41、この空のどこかに
森の中の開けた場所。秘密の特訓場所だった。
もう少しあっちに行ったら、確か湖がある。
(最後にテオ兄にあったのは、たしか湖の近くだったはず……)
昔の記憶を頼りに、城をこっそり抜けだして、馬を拝借してここまで来ることができた。
教養の一環で乗馬も習っていてよかったと今日ほど思ったことはない。
しかし、そもそもが普段勉強ばかりで体力があまりないうえに、3日もベッドにいただけあってもう体力は尽きそうだ。
茂みを抜けると記憶通り湖があった。湖に近づくと懐かしさが込み上げてくる。
よくテオ兄ときた。
今日は新月なのか、月がなく。
雲もないため星がとても綺麗に輝いて見える。
風もなく、空気が澄み渡っており、湖の水面には星空が映し出されていた。
靴を脱いでゆっくり湖に足を入れた。
まだ春で、さらに夜だからなのかとても冷たい。しかし冷たいとは思うが、水に浸っている足は自分のものなのかわからない不思議な感覚がした。
またこの感覚。自分の体なのに、自分のものじゃないような──
それは今はいいかと気を取り直し、湖の中を何歩か進む。膝まで水に浸かったところで。
しばらくじっとしていると水面の波も落ち着き、湖面に星空が映し出された。
(まるで、星空の中にいるみたい)
この空のどこかに、テオ兄はいるだろうか。
昔、魔法の練習の合間にテオ兄と見た綺麗な星空と同じだった。
(遠い……)
空に向かって手を伸ばすも、もちろん何もつかむことはできなくて。
もう、届かない。
『……リアの未来が、たくさんの嬉しいこと、幸せなことで、いっぱいに、なりますように』
頭でテオ兄の言葉が響く。
(幸せ……ってなんなのかしら)
ここには、私以外、誰もいない。
今日は風もなく、遠くからフクロウの鳴き声が聞こえるくらいだ。
なのに不思議と全く怖くはなかった。
『俺は好きでルーナの婚約者候補でいるし、護衛騎士をしているんだ』
『姫様!!何回言ったら真っ黒焦げになるのをやめてくれるんですか!!』
『今城下で1番人気がある焼き菓子みたいよ』
『ふふっありがとう、ルーナ』
思い出すのは、騒がしくても楽しいと思えた、日常。
でもそれは私が受け取っていいものじゃなかった。
「さみしい」なんて、思ってもいけない。
テオ兄は私のせいでその機会も無くなったんだ。
私には、何もない。
みんなみんな、私なんかのものではなかったの。
私が良かれと思ってした行動は本心からのものだったけど。
でも、隠した気持ちがあるのも本当。
どんなに想ったって、何を思ったって、テオ兄はもういない。
テオ兄のことを想うと優しくなれる。そのときだけ強くなれた気がした。
会えなくても、テオ兄と過ごした記憶があれば頑張れると思っていた。
でも、もう──
星空を見ながら、ペンダントを両手でぎゅっと握りしめた。
そのとき、茂みががさがさと音がした。
「ルーナ!!」
声だけで誰かわかってしまう。
今は聞きたくなかった、その声。
今は会いたくなかった、この人には。
「……レイ、こんなところまでどうしたの?」
「っ……!」
振り返るとレイは、眉間にしわを寄せて泣きそうな顔になった。
いまだかつて彼のそんな顔は見たことがない。
こんな顔も出来るようになったのね、と頭の片隅では冷静に彼を見ている自分がいて。
「……私を笑いに来たの?」
「え?」
「……死んだ人との約束を叶えるために、頑張ってるって……」
「そんなわけ、ないだろ。なんで……」
知ってるよ。レイが、そんなことするような人じゃないことくらい。とても、とても優しい人だから。
こんなこと、言うつもりなんてなかったのに。
「もう、知っているんでしょう?テオ兄が、もう……いないって……」
「……ああ」
「……しかも、私の、せいで……」
どうしても、前を見れずに俯いてしまう。声も小さくなってしまった。
「わかってる……わかってたわ、ずっと前から。でも、約束を心の支えにしなくちゃ生きていけなかった……約束があったから、生きてこれたの。それがなかったら、私はもうすでにここにはいないわ。テオ兄がいない世界なんて……耐えられない……」
レイが濡れるのも気にせずに湖に足を踏みいれ、湖面に波が立つ。
バシャ、バシャとゆっくり私のほうに歩いてくる。
「……来ないで」
「ルーナ、俺は……」
「来ないでっていってるでしょ!!みんな土足で私の中に入ろうとして!そんなの私は望んでない!」
「っ……!」
多分初めて、人に対して怒鳴った。
それでも、止まらなかった。
「私は!唯一、私を大切にしてくたテオ兄を、犠牲にしてまで、生きていたくなんてなかった!私は……私は……」
泣きたくなんかないのに、涙が溢れ出てくる。
私はあのときから変わりたくないのに。変わっていないのに。
時間は進んでいく。テオ兄を置いてけぼりにしたまま。
「テオ兄に会えるなら。別にいつ死んだって構わない。構わないって……そう、思っていたのに……
どうして……どうして、私に構うの?!もう……私を、楽にしてよ…」
「……それは、できない」
「どうして……レイには、関係ないでしょ?!私がどうなろうと……どうして、みんな私の邪魔ばかりするの!?もう、私は……」
レイはもうちゃんと自分で今の地位を掴み取った。だから私の婚約者候補という地位はもういらないはずだ。
それなのに、どうして私の前にまた現れるのか。
「……迎えにきてくれるって言ってたのに。ただそばにいてくれれば、それでよかったのに……」
王子様なんかじゃなくていい。私を何ものからも守れる力なんて、なくてもいいから。ただ生きていて欲しかった。一緒にいたかった。
「……っ!?」
気が付けば私は、レイの腕の中にいて、抱きしめられていた。いつの間に、こんなに近くまできていたのか。
すると耳元で低く、掠れた声が聞こえる。
「……俺がずっとそばにいる。いつもそばにいてルーナを守る」
「離して……!!ずっとなんて……そんなこと簡単に言わないで!そんなの……そんなの……」
(無理に決まっている、そう、思うのに……)
「俺は……俺はルーナ、貴方が好きだ」
私を強く抱きしめて、レイは信じられないことを言った。
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