられた。相沢だった。ということは男の方は…。
「この人が翔祐君だよ。」
一緒にいた翔祐は俺達に向かってこんにちは、と優しく挨拶した。もちろん結婚式ごっこの写真と全く同じではないが、ヒョロヒョロしていて弱そうなイメージは変わらなかった。理来はあまり関わりたくなかったようで、挨拶した後はすぐにその場を離れてしまった。
「翔祐君、坂田君だよ。」
相沢は俺のことを翔祐に話していたようだ。
「さすが由紀奈だね。男友達にまで相談されるなんて。」
男友達、と言う時に強調しているように見えた。
「やっぱり大学生とか社会人と付き合ってる人って少ないから、つい話したくなっちゃうの。」
「坂田君、由紀奈のことよろしくね。」
彼氏の余裕を見せつけられてさすがにムカッと来たが、ここで喧嘩するわけにもいかないので堪えた。
「じゃあ私達行くね。また明日ねー。」
相沢はいつもの感じで俺に手を振った。が…翔祐が俺を見る目がさっきまでのものとは違った。相沢は気付いていないが、かなり突き刺すような目で俺を見ていた。たぶん、俺が相沢を好きなことに気付いてるんだ。
「健二…大丈夫だったか?」
理来が戻ってきた。
「うん。彼氏、いい人そうだね。」
本当はかなり苛立ってたが、気にしていないふりをした。
「そうだけど、弱そうな男だったね。同性から見たらそんないい男にも見えないけどな…。」
きっと相沢にしか分からない魅力があるのだろう。
それに…やはりかなり束縛心が強そうだ。表面的には余裕でも、内心は怯えていて相沢に近づく男がいたらあんな目で見て攻撃するんだ。
「ねえ、あの男誰だろうね?」
ある日の部活帰り、数人で帰っていると校門の所に私服で立っている男がいた。雨が降っていて傘を差していたため顔が見えなかった。
「誰かを迎えに来たんじゃない?」
「いや、不審者かも。注意しようよ。」
俺は本当に不審者だったら嫌だなぁと思ったが、近づくに連れてそれが誰なのか気づいた。
翔祐だ…。でも、相沢はとっくに帰ってる時間だ。
「あ!あれ相沢さんの彼氏だよ。」
理来がコソコソとみんなに伝えた。あの噂の男か、などと話していた。翔祐も俺に気付いた様子。
「相沢ならもう帰りましたよ。」
俺が言いに行くと、翔祐は得意げに言った。
「もちろん知ってるよ。家は隣だから。」
「用もないのに来たんなら通報しますよ。」
「俺は君に用事があるんだよ。」
なんなんだコイツ。学校にまで来るなんて。
みんなには先に帰ってもらった。理来は心配そうにしていたが、ここは2人で話さないといけない。
「坂田君、大学生の女の人が好きなんだね。」
「だったら何ですか?貴方には関係ないでしょ。」
「あるよ。そんなバレバレの作り話で由紀奈に近づかれると困るんだよ。」
やっぱり気付いてたんだ…。
「由紀奈は魅力的だから惚れてしまうのも分かるんだけど、もう俺達は結婚式まで挙げてるんだよ。指輪だって交換したし。君が入れる隙があるとでも思った?」
「ああ、結婚式『ごっこ』ね。相沢が本番の結婚式みたいに話すから、みんなから変に思われてますよ。」
ごっこ、と言った時に翔祐の目つきが変わった。あの時の突き刺すような目だった。
「だいたい、人生これからって時に教会まで行って結婚式を挙げたり写真館に行ったりするなんて、相沢のことを縛り付けて可愛そうですよ。1人の男しか知らないなんてこれから困るんじゃ…。」
そこまで言うと、翔祐に胸ぐらを掴まれた。
「そうでもしないと由紀奈が俺から離れるからだよ!これまでだってもちろん不安はあったよ。だけど由紀奈は結婚式まで挙げてるのに、っていつも言ってくれた。あの津和野の結婚式は挙げて正解だったんだ。神の前で愛を誓ってるんだぞ?離れることは罰当たりだよ。」
やっぱり自信がないんだな…。俺からしたら相沢を奪える見込みは今のところないのだけど、翔祐はそれを分かっていないんだ。なんで相沢はこんな弱々しい奴と一緒にいたいのだろう?
「神の前って…そんなのただの形式じゃないですか。毎日教会に行ってるわけじゃないですよね?」
元々キリスト教を信仰しているなら仕方ないが、結婚式の時だけ教会に行って神の前で誓ったと言われても、俺からしたら表面的な誓いにしか思えなかった。
「形式だとしても俺たちは神に誓ったんだ。離れることは許されない。由紀奈に近づく男は許さない。」
刃物を持っていたら殺されてる…そう思うくらいの覇気だった。さすがに冷や汗が出た。同時に相沢がこんな男にずっと縛られてるのが可哀想に思えてきた。
その後、しばらくは相沢と話すのを控えていた。たぶん翔祐のあの様子だと俺に近づかないように言っているはずだし、また学校に来られても迷惑だ。
だが、相沢の方から俺に話しかけに来た。
「坂田君、あのね…。」
なんだか気まずそうに見えた。
「もしかして最近翔祐君と話した?」
「うん、話したよ。校門にいたから。」
「え?学校に来てたの?」
「うん。たぶん相沢のこと迎えに来てたんだよ。」
俺に用事があった、と言うと俺の気持ちがバレるので言わなかった。
「翔祐君、ヤキモチ妬いてるみたいで…。坂田君と話しちゃ駄目って言うの。でもね、こういう相談が出来る人がいないと大変でしょ?だから話すのは学校の中だけになると思う。」
相沢…本当に気づいてないんだな。それに、あの嫉妬具合を見てると「ヤキモチを妬いている」なんて可愛い言葉では済まない。何かあれば本当に俺を殺しに来る…。そんな勢いだった。
「それに、翔祐君だって高校時代は女友達に相談してたんだよ?翔祐君はただの同級生だよって言ってたのに、なんで私が男の人と話すのは駄目なんだろ?誰と話したって私は翔祐君が好きなのに。」
相沢はやはり翔祐しか見えてないのだ。翔祐は何故あんなに心配するのか…。わざわざ脅しに来なくても、俺が入る余地なんか微塵もない。俺だって、翔祐が本当にいい男なら諦めもついたはずだ。でも、あんな変な男だと俺のほうがもっと幸せに出来ると思ってしまう。
「坂田君のLINEも消せって言われちゃったの。そこまでしなくてもいいのにね。」
「毎日学校で会えるからLINEは消しても問題ないよ。俺は大丈夫だから、彼氏の言う通りにしたほうがいい。」
「…ごめんね。」
完全に束縛男だ。これは絶対離れるべきだ。いくら神の前で誓ったと言っても、いい神なら悪い男と一緒にいることは望まないだろう。
あの後LINEは切ったので翔祐が学校に来ることはなかったが、ある時相沢が放課後になってもすぐに下校をしていないことに気づいた。たぶん数日前からその状態だ。
そしてその日は教室にはいなかったのでもう帰ったのかと思った。俺は借りたい本があったので図書室に行ったら、今日はそこに相沢がいた。本を持っていたが読んでいる様子はなかった。
「相沢?」
俺が話しかけると…相沢は涙目で俺を見た。
「え?どうした?」
「坂田君…私、翔祐君が何考えてるかわからない。18歳になったら結婚するつもりだったのに…もう無理かもしれない。」
急にどうしたんだと理由を聞くと、ポツポツと話し始めた。
「翔祐君は私には坂田君と話すな、なんて言うのに自分は女友達と会ってたんだよ?ひどくない?」
その女友達というのは翔祐の高校の同級生らしい。茉梨という名前で、相沢と翔祐のことをずっと見守ってくれており、相沢から見てもとてもいい人なのだそうだ。
「私が怒ったら『茉梨さんは俺のこと恋愛対象に見てないから』なんて言うんだよ?坂田君だって同じじゃんって話したら『坂田君は嘘ついてるんだ、由紀奈が好きだから近づいてるんだ』って言うの…。そんなことないよね?」
翔祐にはバレてるが、俺は自分の口から相沢が好きだとはまだ言っていない。
「そんなことないよ。彼氏は自信がないんだね。」
「そうなの。結婚式まで挙げたのに…。あの感動的な結婚式は何だったの?」
やっぱり結婚式のせいで縛られてるんだ。神の前で誓わなければ…こんなに苦しめられることはなかったはずだ。
「相沢…俺が彼氏に話そうか?俺は何もしないから束縛しないでくれって言うよ。」
「束縛??これって束縛になるのね…。」
「そうだよ。さすがに危ないよ。」
ちょっと悩んでいたが、相沢は俺についてきてほしいと頼んだ。
そして校門まで一緒に歩いていると、またもや見覚えのある男がいた…。
「由紀奈…?」
翔祐は寂しそうな顔で相沢を見たあと、今度は俺の方を見た。そして段々とあの刺すような目つきに変わっていった。
「お前…由紀奈に手出したのか!?」
「え?翔祐君?」
「由紀奈に近付く男は許さないって言ったよな?」
刃物を持っていやしないかと怖くなったが、何も出してはこなかった。
「翔祐さん…俺、相沢が好きなんて言ってませんよ。相談に乗ってもらってただけで。だから相沢のことを自由にしてほしいんです。」
「自由にしたらお前みたいなのが寄ってくるんだよ!俺の不安がわかるか?俺には由紀奈の代わりはいないんだよ!」
「相沢は貴方以外見れないっていつも言ってるのになんで信じてやれないんですか?」
ふと相沢を見るとかなり怯えていた。そして、俺たちを置いて校門から出ようとした。その足音に翔祐が気づいた。
「しょ、翔祐君…そんなに怒らないでよ。坂田君は友達なのに。」
走って帰ってしまった。そして翔祐も相沢を追いかけていった…。
あの感じだと何を言っても無駄だ。他の男と話すだけであの目つきになってしまうのだから。相沢を守る為には、俺は距離を置くしかない。
「け、健二…。」
いつの間にか気付いた理来が先生を連れて走ってきた。
「あれ?もう帰ったの?」
「うん。相沢を連れてね。」
「何なんだあの男は?」
先生には相沢の知り合いだから大丈夫です、と伝えた。相沢が変な男と付き合ってるなんて広まれば、相沢の立場が危うくなる。
翌日になり、相沢からは翔祐とはしばらく2人で会わないことにしたと聞かされた。相沢の両親や翔祐の親から見て今の翔祐は危ないと判断したらしい。
「昨日はごめんね。翔祐君、今までこんなことなかったのよ?なんであんなに怒ったのかわからなくて…。」
「自信がないだけだよ。」
「なんで自信が無いのかな…。今まで何があっても乗り越えてきたのに。不安だと思ったから私からも指輪を渡したの。それじゃ駄目だったのかな…?」
俺からしたら彼女の方から指輪をくれるなんて充分な愛だと思った。相沢は精一杯のことをしているのに、贅沢なもんだ。
そのうち学校は夏休みに入ってしまい、相沢とは会えなくなった。心配ではあったが、もし俺と学校以外で会ってしまえば翔祐がまたどんな嫉妬を向けてくるかわからない。それに…俺だけなら何とでもなるが相沢に怒りが向いたらそれこそまずい。
「健二…相沢さん来てるみたいだよ。」
俺は部活でたまに学校に来ていた。理来が気づいて俺に教えに来た。
「何で来てたんだろ?」
「さあ。彼氏と会いたくないからじゃない?図書室の方に向かっていったから勉強でもしてるのかもね。」
理来は今だに相沢と関わりたくない様子だが、俺の気持ちは汲んでくれているようだ。
部活が終わってから図書室に行ってみた。帰っている可能性もあったが、相沢はまだ中にいた。相沢だけではなく、他の生徒もちらほらいた。
「相沢。」
元気が無かったらどうしようかと思ったが、いつもと変わりはなかった。
「坂田君、部活お疲れ様。」
「ありがとう。最近どうだ?遊べてるか?」
「うん。友達と遊びに行ったりしてるよ。翔祐君は会えてないけど…。」
やはり翔祐の名前が出た時に曇った表情をした。その時、左手に指輪をはめていることに気づいた。
「それって翔祐さんからもらった指輪?」
「うん、そうなの。12歳の誕生日にプロポーズされて、その時にもらった物なの。私が18歳になったら結婚しようって言ってくれたの…。18歳まであと少しなのに…。」
自分の彼女が12歳の時にプロポーズして結婚式も挙げて…。同い年ならこんなことはしなかっただろうな。年齢差があるからこその焦りだろう。相沢が他の男を見ないようにする為に。
相沢は話しながら泣き出してしまった。
「結婚はゴールじゃない。スタートだ。あんな危ない男とスタートするのか?その前に別れた方がいいよ。」
「嫌だよ!結婚式まで挙げたのに…あの結婚式で誓ったのに…小学生の時から長い間待ちわびた人との結婚なのに。」
相沢は今までの気持ちを無かったことにするのが嫌なのだろう。こんなに長く付き合っていなければ、すぐに別れられたはずなのに。結婚式のことだってまるで呪いのようにまとわりついている。
おそらくこれは俺が介入できる問題ではない。2人の恋愛は俺にとっては重すぎる。今すぐ解決なんて無理だ。
「相沢…俺、相沢のことが心配だから何かあったらここにかけろ。日中は部活でいないかもしれないけど、ちゃんと折り返すから。」
俺は自分の家の電話番号を書いたメモを渡した。たぶんかかってくることは無いだろうけど、逃げ道は作っておかないといけない。
そのまま1人で家に帰ると、姉が友達を家に入れていた。
「こんにちは。」
俺が挨拶すると、姉の友達も愛想よく挨拶してくれた。そして制服姿の俺を見て何かに気づいた様子。
「同じ学校に由紀奈ちゃんっているでしょ?私の妹が由紀奈ちゃんと親友なの。ちなみに私は由紀奈ちゃんの彼氏の友達なの。」
「もう、茉梨ってば最初からあれこれ伝えすぎだよ~。」
茉梨…?
「でもさぁ、その彼氏と由紀奈ちゃんって別れそうなんでしょ?」
「うん、まあ…。」
「茉梨が世話を焼くことないよ。高校時代からの友達だから心配なのはわかるけど。」
間違いない、相沢が話していた茉梨のことだ。翔祐が会いに行っていた女友達。まさか姉の友人だったとは…。
相沢が言っていた「茉梨は翔祐のことを恋愛対象に見ていない」というのは本当のことだろう。彼氏がいるみたいだし、こんなに明るい女があの歪んだ男を好きになるとは到底思えない。
俺は姉に頼んで、少しだけ茉梨と2人で話させてもらった。姉は翔祐と相沢のことは全く知らないので、ぜひ聞いてあげてほしいと俺の方も頼まれる形になった。
「えー?翔祐君が言ってた坂田君って貴方のことだったの?」
これまでの経緯を話すと、驚いた様子だった。
「翔祐さん、元々あんな性格なんでしょうか?ものすごい嫉妬を向けられて、刃物でも出すのかと思ったくらいです。」
「私もあんな翔祐君を見たのは初めてなのよ。たしかにいつも不安はあったみたいだけど、由紀奈ちゃんが高校生になった時に余計に不安が大きくなったみたいで。急に大人の女性に見えたのかもね。」
いつまでも子供だと思っていた年下の彼女が気づけば大人の女になっていた…。それで焦り始めたのか。
「でも健二君は好きな女の人がいるんだよね?年上の人で。だから由紀奈ちゃんと話したかったんでしょ?翔祐君は勝手に1人で勘違いして暴走しちゃって、どうしたらいいのか…。」
…もうここで嘘をつくわけにはいかない。
「いえ、その年上女性は架空の人です。」
「どういうこと?」
「僕が好きなのは相沢です。」
茉梨はかなり驚いていた。仕方ない、茉梨みたいに初対面でもベラベラと喋ってしまう女だったら異性の友達なんていくらでもいるだろうから。
「普通に話しかけても相沢には相手にされないと思ったから嘘をついて近づいたんです。とてもじゃないけど相沢には他の男が入る余地は無いですよ。わざわざ学校にまで来て俺に怒りをぶつけなくても相沢は僕のところには来ないです。」
「そういうことだったの…。確かに由紀奈ちゃんはそうでもしないと気にかけてもくれないだろうね。」
話す中で、俺の気持ちは次第にある方向へ固まっていった。
「茉梨さん…。翔祐さんと会わせてもらうことって出来ますか?直接話してみようと思っています。」
「いいけど、何を話すの?」
「正々堂々と戦うって宣言するんです。きっと僕が回りくどいことをしたからおかしくなったんです。だから翔祐さんに本当のことをすべて話してみます。それで2人が別れるならそれまでの仲です。」
茉梨はあまりいい顔をしなかった。2人の始まりの頃から知っている茉梨からしたら別れるところなど見たくないのだと思う。
ちょっと考えたいと言われ、その日は話を終わらせた。茉梨が納得をしないとそもそも会う手段が無いので茉梨の返事を待つしかない。
翌日、茉梨から電話があった。姉の電話にかかってきたので代わらせてもらった。
「健二君…私ではどうにもならないの。それにこのまま2人が結婚してもきっと幸せな生活は待っていないと思う。だから考えがあるなら行動するしかない。健二君に、傷つく覚悟があるのなら…。」
そんなの承知の上だ。俺は別にどうなってもいい。このままだと相沢が幸せになれないのだ。
「大丈夫です。会わせてください。」
この俺の判断が吉か凶か…それは自分でもわからない。
会うことにしたのはたまに遊びに行くショッピングモールのフードコートだった。茉梨が、個室だと翔祐が何をするかわからないから周りの目があった方がいいという判断だった。久々に会った翔祐は覇気が無く、顔色も悪くなっていた。
「坂田…お前がいなければ…。」
俺を見た途端に掴みかかりそうになったが、茉梨に制止された。元気がないので以前のような勢いもなかった。
「私は別の場所で待っているから。」
茉梨はそう言ってその場を離れた。
「話ってなんだよ?俺と由紀奈が上手くいかないのを笑いに来たのか?夏休みに入ったら2人で旅行に行こうかと思っていたのに、それも駄目になったよ。お前のせいでな!」
もう俺は腹が決まっていたので何を言われても平気だった。
「翔祐さん…翔祐さんの言う通り、僕は相沢のことが好きだから近づいたんです。年上女性も架空の人です。」
「やっぱりそうなんじゃねえか!バレバレなんだよ!周りくどく近づきやがって…。」
「でも、なんで僕がそうしたと思いますか?そうでもしないと相沢に相手にされないからですよ。相沢は僕が何を言っても翔祐さんのことしか見えていなかったんです。」
翔祐は黙って聞いていた。
「でも、もう嘘も限界が来てます。だから正々堂々と戦います。相沢にも本当のことを言います。」
そう告げると、翔祐は焦り始めた。
「や、やめてくれ!そんなことをしたら由紀奈が本当に俺から離れてしまう…。」
何故俺が嘘をついてまで近づいたのか説明したのに、まだそんな発言をするのか。
「翔祐さん…そんな状態で結婚してもいずれ離婚しますよ。相沢みたいないい女ならライバルなんてこれから山のように現れます。これで相沢が離れてしまうならそれまでの仲です。結婚式もして指輪も交換した貴方たちが僕に負けるんですか?」
すると翔祐の目つきが変わったように見えた。以前の刺すような目つきではなく、戦う覚悟を決めたかのような目つきだった。
これでようやく堂々と戦える。嘘をつかずに相沢に向き合おう。




