第十八話 到着
「ついたぞ」
ふざけた旅路もようやく終りを迎えるらしい。結局最後までエリザは俺の片腕を抱きしめたままだった。ブナのニヤニヤがうざくてたまらなかったが、振りほどくのも気が引けた。それは腕に当たる感触の気持ちよさを堪能したかったからではない。いやそれも少しあるかもしれないが、それ以上のものが何かあった。確かな名前はつけられないけれど。
「ここはなに?」
「ここはクリスト伯爵の領地よ。親人間派の有力者なの」
「ふーん」
貴族の領地というよりは戦争の最前線の砦と言われたほうが納得できる出で立ちだ。周囲を壁で囲い、その上には櫓が建っており、そこから眼光鋭い兵士がこちらを睨んでいる。要塞都市というのが最も適切なような気がする。
「さあじゃあ入りましょう?」
促されるままに俺たちは入場する。目つきの怖い門番が俺らを睨むが、エリザを見ると慌てふためき隣の門番に何かを言いつけすぐに頭を下げる。
「エリザ様。よくぞご無事で!」
「はい」
鷹揚に返事する姿は王女様と言われるに値するような姿で、違和感がひどい。なまじ俺は道中の奇行を見ている分なおひどい。
その門番はその後に訝しげに俺たちのことを見る。
「して……その御仁方は?」
「ああ、強力な援軍です。通してくれますよね?」
「もちろんでございます!!」
彼女の雰囲気に当てられたように慌てて返答をする。部下をいじめているようにしか見えない。圧がすごい。その門番さんは少々お待ち下さいと言って、何かの手続きをしに行った。
くるっと振り返って、俺の方にウインクを飛ばしてくる。やめろ。お姉ちゃんやりました。みたいな雰囲気出さないでくれ。そのためだけに部下をいじめないでくれ。
俺はそっぽを向く。彼女はわかりやすく落ち込む。本当に王女がこんなので大丈夫か。エリザが女王になったら、男の子でのハニートラップによって一瞬で王国が陥落しそう。
そんなやり取りを知ってから知らずか、ブナは興味がなさそうにあくびをくあっとする。いいよなこいつは何も考えてなさそうで。
「そんな熱烈な視線を俺に向けるなよ。俺にそっちの気はないぜ?」
「俺もないわ!勘違いしてんじゃねぇよ」
「お待たせいたしました。それではご案内いたします」
先程の門番が戻ってきて、案内をしてくれる。門がぎぎっと古めかしい音を立てて、開く。そのさまは仰々しいのになぜか心が躍る。そして少しずつ街が見えてくる。
「ようこそ、クリスト伯爵の街。クリースへ」
高鳴る胸が抑えられなかった。抑えろという方が不可能だろう。なんせ初めての街なのだ。小さい頃はたしかに街に住んでいたから初めてとは言い難いかもしれないけれど、俺は……というか俺の両親は俺をあまり外に出さなかった。きっと俺が魔力なしだと知っていたから、あまり人目に触れないようにしたかったのだろう。まあ別に彼らを恨んでなどいない。彼らは優しかったし、俺を案じてくれているのが分かる。
その後街を見ることもなしに、施設に入れられ、檻の中で何年も過ごした。そんな俺が憧れの……というか小説の中でしか聞いたことのなかった街に心を踊らせているのはひどく仕方のないことだと思うのだ。
でも走り出したい衝動をぎゅっと抑える。ちょっと待て、今は客将として招かれているのだ。なめられるような真似はしてはならない。俺は唇をかみしめて我慢した。
横の二人も普通に歩いている。俺だけはしゃぐのはまずいし、恥ずかしい。
「前方に見えるのがクリスト伯爵様の住んでいる館です。そこまでお連れいたします」
「ああ頼む」
俺は血の涙を飲む思いでそう言った。自分で言ったほうがいいと思った。返事をするのはブナだと思ったのだろう。あるいは子供が生意気ナクチを聞いたからだろうか。
その門番は非常に不思議そうな顔をした。
「そちらのお子様はどういった……」
ぷつんと何かが切れる音を聞いた。
「口は慎めよ」
俺は刀を抜いて、その門番の首元に当てた。悪いな。俺は今機嫌が悪いんだ。門番もエリザも驚いていた。その程度じゃ俺のもやもやは晴れない。
「そのへんにしとけセン。やりすぎだ」
「……わかったよ」
俺は渋々刀を納めた。門番は目を白黒させながら、首元をさすっている。
エリザは驚いたまま俺に声をかける。
「本当に強いのね」
「当たり前だろ。信じてなかったのかよ」
「ブナが言うから……ブナ、嘘は言わないのよ。だから信じてたは信じてたんだけど……ほらセンってこんなかわいいじゃない?だからイマイチ実感がわかなかったのよ」
「はいはい、そうですか」
気分が悪い。なめられっぱなしで非常に気分が悪い。
すぐにエリザの目がキラキラと輝き始める。まずい。これは面倒の始まりになるやつだ。
「ねぇセン拗ねてるの?かわいいかわいいかわいい」
「やめろ!はなせ!!」
「あんな騎士団レベルの剣技をもってるのに、こんな小さくて、しかも実力を認めてくれないから拗ねてるの?かわいい!!可愛いがすぎるわ!!」
また俺は後ろから抱きかかえられ、ぐるぐると回される。力の弱い俺でも抜けられるは抜けられるのだが、少々骨が折れる。もう俺は諦めた。これでもう五回目なのだ。抜け出したところでまたすぐに捕まるのはわかっているのでもう諦めたほうが早いのだ。
「ええと、案内を続けても……」
「ああ、あいつらのことはほっといていいぜ」
「ええ……」
「てめぇブナお前覚えとけよ」
「お前そのセリフ何度目だよ。もうお前らのイチャイチャには付き合いきれん」
「誰がイチャイチャだ!!」
「可愛いですわぁ。いい匂いもしますしぃ。ああんもう家宝にしたいぃ」
力があればなとまた違った方向で思った。強くなりたいからじゃなくて、好きに遊ばれないために。




