第十話 名前のつけられない感情
「センに…戦い方を…教えろって…ブナに…言われた」
肩より少し下にあるくらいの亜麻色の美しい髪を人差し指に巻き付けながら彼女はいう。相変わらず目は合わない。下を向くか、たまに横を見るかの二択で意地でもこちらを見ようとしない。
やはりブナの差し金か。あのちょうどいいタイミングで誰かが通りがかるなんてことはそうそうありえない。誰かが差し向けてくれた人だろうとは思うのだが、俺にはブナ以外の知り合いは生憎いないのだ。
「センは…私のこと…気持ち悪くないの?」
やはり髪先をいじったままそう質問する。その指先の動きは先ほどよりも早い。
俺にはその質問の意味がさっぱりわからなかった。こんな可憐な少女のことを嫌いになる人間などそう多くはないだろう。よっぽど性格に難があるのならまだしも彼女は言葉少なだがいい人間のような雰囲気がある。
「だって…私…エルフ…だよ」
はあエルフなのか。それを聞いたところでますます意味がわからなくなった。『エルフ』という文字列は聞いたことがある。確か本の中に登場したような気がする。父さんのもっている古い本の一冊に記述されていたような気がする。いわく類稀なる美貌を持ち、若さを死ぬまで保っている。そんなふうに書かれていた記憶がある。ああ後耳が尖っているのがエルフの証拠であるとも書いてあったか。確認してみれば確かに彼女の耳は尖っていた。だからと言ってどうというわけでもない。
「なんでエルフだと気持ち悪いの?」
単純な疑問だった。普通に意味がわからない。死ぬまで若いままの姿でいられて、しかも目の前にいる彼女のような美貌を持っているのだ。気持ち悪がる意味がわからない。
彼女は一瞬目を点にさせるとにへらっと相好を崩す。それは母に愛される娘が母に見せるような安心し切ったような笑みに見えた。
「センって…変だね」
相変わらず嬉しそうな笑みを浮かべている。彼女の手はもう後ろで組まれ、髪をいじることはない。そこで初めて彼女と目があった。その吸い込まれるような若葉色の美しい瞳に俺は見惚れた。それは水晶のようだった。それは全てを見通すような透明の純度だった。それは光を吸収してキラキラと輝いていた。
その煌めきが俺には眩しく見えた。俺にはないもののように思えた。ないからこそ眩しく見えたのだろう。ないからこそ俺はそれが眩しく、得難く、そしてうらやましく見えたのだろう。
今度は俺が目を逸らして、急ぐように聞き返した。
「それで何を教えてくれるんだよ」
「んと…それは…筋力にたよらない…戦い方…だよ」
「筋力に頼らない?」
そんなことがあり得るのか。確かに盲点ではあった。筋力は戦闘において絶対に必要であり、無ければ敵を倒せないものと勝手に思っていたが、ないのならないなりに工夫をすれば良かったのだ。だが仕方のない一面もあるように思う。だって俺はずっとブナの戦い方を真似していたのだ。ブナの戦い方が戦闘の基本であると思っていた。そんな俺からすると此の申し出はありがたいが、少し邪道のもののように思えた。
「でもそれっていいのか?俺はまだ発展途上だ。此の段階で邪道に走っちゃったらまずいんじゃ…」
彼女は目を丸くする。それは俺にとっては毒だ。彼女の美しい瞳がまた俺を射抜く。さっきより威力を高くして。俺はすぐに目を逸らす。あの若葉色の目は美しく、見ていたいものだがずっと見ていられるものではない。
「驚いた。本当に…ブナの…いう通りになった」
筋力に頼らない戦い方をあいつは簡単に聞き届けないだろうから無理やりにでもやらせろ。戦闘に正解はねぇ。とブナは言っていたそうだ。なんか悔しい。全てを見透かされている感じ。ちょっと穏やかではいられない。
確かにブナのことは尊敬している。それは事実だ。紛れもない事実だ。だけどなんだか俺のことを全てわかっているみたいにされると非常に腹が立つ。なんでだろう。よくわからない。
「あいつ後でぶん殴ってやる」
そんなことをボソリと口走ると、彼女は嬉しそうにでも苦しそうにふふふと笑った。
「羨ましいな…そんな風に…分かり合える仲って」
彼女はまた髪先をいじり始めた。そしてまた俯く。一番最初に逆戻りだ。
気のせいかもしれないが、俺は彼女という人間というかエルフがわかってきたような気がした。だから俺はぽろっと漏らしてしまった。
「そんなの俺とすぐに分かり合えるようになるさ」
言ったすぐ後に自分の言った台詞の臭さを理解して、急激に羞恥心が台頭してくる。いたたまれない気持ちになる。でも本心ではある。本心であるが故に恥ずかしい。
「…ありがと」
彼女はこちらを見ようともせずにそっぽを向く。ああ引かれてしまった。最悪だ。こんなことを口走るんじゃなかった。俺は二度と感情に任せて口を開かないようにしようと誓った。施設に入れられていた時を思い出そう。あの頃は口に出せば出すほど殴られた。だから慎重に言葉を選んでいたはずだ。不意にアイの顔が思い浮かぶ。大好きでたまらない俺の大親友だ。不思議と胸がちょっぴり痛んだ。俺はこの痛みの原因がわからなかったし、俺はこの痛みに名前をつけられずにいた。
「早く教えてくれよ。その戦い方を」
俺はこの何を話すべきかわからないこの沈黙と雰囲気を打破するためにわざと少し大きめの声で言い放った。でも緊張して声が裏返ってまた恥をかく。どうも調子が出ない。彼女の前にいるとなんだか気分が変だ。アイを思うと胸が痛くなるのと同様この気分のおかしさにも俺は名前をつけられずに、というか名前を知らずにいた。
「うん…やろ」
俺の服の裾を掴みながら彼女はその若葉色の瞳で俺を見上げながらそう言った。俺はやっぱり目を合わせられなかった。
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