45、手紙
「……テオドール殿下が?」
「はい。何やらお急ぎのようで。姫様にお会いできないかと……」
あれから次に目を覚ますともう朝だった。
寝たのは昼過ぎだったはずなのにと驚いたが、体は驚くほど軽くなっており、熱は下がったようだった。
そして医者の診察も終え、今日は1日安静にするように、告げられたのがつい先ほど。
(テオドール殿下が急ぎで、というならよっぽどのことね……)
まだ心の準備ができていなかったが、いつ準備ができるかわからないし、勢いも必要かもしれない。
「……私の状態を伝えて、それでもよければと伝えてもらえる?」
「かしこまりました。急ぎ行ってまいります」
(どちらにしても、テオドール殿下とも話をしなければと思っていたから……)
この格好でということだけ気になるが、急ぎなのであればそうも言っていられないのだろう。
程なくしてテオドール殿下を伴って、ナタリーが帰ってきた。
「体調がよくないときに申し訳ないね。起き上がって大丈夫?」
「もう大丈夫よ。ベッドの上からで申し訳ないけれど……」
「それは全然、かまわないよ。急いで国に戻らなければいけなくなってしまってね……」
「そうなの……せっかく来たばかりなのに、残念ね」
話しながらもナタリーがベッドの横にさっと椅子を置いて、話が聞こえないよう壁際まで下がった。
つい先日留学にきたばかりだというのに。まだ2か月も経っていないのではないか。
「帰る前に……これを、渡したくて」
そう言って私に差し出したのは一通の手紙だった。綺麗な状態ではあるがところどころ擦り切れそうになっており、少し古いものに見える。
不思議に思いながらも、宛名の私の名前をみて、心臓がドクンっと音を立てた。
よほど急いでいたのか、なぐり書きのようなそれは、朧げながらも見覚えのある筆跡だと思った。そして差出人の名前を確認したとき納得したものの、私は目を見開いて動けなくなってしまった。
「……兄上が、君を助けに行く前に書いた手紙。……もう、記憶は戻ったのだろう?」
「ええ……」
テオ兄が私に忘却魔法をかけたことは、帰り道にレイに聞いていた。手紙を受け取った手が震えてしまう。
その震える指でそっと名前をなぞる。
「やっと渡せてよかった。リア、僕のこと避けてたでしょ?」
「そんな、つもりは……いえ、避けて、いたわ……ごめんなさい。どうしても、テオ兄……テオバルト殿下が、亡くなったことを……受け入れられなくて……わかっては、いたのに……」
冗談っぽく言うテオドール殿下に、だんだんと申し訳なくなってきて、素直に話してしまう。
「いや、冗談だよ。ごめんね。……僕でもリアの立場だったら、そうしていたかもしれないし。気にしないで」
「……本当に、ごめんなさい」
「いいって。せめてこれが渡せてよかったよ」
「今……読んでも、いいですか?」
「もちろん。僕も内容は知らないんだ。でも、読むなら僕は出たほうが……」
「いえ、いてくださいませんか。……1人だと、読む決心が、鈍ってしまいそうで……」
「……わかった」
「ありがとう、ございます」
テオドール殿下は出ていこうとしたが、引き留めてしまった。
改めて1人で読むということが、できるか自信がなかった。今もらった時の勢いを借りて、テオ兄の弟であるテオドール殿下の前で読みたかった。
しばらく手紙を眺めた後に覚悟を決めて、ゆっくり手紙を開封した。
文章はやはり急いでいたのか短めで、普段見ていた字よりは乱れていた。
◇◇◇◇
リアへ
この手紙をリアが読んでいるということは、僕に何があったのかもしれない。
でも僕は何があっても後悔はしていないよ。それだけは断言できる。
だからリアも、後悔しないよう自分の選んだ道を信じて進むんだ。
あと『笑っていて』って言ったけど、無理してまで笑わなくていいからね。
笑いたい時には笑って、泣きたい時には泣けばいいと、僕は思う。リアは言葉を素直に受け取りすぎるから、それだけは気になっていたんだ。
リアはいつまでもずっと、僕の大切な妹で、大切な人。それを忘れないで。
僕をテオ兄と呼んでくれて、慕ってくれてありがとう。
テオバルト
◇◇◇◇
懐かしい筆跡に視界がぼやけて、最後まで読むのもやっとだった。気づけばぼろぼろと涙が溢れ出していた。
「……っ……う、……」
(うん、うん……テオ兄、私、頑張るから)
私の、お兄ちゃん。もちろんセオドアお兄様もお兄様だけれど。私にとってテオ兄も、間違いなく兄だった。
たった1年間。テオ兄と過ごした日々は、私にとってはとても大切な時間で記憶で、生きる原動力だったけれど。
テオ兄は大切な人。今も昔も──そしてこれからも。
それは変わらない。変わることはないと強く思った時。
彼との記憶だった全てが思い出に変わった気がした。でもそれは恐れていたようなものではなくて。
テオドール殿下は困ったような表情を浮かべ、そっとハンカチを差し出してくれた。
お礼を言いながら受け取り涙を拭うも、あとからあとから涙が溢れて止まらない。
手紙を読んだことで、どうしようもなく心が軽くなっていくのを感じていた。
『笑っていて』
テオ兄の言葉が、いつも心のどこかで私を縛り付けていたのかもしれない。
笑っていなければならないと、ずっと思っていた。それが自分で思っていた以上に、重荷になっていたのかもしれない。
ようやく本当の意味で前を向ける。そんな気がした。
テオドール殿下は子供みたいに泣きじゃくる私のために、急いでいるはずなのに落ち着くまでそばにいてくれた。
テオドール殿下には失礼かもしれないけど、何故だか無性にレイに会いたくなった。
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