第十一話 衝撃
「名乗ってなかった…私は…ルミア…エルフ」
もう下を見ることも髪をいじることもなく俺をまっすぐと見つめてくる。俺はきれいな目だなとやっぱり思う。
「ルミアな。よろしく」
そう言って差し出した手をルミアは不思議そうに見つめる。見たこともないものを見るような目つきに俺は少し驚く。その反応ではたとエルフには握手という風習がないのかもしれないという可能性に行き着く。
「これは握手って言って、手を握りあうことでこれから仲良くしようねっていう人間の風習なんだ」
「手…手を…握るのですか…手ですか…はい…わかりました」
なんだか引っかかるものがあるような物言いだ。だがしてくれるというのだ。何か口を挟むのは野暮のような気がした。
そして俺たちは握手をした。予想以上にルミアが真っ赤になった。人と話すのはまだしも触れ合うのはまだ恥ずかしいのかもしれない。彼女が恥ずかしがり屋であるのは一発でわかる事実ではあるのだが、そこに配慮しきれなかったのは少し不味かったかもしれない。
だが過ぎたことを気にしてもしょうがない。大事なのは未来だ。なんて言い訳をする。
「それじゃあ教えてくれルミア」
「うん…わかった…まず…私たちは…筋力がない。だから打ち合いになっちゃ…いけない。そのために…一撃で仕留める必要がある。わかる?」
「ああ大丈夫だ」
その聞き方はともすれば馬鹿にしているような響きを帯びることもあるだろうが、不思議と俺はそんな感じは受けなかった。きっとルミアが心の底からこっちの理解度に合わせようとしているからだろう。
「一撃で仕留めるには…速さが必要…でも…速さには筋力が…必要…だから…強化するのは…速さじゃなくて…鋭さ。わかる?」
「いやわからん。鋭さと速さは何が違うんだ」
「説明は…難しい。だから…見せる」
ルミアは音もさせずにするりと刀を抜く。その様は歴戦の戦士を彷彿とさせた。そうしてルミアは刀を振るう。その速さは俺よりも遅いのではないかというほどだった。
「今のが…速さを追求した。私には…筋力がない…だから遅い」
これが鋭さ。そう言ってルミアは刀を振るう。大気が揺れた。高速で通る刀が大気を切り裂いた。その余波が俺の顔をぶわりと遠慮なく撫でる。実際にその刀を視認することはできなかった。熊魔物よりも早いことだけはわかったが、どれほど速いのかも全く見当がつかなかったし、どのようにやったのかも全くわからなかった。
「すげぇ」
俺が心底驚いた顔でいると、ルミアはふふんと鼻を鳴らしてとても嬉しそうだ。また髪先をいじって遊んでいる。顔はまさにドヤ顔といった感じだ。不思議と俺は腹が立たなかった。ブナにそんなことをやられたら腹が立ってたまらないが、ルミアにはなぜか苛立ちがない。それはルミアと心の底から仲良くなれていないからなのだろうか。
「で、それはどうやるんだ?」
俺が尋ねた質問を聞いて、ルミアは心底不思議そうに首を傾げた。きれいな亜麻色の長髪がそれに合わせてきれいにさらさらと流れる。それはルミアの髪の美しさの証明にほかならなかった。俺はそんなところに目を奪われていた。
「どうって…こう」
もう一度同じ動きをルミアはしてくれる。したところで速すぎて俺には全く理解できないし、わからない。
「速すぎて見えないし、わからないんだ」
数秒の沈黙が流れる。
「そうだ…最初は全然見えないんだ」
ルミアははっとする。ルミアは感情表現が豊かだ。些細なことでも大きく顔を動かす。そのくるくると回る表情を見ていると飽きることはない。
「私も最初…全然みえなかった」
だから、とつづける。
「師匠が…言っていたことを…そのまま言うね」
「手で振ろうとするな。体全体で振るんだ。足と体と手が連動しないと鋭さは生まれない」
ルミアは声色を一生懸命変えながら、俺に説明してくれた。それも流暢に。別につまらずに話すことはできるんだなって思った。
「それ師匠の物真似?」
「そう、とっても似てる」
そう言ってむふんとドヤ顔をする彼女はとても魅力的だった。
「でもごめん…私じゃ全然力になれない。どうやるのか...きちんと説明できない」
またルミアは下を向いてしまう。しょぼくれる時、とがった耳も一緒に垂れているのを発見した。彼女の新しい一面を知れて少し嬉しくなった。
「大丈夫。強くなるのがそんな簡単なわけないんだから」
俺はまた素振りを始めた。ルミア曰く素振りが一番いいそうだ。師匠の受け売りらしいけど。でもその意見には全面的に賛同する。俺に足りないのは足と体と手の連動だ。俺はずっと手だけで刀を振ろうと思っていた。別に悪いことではないはずだ。ブナはそうしている。だがそれは筋力のあるやつにできる手段だ。俺には筋力がない。だからルミアと同じ手段を取るべきだ。戦闘に正解はねぇ。確かにその通りだ。俺にあったアプローチをするべきだ。
そして俺はルミアと一緒に生活をし始めた。森の中の自給自足の生活だ。ルミアもそうするように言われていたのだろう。俺は時間のある限りずっと素振りをした。足と体と手の連動を意識しながらただひたすら刀だけを見た。そんな俺をルミアは眩しそうな目で見ていた。俺を突き動かしたのはやっぱり後悔だ。あの時俺に力があれば…そんな思いがずっとぐるぐると心の中を駆け巡っている。修行している以外の時でもいつだってつきまとうのだ。その思いを燃料にただひたすらに刀を振り続けた。
ルミアとの共同生活はなかなか快適だった。ルミアは驚くほど料理が上手だった。師匠が下手くそだったから上手くなった。と彼女は言っていたが、きっと彼女に比べたら世の中の料理をする人のほとんどがヘタクソだろう。それほどまでに彼女の料理はうまかった。調味料もうまくそろわないこの森の中で彼女は色々なものを使って料理を作った。そのどれもがうまかった。
「ルミアはいいお嫁さんになるね」
なんてふざけていってみたら、満更でもなさそうにニヤニヤ笑っていた。髪をいじるのは癖のようだった。
肉の調達は俺の仕事だった。数々の魔物を倒した。最初こそ苦戦した。まだ体の連動もうまくいっていないから、何度も敵を逃したし、俺も傷ついた。でも傷を負うたびに失敗するたびに俺はやらなくてはならないと急かされている気分になった。その分俺は鍛錬を増やした。ただひたすらに刀を振るった。不思議とあまり疲れなくなった。手だけで刀を振るのは負担が大きいのだ。
本当に暇があれば一秒でも無駄にしなかった。そんな俺をやっぱりルミアはニコニコとただ見ていた。
「スキル『不屈の努力』を手にいれました」
三日三晩寝ずに刀を振るっているとそんな音声が聞こえてきた。また何か便利な能力を得たのかもしれない。効果を確認するのは難しいので後回しにした。今はただ刀を振っていたかった。自分が強くなっている実感があった。降れば振るほど今剣速が早くなっていることを自覚できた。その上達が気持ちよかった。
三日三晩寝ずに振るった後、初めて俺の素振りを見たルミアは心底驚いていた。
「なにそれ…早すぎる…」
「どうした?」
「.........私も一緒にやる」
途中からルミアも一緒に素振りを始めた。やはりルミアの剣速には遠く及ばないと思った。だからもっとやらなくては。俺はもっと素振りに没頭した。時間を忘れて熱中した。隣にルミアがいると言う状況も俺をやる気にさせた。彼女には無様な姿を見せたくなかった。
「まだ…やるの?」
ルミアは疲れ果てた顔で俺を見ていた。太陽が沈んでからもうかなり時間が経っている。昼間は獲物の調達とか、調理の手伝いとかがあるためあまり鍛錬ができない。だから俺は夜中のうちに鍛錬をしておきたかった。
「うんやるよ。また太陽がのぼるまでかなぁ」
その発言にルミアは訝しげな表情を浮かべる。
「『また』?…昨日も寝ずにやってたの!?」
「いやまさかそんなわけないでしょ」
「そうだよね…そんなわけないよね」
「これで七回くらいだよ」
ルミアは安心したような表情していたが、真顔で固まる。目線を上にして、何かを考えているようだ。
まだまだ足りない。俺は弱いのだ。睡眠時間を削るくらいしてのけないと俺は強くなることはできない。俺はただでさえ中途半端なのだ。人間なのに魔法は使えないし、魔族みたいに筋力をもっているわけでもない。そんな俺ができるのは努力だけなのだ。これぐらいの努力はしなくてはならない努力なのだ。
あのスキル『不屈の努力』を手にしてから、眠気が少し弱くなったのだけは助かった。
「私もまだやる」
ルミアは眠そうな顔をしながら真剣な目をして、また一緒に素振りをし始めた。隣に誰かがいてくれるのはやっぱりいい。それだけで張り合いを感じられるし、ましてや彼女から盗むものは大いにある。
ふと俺は彼女の刀の軌道がよく見えるようになっていることに気がついた。速さになれてきていた。だから俺はルミアの動きをじっと見つめた。
「なに」
ルミアはちょっと不満そうだ。素振りをする手を止めてぶすりとした顔でこちらを見てくる。
「そのまま続けて」
返答なしに、また素振り始める。俺はじっくりとその剣速と体の動きを見た。そして頭の中でトレースした。よしいける。思った通りに動く。
不意にルミアの刀が止まる。
「やっぱり恥ずかしい」
「大丈夫。もう終わった」
俺はまた素振りを始めた。俺はルミアの動きをトレースした。ああ体から手の連動が悪かった。もう一回。今度は足と体か。
俺は細かいところを少しずつ修正していった。
「うそ」
そんなルミアの声はもう聞こえないほどに集中していた。
嬉しいことにじわじわ本当に少しずつではありますが伸びております。嬉しい限りです。このままじっくり伸びていって欲しいものです。読んでいただいてありがとうございます。
楽しく読んでいただけたら何かアクションを起こしてくれると私感激に至ります。




