43、帰る場所
「また無茶をして……」
「ごめんね、ナタリー……」
「……謝るくらいなら、常日頃から心配をかけないでください!」
あのあと、私が泣き止むまでレイはずっと抱きしめてくれていた。
やがて落ち着くと、レイは私を横抱きにして湖から引き上げた。
そしてレイは、最後まで私を離さなかった。
馬に乗るときも、城へ戻る道中も。
何か吹っ切れたのかというくらい、私への遠慮がなくなった気がする。
——もう、迷うのをやめたみたいに。
そして気づけば城へと連れ戻されていた。
城に着いた途端、案の定騒然となった。
お父様たちに怒られそうになったが、帰ってきたことでホッとしたことと、湖で長時間足だけでも浸かっていたせいか、季節が季節だからか、熱が出てしまったようで。
ここが私の帰る場所だと、再認識した。
私が発熱していることが分かった途端に、すぐにベッドに詰め込まれた。
「熱がさがったら、お説教だ」とお父様は言っていたが、お父様から今まで怒られたことがなくて想像できない。
しかし、そんなに心配をかけてしまったのだと感じた。
熱のせいか、ぼぅっとする頭でも、私を大切に思ってくれていることが伝わってきた。
「……ごめんなさい、お父様。心配をかけてしまって……それでも、大切に思ってくれてありがとうございます」
「……!!そ、そんなことを言っても、お説教はするからな。……しっかり休むんだぞ」
どこか誤魔化すようにそう言って、お父様はそっぽを向いた。
「ねえ、ルーナ。私もルーナのことを大切に思ってるんだけど?」とお兄様が言ってきたが、「ありがとうございます、お兄様」という言葉が終わる前に、「ルーナには今安静が必要だ」と言うお父様に首根っこつかまれて退室していった。
レイも部屋の前にいる。
優しい声でゆっくり休んで、と言って退室した。
レイこそ疲れているはずなのに。
私ばかり休んでもいいものか。
そして今。
ナタリーに甲斐甲斐しく世話をやかれつつ、小言を言われている。
不思議なことにこの小言を聞いていると、帰ってきたという感じがする。
「ナタリー……いつもありがとう。私……まだちゃんと、笑えないけど……これでも、いつも感謝してるのよ」
そう言うとナタリーは泣きそうな顔になった。
「……無理に、変な顔で笑うくらいなら、笑わなくていいんです!私の前では、ありのままの姫様でいてください」
「変な顔……ありがとう、ナタリー」
(そんなに、変な顔だったのかしら……)
私がお礼を言うと、そのまま俯いてしまった。
しかし、一度水を変えてきます、と言って部屋から出て行った。
ナタリーの様子が気になって、私はふらつく体でベッドを降りた。
そっとドアを少しだけ開ける。
するとぐすっと鼻をすする音と、ナタリーとレイの声が聞こえてきた。
「ナタリー、大丈夫ですか?」
「……うっ……ひっく……姫様が、いつもありがとうって……まだ笑えないって……素直に、教えてくれました……」
「……はい。……ひとまずは、様子を見ましょう。……あ、少し休んでください。彼も、あなたが泣いているので、気にしてますよ」
「でも、今は……」
「俺がいますので、大丈夫です。ほら、少し休んできてください。全然休んでいないでしょう」
「ぐすっ……あ、ありがとう、ございます……」
ナタリーは泣いていた。
それほどまでに私は心配をかけていたのかと胸が痛く、申し訳なくなる。
(それにしても彼とは一体……?)
熱のせいか回らない頭で考えていたとき、少し開いていた扉が開き、体勢を崩してしまう。
「あっ……!」
しかしすぐに誰かがぎゅっと抱き留めてくれた。
安心する優しい香りに包まれ、ゆっくり顔を上げると、思った通りレイだった。
「……バレバレだ。まぁナタリーには、バレていなかったようだが。……ほら、ベッドに戻って休んで」
するとさっと私を横抱きにした。
私は驚きつつも、落ちないようにレイの首に腕を回した。
一瞬びくりとしたが、レイは真顔のままで、いつもと変わらない。
——耳が赤くなっていたことに、このときの私は気づかなかった。
ぼーっとする頭で気のせいかと思いなおしたところで、そっとベッドに下ろされて掛け布をかけられた。
そしてふと、気になったことをレイに聞いてみる。
「ねぇ、レイ。さっきの……ナタリーに言っていた彼って誰のこと……?」
「ん?あぁ、ナタリーの恋人だ」
「あーこいびと……恋人か。……え?……え。ナタリーは、恋人がいたの……?」
回らない頭で理解するのに時間がかかった。
思わず横になったばかりだというのに、起き上がろうとするも、レイに止められた。
「うっ……」
「こら、熱も高いんだから大人しくして」
熱が上がってきたのか、頭がグワングワンする。
レイによって再びベッドに横になったが、世界が回っている。
「ナタリーに……恋人だなんて……」
(いや、いいのだけど。それ自体はいいのだけれど。知らなかった……)
知らなかったことにショックを受けていると、レイは気まずそうにしている。
「もうすでに知っていると思っていたんだが……」
「知らなかったわ……」
「まあ、最近のことだし、言うタイミングがなかったのだろう。……ひとまずルーナ、今は何も考えず、ゆっくり休むんだ」
そして私の目をレイは手で覆い、強制的に目を閉じさせた。
動揺は収まらないまでも、目を閉じると熱が高いからか、疲労からか、一気に眠気に襲われた。
(そういえば、私、レイに告白されたのだったわ)
私はレイが好き。
それは間違いない。
間違いない。……でも。
レイと同じ好きなのかわからない。
愛してると言っていた。
愛にも種類があることは知っている。
家族愛・友愛・恋愛・敬愛——
その中でもレイは恋愛の意味で、私のことを好きだと言ってくれた。
それに対して私は何も返せていない。
(返事は急いでいない、とは言われたけど……)
馬で帰る時、私がレイとくっつくことに躊躇していたら「先ほどの告白はただ知ってほしかっただけだから」と告げられた。
このままの状態でレイに甘えていてもいいのだろうか、なんて微睡みの中で考える。
「……おやすみ、ルーナ」
とても優しく響いたその声を最後に、私は静かに眠りに落ちていった。
——久しぶりに、安心したまま。
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