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第十五話 方針

 その光景は異様だった。あるいは異質だった。異常なんて言い方もあるかもしれない。どんな言い方をしたところでそれを指し示す状態はただひとつだ。二百近い大柄の男たちがたった一人の居間に折れそうなほどの少女を追いかけているのだ。馬のかける地響きが俺の腹に響く。それはひどく不快でたまらない。


 本来であればこの追いかけっこはすぐに終わるはずなのだ。弓兵がそこらにいるのが確認できる。彼らで一斉に射掛けてしまえばきっと一本くらい当たるだろう。あたらなかったとしても予備はあるだろうし、いずれ当たるのは明白だ。それをしないということは殺す意志がないのだろう。捕らえることが最優先のようだ。だからこそ彼女は生き延びている。


 彼女はもう限界に見える。そりゃそうだ。彼女の腕の細さと白さは鍛錬を積んできたものの腕ではない。乳母日傘でそだてられた少女の腕だ。そんな彼女が何日追いかけられたのかはわからないが、二百近い兵士に追い立てられたんじゃ、そりゃくまもできるだろう。


 こんな状態を助けることなんてできるわけがない。するとしたらただの大馬鹿ものだ。だがそんなところに割ってはいる大馬鹿者がいる。でもそれは無謀でもなんでもなかった。


「てめぇら止まれ!!」


 大音声をあげる。耳がつんざくほどの大音声。少し離れた位置にいる俺ですらキーンとしたそれをもっと近いところで受けた彼らをなぐさめてやりたい。

 ブナのそんな声を聞いて、馬を操っていた者たちは全員止まる。彼らの眉間には一様に深いシワが刻まれていた。


「何者だ!!」


 ずいっと後ろから一番きらびやかな鎧を着た男が出て、誰何の声を上げる。キラキラと光る鎧がちょっと眩しい。その顔は蜥蜴のようだった。チロチロと舌が出たり入ったりしている。


 ブナから目線でその少女を守れ、と合図をもらった。俺はひとつうなずき、彼女のそばに向かう。


 彼女は美しかった。気品のある美しさだ。内側に溢れ出すそれに俺は当てられる。自然に跪きたくなるようなそんな衝動を抑える。彼女は覚悟を決めたように目を瞑っていた。


「俺の後ろから離れないでください」


 ぼそっと彼女だけに聞こえるように声をかける。彼女はゆっくりと目を開くと、コクリとうなずいた。


「俺を知らないとは最近のやつらはたるんでんな?まぁそりゃいい。一体どういう了見で王女様を追いかけてんだ?ことと次第によっちゃ切るぜ」


 ブナがすごむ。その圧力に押されて、彼らは一歩下がる。だが指揮官のような男は涼しい顔をして、こちらを見ている。


「あいにくお前のことなんか知らん。そこの王女様は反乱を企てたんでな。反逆罪で逮捕ののち、打ち首だ」


 ブナはピクリとも動かない。そして腹を決めたように質問をする。


「…...お前はどっちだ?」

「…...反人間だ」

「なら語ることはねぇ。とっとと大人しく帰んな」

「そんなわけにはいかねぇのさ。邪魔するなら…殺すぞ」

「やってみろよ」


 ブナは勢いよく剣をぬく。それに感化されるように一斉に兵士たちが馬上で剣を抜く。


「おいブナ!手伝うか?」

「いらねぇよ。お前の手に余る」


 痛い事実を突かれた。まだ俺では勝てない奴がちらほらいる。俺が入るよりブナ一人でやった方が早いだろう。


「そういうわけだ。お嬢さん。ちょっと待っててくれや」

「ええ待ちますよ」


 こんな状況でも毅然とした態度を崩さないのはさすがだと思った。目を向けるとブナが鬼のように唸っていた。敵兵をちぎってはなげ、ちぎってはなげている。鎧袖一触なんて言葉がぴったりだ。でも相変わらずその動きには無駄がない。俺は目を凝らしてその動きを盗もうとしていた。




「ちっ、撤退だ」


 勝負は案外早くついた。敵兵の三割くらいをボコボコにした辺りで指揮官が撤退の指令を出した。一生懸命に彼らは逃げていく。ブナも剣を収める。目的はあいつらを追い払うことだ。追いかける必要はどこにもない。


「案外早かったな」

「そうだな。根性ない奴らばっかりだぜ」


 ブナは息ひとつ切らしていない。あれほど動いておいて、一体どういう運動機能してんだよと突っ込みたくなるが、ブナだからで大体説明がつく。

 そしてブナはハイタッチを求める俺を無視して、馬上の少女にひざまづいた。


「エリザ様よくご無事で!!」


 やっぱりブナは俺に何か隠している。馬上で顔色を悟らせない少女と跪いている俺の恩人を俺は交互に見た。




「さすがにもう教えてくれるよな」


 俺はブナに詰め寄る。もう兵士たちは退散して、落ち着いて話ができる状況だ。焚き火を俺たちは囲む。日の明かりによってブナの顔に影が落ちる。よっぽど俺を巻き込みたくないのだろうか。

 助け舟を出してくれたのは意外にも助けた王女様だった。ブナの味方をするとてっきり思っていた。


「ブナ教えて差し上げなさい。あなたが教えないのなら私はあなたに何かをしてもらう気はないわ。あなたの気持ちはわかるけれど、あなたを慕っているこの子があまりにもかわいそうだわ」


 俺よりいくつか年上に見える少女がそう毅然と言い放つ。やはりその言い草といい、堂々とした振る舞いは王女と言われても納得できる。


「…...わかりましたよ」


 頭をガシガシと掻いて、ためいきをふうとつき、俺の方を向く。


「…...魔族の世界は今親人間派閥と反人間派閥に二分されている。俺はもちろん親人間派閥だ。その前に王国の説明をしなきゃな。ああめんどくせぇ。俺はこういうの得意じゃねんだよ」


「それでもあなたがやるべきでしょう」

「はぁ、その通りですよ。お嬢様。んで王国内部も分裂してて、王様とこの王女様でどちらにも肩入れしないでうまい具合にバランスをとってたんだがな。ほんで俺は王女様のお付きの騎士だったんだがな。敵の計略にかけられて俺はこんな辺境で魔物狩りなんかやらされてたわけ。そしたら王女様が追われてくるもんだから俺も焦って助けたってわけ」


 拙い説明だがなんとか理解した。この王女様ゆかりの何かだとは思っていたが、お付きの騎士だったとは道理で強いわけだ。だが一つだけ猛烈に気になることがある。


「なんでそれをわざわざ俺に隠したんだよ」

「人間のお前に人間と仲良くするかどうかのゴタゴタを関わらせたくなかったんだよ。ちいせぇお前に」


 釈然としないがそういうことにしておこう。別に俺は全然気にしなかったのだがブナは気にしたのだろう。


「そんでそのあとのことは知らないんだが、王女様説明してくれるかい?」

「もちろんです。ブナのいう通り、私とお父様でなんとかバランスをとっていたんですが、急に反人間派閥の勢力が強まって、手に負えずお父様は処刑され、私は追われている身に…...。首都は陥落して反人間派の手に落ちました。おそらく首都では反人間派が親人間派を弾圧していることでしょう」


 憂いてる彼女もまた美しいと俺は思った。その瞳は相変わらず水晶のように透き通っていて、ダイヤのように輝いている。物憂げに伏せられたまつげが彼女の心情を事細かに教えているようだ。たおやかな指で服の裾を気づかれない程度に握っている。本心では怖いのだろう。だがきっと王女であると言う責務が彼女に素直に怖いと思うことを制限している。俺はちょっと気持ち悪いと思った。理解できないことではなかった。俺も少しは大人になった。社会のなんたるかはブナから少しずつ教わった。それでも国のために自分のあり方を制限されている彼女はなんだか窮屈そうで不快だった。


 そんなふうに俺が思っていることを知ってか知らずか、話は進む。


「んで、王女様よ。あんたはどうするつもりなんだい?このまま逃げると言うのなら匿うが……」

「ふざけないで」


 先ほどまでの物憂げな視線は鳴りを潜め、代わりに現れたのは全てを射抜かんとする鋭い瞳だ。そしてその声にこもる覇気は聞くものに畏怖を与えるようだ。だけど俺はやっぱりその言葉も視線も嘘くさく感じた。王女という肩書にこの目の前にいる少女が言わされているような気がした。


「ほう、じゃあどうするんだ」

「決まっています。もう一度、首都を奪還します」


 言い放つ言葉にははっきりとした意志がこもっているようだが、やっぱりなんだが嘘くさい。ブナは気付いているのだろうか。いや気づくわけがない。ブナという男はことこういうことに限ってはほんとに鈍いのだ。いつもは鋭いくせに。


「よし!よく言った!!俺も手伝うぜ!!!」

 ブナは嬉しそうに膝をパチリと叩き、豪快に笑った。やっぱりこいつは何も気付いていないな。俺は心の底からため息をついた。




 全てのものが寝静まる夜が来る。その静謐は万物に訪れるが、それを享受できるのは一握りだ。寝静まるものにそれを感ずることはできない。起きているものにだけ与えられるその静寂。そこには多大な矛盾を孕んでいる。全てのものが寝静まらないと感じられない静謐が起きているものにしか感じることは出来ない。それは果たして存在しているのかどうか。


 俺は小難しいことを考える。見上げた空には相変わらず月が煌々と光っている。いつだって変わらない。きっと俺の人生の転機の時もきっと同じように光っていたのだろう。俺たちが彼らに影響を与えることはできないが、彼らが与える影響はあまりにも大きい。


 こんなことを考えられるようになった俺は大人だな。なんて思うがきっとこんな思考回路がまだ子供なのだろう。吹いた風が草を撫でる。さらさらと立つ音が心地いい。そこにパチパチと音を立てる焚き火がうまく混ざり込む。目を閉じればそれらの息遣いがすぐ近くに感じられる。それがとても心地いい。


「お隣いいかしら。眠れないの」


 月明かりに照らされる彼女は神々しいというよりいっそ女神と言ったほうが適切のように思える。それ程までに神聖だった。


「もちろんだ。王女様」

 彼女はその言葉を聞いて不快そうに眉を潜める。月明かりの影になってそのシワは一層深く見える。


「その王女様はやめてくださる?エリザよ。歳が近いから呼び捨てで構いませんよ」

「わかった。エリザ」


 きょとんと俺を見る。本当に呼び捨てにされたのに驚いたのだろうか。俺は言われた通りにしただけなのだが。

 俺は少し左に避けて、彼女が座るスペースを用意する。彼女はおずおずとそこに座る。焚き火に照らされる顔は端正だ。


 静寂がその場を支配する。その空間はひどく心地よかった。静寂を恐れるのではなく、静寂を二人で共有して楽しんでいるような感覚。それは甘美だ。


 俺はこの少女になんだか親近感を覚えていた。うまく言語化はできないのだが、ひどく自分と似ているような気がした。


「エリザはどうして無理をしているんだ?」

 口火を切ったのは俺だ。その言葉はあまりにも単刀直入で、不躾にも聞こえるが、俺には彼女と話すことはそれしかなかった。彼女という存在はあまりにも歪に見えた。


「……なんのことですか?」

「とぼけるなよ」


 俺は真っ直ぐ彼女の瞳を見た。彼女のその瞳は揺れていた。真っ直ぐ前しか見ることのなかったその瞳はわかりやすいほどに揺れていた。


「……お見通しですか」

「まぁな、人の顔色を伺って生きてきたもんでな」


 あの施設暮らしは思い出したくもない過去だが、そこで培われたものは大きい。


「でも私はやめませんよ。やめるわけにはいきません」

「そうかい。まぁブナが決めたことだ。俺はブナに従う」

「ありがとうございます」

「礼なんかいらない」


 俺はそう言って自分の寝床に戻った。そこではブナがいびきをがーがーかきながら寝ていた。相変わらず寝相が悪い。いつものことだ。俺は空いているスペースに滑り込むと目を瞑った。


「……アイン、ツヴァイ、ケイン……」

 王女様がボソボソと何かを言っているのが聞こえた。死んだ仲間の名前でも言っているのだろうか。俺は釈然としない気持ちで眠りについた。これ以上ふみこむことは俺の領分ではないような気がした。


 期間が空きました。少々立て込んでました。知らぬ間にまた最高評価をいただいてしまいました。ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。本音を言えばもっとブックマークつくと嬉しいな。

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