30
八月三十一日の約束は新しい形で保たれるようになった。
自分たちの夢を描いたカードの弔い日。
タイムカプセルに込めたカードを取り出したこの日に、関西の真綾の実家である神社にお参りが出来るよう、旅行をすると決めたのだった。
春菜はその旅行に行く前に、タイムカプセルを埋めた空き地へとやってきた。
あれから一年。
みんなとは付かず離れずの関係、ウィーク・タイズとして続いている。
共通の秘密とも言える経験を得た仲間とは、まめに連絡を取らずとも、心でつながっているような気がしていた。
春菜は足元に荷物を置き、力を与えてくれた大樹に手を当て、見上げる。
もうすぐ九月になるというのに、日差しは容赦なく照りつける。
それを遮る大樹の葉は、春菜を守ってくれているかのように覆い茂っている。
もう、あの時のように木が動いてはくれない。
しかし、春菜には何となく感じるところがあった。
木に置いた手に顔を寄せ、春菜は大樹に耳を傾ける。
微かに聞こえる川の流れるような音。
大樹の先端にまで葉が茂っているのは、大量の水が幹を通じて葉の一枚一枚に送られているから。
「アナタなら伝えられる?」
春菜はゆっくりと目を閉じ、生命の活動に思いを馳せた。そして過去を思い出す。
カードの力とは言え、季節外れの花を咲かせ、木を種にして、業火で焼かれる。
木がしゃべらないからと、木に宿る生命を無視した行いだったと、あれから春菜は深く反省していた。
それを知ったのは、アルバイト先。店長の何気ない一言だった。
『花や木はしゃべれないけど、ちゃーんと意志があって、命がある』
店長がそう言ったのは、春菜が季節外れに咲かせてしまった“奇跡の金木犀”が、枯れてしまった事に由来する。
本来咲くべきではない時期に金木犀は咲き、他の木々よりも早く成長させられた木は、何も告げずにいつの間にか枯れていた。
既にカードの力が使えなくなっていた春菜にはどうする事も出来ず、枯れた“奇跡の金木犀”が撤去されたという報道を聞くだけだった。
植わっていた場所にはぽっかりと穴が空き、春菜の心にも同じように穴が空いてしまった。
暫くしても、その場所に人が新たな命を吹き込む事はなかった。
代わりに、小さな芽が顔をのぞかせていた。
まるで崩れた生態系を直すように、周りの木々や雑草に負けじと伸びる姿を目の当たりにする。
結局、春菜は悪戯に命を弄んだ木の代償を償う事が出来なかった。
補ったのは同じ自然の植物。
春菜はあの時の感動と謝罪を思い出す。
「みんなに伝えて。ごめんなさいって……」
大樹に額を付け、震える声を出しながら春菜は懺悔をした。
力の宿る木ならば、自分が迷惑をかけたその他の草木にも声が通じるだろうと思ったのだ。
大樹の葉がカサカサと音を立てたので、春菜は驚いてはっと顔を上げた。
同時に少しだけ秋を感じさせる冷たさを含んだ風が通り抜け、木が自分の意志で揺れたのか、風によって揺れたのかは判断出来なかった。
「……そんなわけない」
春菜は大樹に置いた自分の掌に視線を移す。
嘗てカードだったハナ子と半分だけ融合した時に出た唐草模様のタトゥー。
今はその見る影もない。カードは灰となり、真綾の神社に奉納されている。
「あっ」
そこでようやく、春菜はこれからその供養に行く事を思い出した。
「これから行ってくるね」
春菜はそう言って、両手を合わせて大樹を拝んだ。
この木の下で育ったカードを供養しに行くのだ。
この大樹が生みの親と言っても良いと考えていた。
だから春菜は報告を兼ねてやって来たのだった。
「やっぱり」
「ハルちゃん」
発せられた声の方を春菜が見た。
「ヒイロ、ふうちゃん!」
これから旅行に行くため、待ち合わせは最寄り駅としていた。
一緒に行く柊呂も風羽子も旅行カバンを持っているが、駅とは離れたこの空き地へと現れたのだった。
「どうしたの!?」
「ああ、まあ……」
柊呂が歯切れ悪く来た理由を言わないで居ると、風羽子がくすっと笑って教えてくれた。
「多分、考えている事は同じだと思う」
そう言って、風羽子は空き地に入り、大量の日陰を作ってくれている大樹を見上げた。
柊呂も後に続き、同じように見上げる。
「世話になったから、な」
「そうだね」
春菜も二人につられて大樹を見上げた。
そんな三人の元に足音が近付いて来た。
「考える事はみんな同じみたいだな」
「あっつうー。お、日陰!」
「さすがにちょっと遠いです」
現れたのは秀平と徹平、穂純だった。
三人とも同じように旅行カバンを持ち、歩いてきたのだろう。
残暑を痛感していた。
「この下に埋められていたのですか」
いち早く日陰に入ってきた穂純が大樹を見上げる。
「そうだよ、ほずみん。立派な木でしょ?」
「ハルが育てたわけじゃねえだろ!」
相変わらず厳しい言葉を掛ける徹平。この春から無事に高校生になり、背が伸びていた。
「うわっ、てっぺい! 大きくなった!!」
そう言った春菜はもう徹平に抱きつきはしない。
自分の腕の中に収まる小さな子供ではなくなったからだ。
髪もさっぱり切って、少し男らしくなった顔つきが顕になっている。
「急成長中。僕も抜かれそうだよ」
秀平は掌で自分に風を送りながら、五人が居る日陰へとやって来た。
「はっ、はっ、はっ! オレはBIGになってやるんだ!」
「……はいはい」
大きく言った徹平に穂純が呆れ顔で言う。
穂純は少し大きくなった程度で、さほど変化が無いように思えるが、その中身に変化があった。
プロのバイオリニストになるため、来年からドイツへ留学をすると言う。
今までサボりながら適当にやっていた事を、本腰を入れて極める事に決めたらしい。
それは徹平も同じで、宇宙飛行士になりたいと言う夢を思い出し、方法を探り始め、目下英会話の勉強中らしい。
そして最初からブレない秀平は裁判官を目指してはいるが、司法の壁は厚く、徹平と同じく勉強の日々を過ごしている。
ケーキ屋になると言う夢を持った風羽子は家業を継ぐため、来年からパティシエになれる製菓の専門学校に通う事を決めていた。
勇者になりたいとする柊呂は未だ自分の進路が決められず、仕方なく行ける大学へ進学するつもりでいた。
春菜はそろそろ将来を考え無くてはならないのに、将来を決められないでいた。
【あの方が、春菜さんのなりたいものですか?】
かつててハナ子に言われた言葉。
尊敬する店長を見直した際に言われたが、花屋になって店長の店を継ぎたいとか、自分で花屋を経営したいとかは、全く思わなくなっていた。
花屋への憧れが強かった分、現実が辛いものと知ってしまったからだ。
そして春菜は、それを乗り越えられるほど、草花に愛情を注げないと気付いた。
将来について悩んでいる時、店長と自分を比較して出した結論だった。
憧れてアルバイトを志願した者と、生業としている者とを比べれば当然の違いだが、それは春菜にとって、踏ん切りをつけるキッカケでしかなかった。
春菜は周りに居るみんなを見渡す。
その人達が居なければ、そしてこれから行く関西のみんなが居なければもっと大変な事になっていたと思う。
カードを手放す決断も出来なかったとさえ感じる。
春菜は一人頷いて、ブレスレットの代わりにしている腕時計を見た。
その腕時計はどことなくブレスレットだったハナ子に似ている。
春菜にとって今はなきハナ子は、今でも大事な心の支えでもあった。
「そろそろ行こっか」
「ああ」
「そうだね」
「おう」
「行こう」
「行くぞー、関西!!」
みんなが同意して、一番はしゃいでいる徹平をからかう。
徹平は真綾とウィーク・タイズではなく、ストロング・タイズという強い絆で結ばれているからだ。
互いの気持ちはわかっているのに今一つ歩踏み出せない二人。
それを今回の旅で終わらせようとする徹平の気持ちは態度に現れ、とてもわかりやすいものだった。
みんなで駅に向かうため空き地を出る中、春菜は一人振り返り、大樹に小さく手を振る。
「行ってくるね」
また風が吹いて、大樹の枝が揺れた。




