46、自覚と覚悟
そしてひとしきり涙を流して、気分は些かスッキリしたところで。
テオドール殿下は何故急いで国に戻らなければならなくなったのかと、ふと疑問に思った。
「……どうして、国に戻るの?あ、言えないことなら大丈夫なのだけれど……」
「ああ、そうか。まだ聞いていないよね……。まあ、リアにも関わる話だから教えるけど……」
そう言いながら、テオドール殿下はちらっとナタリーのほうをみて小声で話し出した。
「……今、僕の国と休戦中なのはわかっていると思うけど……ネージュラパン王国の国王が休戦協定の破棄を宣言したんだ」
「……え!!??」
そのときふと、黒の魔女の言葉を思い出した。
『急ぎ帰ってくるように。帰ってこない場合は見捨てる』
このことだったのか、と納得する。
「……でも、逆に休戦協定の破棄をせずに、そのまま平和条約を結ぶ準備もあると……」
「えぇ?」
先ほどのことと逆のことを言っていることに困惑する。何か条件があるのか。そう聞くと、テオドール殿下は本当に申し訳なさそうに答えた。
「それが、リア。君をネージュラパン国王の側妃として差し出せ、という内容だったんだ」
「……私を、側妃……」
「でもそんなの許せるはずもない。そもそも側妃なんて口実で、狙いはおそらく君の魔力だ。僕はそれを阻止するために戻ることにしたんだ。……だから、安心して」
テオドール殿下は決意を固めた顔をしてそう言い切ると、私を見て優しく笑った。
阻止すると、口では簡単に言っているが、国としての決定に否を唱えるのは、相当厳しいだろう。たとえ王太子でも。
それにネージュラパン王国は国王の独裁政権で、そもそも否と言える人もいなくなったと聞いている。
まさに、否を唱えるのは命懸けの──
そこまで考えて、ハッとしてテオドール殿下を見つめた。
私の顔を見てテオドール殿下も、私が辿り着いた答えを悟ったのか。眉尻を下げて、困ったように微笑むテオドール殿下と視線が絡んだ。
「……リアのためだけじゃないよ。遅かれ早かれ、こうする予定だったんだ。……予定より、少し早まっただけだよ」
「そんな……」
「おそらく、今シュルーク王国側でもこの件について議論されていると思う。おそらく君の父上……国王陛下は君を渡すという選択はしないだろう。だから、僕は早く戻らなければいけない。手遅れになる前に。バタバタして申し訳ないけど……リアはうまくいくように、祈っていて」
私のためだけじゃないとは言っているが、半分以上は私のためだろう。予定より早まったと言うことは、まだ準備も十分にできていないはず。
その状態で臨むのは、果たして勝算がどれほどあるのか。
「……だめ」
「え?」
「だめよ、そんなこと……」
「……うまくいけば、戦争をしなくて済む。それに、君には……幸せになってほしいんだ」
「幸せ……?」
みんなして、私に幸せになってほしいという。私にそんな価値があるのか、いまだにわからない。けど。
守られてばかりの自分が悔しくてやるせなくて、きつく唇を噛み締めた。
「……それは、私も同じよ」
「……リア?」
「みんな、私に幸せになってほしいと言うの。でも……どうしてみんな、私の幸せにはみんなが幸せでなければならないと思わないの……?」
「……?ごめん、声が小さくてよく聞こえない……」
──私だって大好きな人達を守りたい。
無意識に俯いていた顔を上げて、真っ直ぐにテオドール殿下を見据える。
私と目があったテオドール殿下は目を見開いている。
「テオドール殿下の、意向はわかりました」
お父様やお兄様も、私を守るために私を側妃として差し出すのではなく、戦争を選択するだろうことが容易く想像できてしまう。側妃して嫁いでも、まともな待遇など期待できないのは間違いないだろう。
そしておそらく。戦争になると先頭の指揮に立つのはお兄様で。最前線にはレイが行くことになるだろう。
『俺はルーナのそばにいられるならなんだって……ルーナのために死ねというのなら、受け入れるくらいには』
つい昨日の会話が蘇ってくる。あれは冗談じゃなくて本気だと、もう私はわかっている。
レイが死ぬかもしれない。もちろんすぐにそんなことになるとは思っていない。でも、何が起きるかわからないのが戦争だ。
そして心優しいレイは、きっと何の罪もない人達を殺めてしまうことに苦しむだろう。
そのとき、絶対に彼を失いたくない、苦しむようなことはしてほしくないと思った。もちろん、ナタリーやお兄様、フェリシアたちもそうなのだけど。
レイだけは──
その時、すとんと胸の中に落ちた。
(……あぁ、そっか。……そうなのね)
自分でも、とっくにこの気持ちに気づいていたのかもしれない。けれど、私は約束を果たすことを優先して、ずっと気づかないフリをしていた。
『知ってる……ルーナが今でもテオ兄を想っていることは』とレイが言っていたから、自分でもそうなのかと思っていたけれど──
テオ兄のことが、私は好き。もちろん大好きだけれど。
『僕の大切な妹』という手紙に書いてあったことに対して感じたのは。私にとっても、とても大切なお兄様だ、という気持ちだった。
レイに向ける気持ちとは違う。
どうして気づかなかったのか。シャルロットと話しているのを見るだけでもやもやして。レイの幸せのために婚約解消しなければと思っても、したくなくて。他の子がレイに絡むのを見るのが嫌だった。
レイが笑ってくれると嬉しくて。レイの声が聞こえるとすぐにわかって。レイが私を見捨てずにいてくれると安心して。レイの隣にいると心臓が甘く高鳴った。
これからもずっと一緒なのだと、無意識に思っていた。
いつも当たり前にそばに居すぎて、気づかなかったのもあるのかもしれない。
それでももう──
気付かないフリは出来ないくらいに、私の中でこの感情は育ってしまっていた。それが、いつからなのかはわからないけれど。
(私はとっくに、レイの事が好きだったのね……)
どうして今、このタイミングで自覚してしまったのか。自分のあまりの鈍さと、タイミングの悪さに嫌気がさしつつも、私のすることは決まった。
「テオドール殿下、私は──」
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