42、告白と夜明け
「……好き……?」
(好きって……どういうこと?)
レイの言っていることが、理解できない。こんな私の何を好きと言っているかもわからない。
大切に思っている人を死に追いやるようなひどい人間に。
そしてそのことを忘れているような、薄情な人間に。
「もちろん、友人としてではない。1人の女性として、この世の何よりも、誰よりも。愛してる」
「な、何を……言って……」
「ルーナと初めて会った日、俺はルーナに救われた。あの日から俺の想いは変わらない。ずっとルーナのそばにいたいし、ずっとそばにいてほしい」
「私……私は……」
「知ってる……ルーナが今でもテオ兄を想っていることは。それでも……テオ兄を想っているところも、すべてひっくるめてルーナが好きなんだ」
(愛って何?テオ兄を想っている私もすべて……?)
意味がわからない。そんなこと、あるわけない。でも、レイの声は真剣そのもので。
あまりにも信じられなくて、理解できなくて、言葉が出てこない。
黙ってわけもわからず考えていると、レイの私を抱きしめる腕の力がきゅっと強くなる。
「でも、俺の想いとは別に。みんなルーナを待ってる。ナタリーも、フェリシアも、テオドール殿下も、もちろん国王陛下もセオドア殿下も」
「……なんで?私のことなんて……」
なんとか声を振り絞る。これ以上にもっと聞きたいことはあった気がするけれど、混乱していて他に出てこなかった。
レイはそっと体を離したかと思うと、私の両肩を掴んで、至近距離で私の目を覗き込んだ。
「俺のことで、混乱させてしまったのかもしれないけど……本当に、わからないか?」
「……っ!」
本当は、わかってる。わかってた。
見て見ぬふり。鈍感なふりをして気づかないフリをしていた。
みんなが…私を大切にしてくれてるってわかってた。
でも。テオ兄を忘れるなんて、できなくて。
それはひどい裏切りではないかと思って。
記憶が戻ったことでより強く思うようになった。
私のその考えは、みんなを傷つけるものだとわかってる。
それでも私はテオ兄を裏切ることなんてできなかった。
テオ兄にもう一度会う。会いたい。
ずっと、ずっと。それだけを心の支えにやってきたのに。
気づけばみんな。私の大切なかけがえのない人になっていた。
もう、気づかないふりなんてできないほど。
その、存在は大きくて。
これ以上、思い出したらだめだ。
「だめ……お願い。これ以上……私に優しくしないで。私に関わらないで……お願いだから」
「それは、無理なお願いだな」
「なんで……ずっと、ずっと。テオ兄に会うことだけを考えて生きてきた。自分のためだけに……自分の欲望のために、周りを巻き込んで……」
「巻き込んでいた自覚はあるんだな。……でも俺は、ルーナに巻き込まれるのは本望だ」
「本望、なんて……そんなわけ……」
「本望だ。俺はルーナのそばにいられるならなんだって……ルーナのために死ねというのなら、受け入れるくらいには」
「──は」
(死ぬ……?レイが、死ぬ……?)
そんなこと受け入れられるわけない。レイがいなくなるなんて。ガバっとうつむいていた顔を上げて、思わずレイを見つめてしまう。
「……そんな顔をするな。たとえ話だ」
「……ど…して……そんな顔をするの……?」
レイはにやけるのを堪えるような顔をしている。今の話のどこがレイをこの表情にさせているのかわからない。
そう聞くと、ばつが悪そうに視線をお泳がせた。しかし、私が視線を外さないため観念したのか、渋々ながらも口を開いた。
「……こんな状況なのに、俺のことを……どんな形であれ、想っていてくれて嬉しいと、思ってしまったんだ……」
「……馬鹿じゃ、ないの……」
「……ルーナからなら悪口を言われても、俺にはご褒美だな」
私は困惑しかしなかったが、レイは嬉しそうに笑った。
そして、何も言えなくなった私をじっと見ている。
「……うぬぼれている部分もあるかもしれないが。ルーナが今、俺に対して思ってくれたように、ルーナのことを想ってくれている人がたくさんいるってこと。覚えていてほしい」
「でも、テオ兄が、私を、待って……」
レイのまっすぐな瞳と目があい、それ以上レイの顔を見ていられなくて、サッと顔を背ける。
私の頭の中にはみんなと過ごした日常の光景が、交わした言葉がぐるぐると渦巻いていた。
私は、みんなが、大切で好きなんだ──
認めてしまえば、簡単だった。
何度も気づかないふりして、見ないふりして、誤魔化していたけれど。
結局いつまでも、誤魔化し続けられるわけがなかったんだ。
この自分の気持ちには嘘はつけなくて、つきたくなくて再び視界がぼやけていく。
それでも、どうしても、ひかかってしまうのは──
「いいのかな……私が……。テオ兄を、死なせてしまった私が……生きたいと……思ってしまっても……」
「……むしろ……テオ兄は、ルーナに生きていてほしいと、そう思っているから守りたかったんだろう。だから、テオ兄の分も、ルーナは生きなきゃだめなんだよ」
「テオ兄の、分も……?」
「うん。だから、帰ろう。みんなルーナを待ってるよ」
「……っ……う、……」
本当は怖かった。テオ兄が待っていてくれるとはいえ、死ぬなんて。
レイの言葉で、もう気持ちを抑えることなんて、できなくて。
いろいろな気持ちが涙とともに溢れてきて、止まらなくなってしまう。
レイはそんな私を引き寄せてぎゅっと優しく、でもきつく抱きしめた。
そしてやっぱりぎこちないけれど、子供をあやすように優しく、私の頭を撫でてくれた。
気づけば私は子供みたいに声をあげて泣いていた。
──ずっとずっと、我慢していた
私は大切な人を作っちゃいけない。本心から楽しんではいけない。テオ兄が待っているから。全部置いていくものなんだから。
記憶が戻ってからは、テオ兄が享受するはずだったものを、私なんかがもらっちゃいけない。そう思って。
『……リアの未来が、たくさんの嬉しいこと、幸せなことで、いっぱいに、なりますように』
テオ兄は最期まで、私の幸せを願ってくれていたのに。
「ルーナ、もう一度言う。俺が、ずっとそばにいる。テオ兄の分も。それに、ルーナのことを大切に思っている人もたくさんいる。みんな、待ってる……だから、帰ろう」
気づけば私はこくんと何度もうなずいていた。
星空はすでに薄くなっており、だんだん夜が明けてきたのか辺りは明るくなってきていた。
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